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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 4 シラユキ

 

 ※



  「はじめまして…ではないけど、こっちじゃはじめましてだからね。」


  私は無難な最初の言葉を選び、ハルカに言われたのでなるべく愛想良く、親しみを込めて笑いかけた。


  「…」


  私のそんなファーストコンタクトは好感触。ベットの上で体操座りし掛け布団を頭から被った少女シラユキは最初より少し口角を上げてくれた。


  ハルカの言う通り、表情には陰りがあり精神的な疲労が大きそうだ。

  しかし、人懐っこい笑顔を見せてくれる彼女に私はとりあえず安心した。


  私はシラユキの正面に丸椅子を移動させそのに腰かける。シラユキはそんな私の姿を興味深けにまじまじ見つめてきた。


  「…?」

  「カッコイイネ…アタマ、アト、ピアスモ」


  シラユキは私の赤いメッシュと、両耳の黒いピアスを指さして目をキラキラさせて言った。昨夜も見てるはずだけど、まぁあの時はそれどころじゃなかっただろうし、夢の中の私は血まみれで分からなかったのだろう。


  ピアス、目立たないように黒いのにしてるんだけどな…やっぱ分かるか。

 

  今だにたまにマザーに小言を言われるピアスに触れて、私はとりあえず普通に会話を試みた。


  「シラユキさん、だよね?シラユキさんはどこ出身なの?」


  精神状態も思ったより良さそうだし、片言ながら日本語を喋ってる。これなら普通に意思疎通できるだろう。


  私はなるべく聞き取りやすいようにゆっくりとシラユキに尋ねた。


  「エト…イングランドカラ、キタヨ…キマシタヨ?」


  日本語の扱いがよく分からないのか、何故か疑問形のニュアンスが混じる。


  イングランド…イギリスの人か…


  この寄宿学校に外国人が留学してくることなど私の知る限りなかった。

  一体どういった経緯でこの学校に入学したのか気になったが、私はあえてそこには触れないでおこうと思いとどまる。


  ここに来る子達はみんな‘’そういう”家庭で産まれたのだ。

  ましてまだ入学から日が浅い彼女は家庭のこともよく覚えているだろう。

  外国人の彼女がどれくらいこの学校について知ってるかは知らないが、きっと家庭にいい思い出はないだろう。


  もちろんただの偏見だ。

  ここにいる子達は親や家庭の温かみというのを知らない子が多い。ただそれだけ。

  だから互いの家族についての話は誰もしない。

  --どうせみんな忘れていくから……


  「そっか、遠いところから来たんだ…日本語、上手だね。こっちに来る前に勉強したの?」


  私が褒めるとシラユキは照れくさそうにはにかんだ。

  どうだ?ハルカよ。このスマートなコミュニケーション。私だってやれば出来る。

  私は後ろに立つハルカに小さく胸を張ってみせる。「あーはいはい、よく出来ました。」とでも内心で言ってそうなハルカが露骨に面倒くさそうな表情を返してきた。


  「ニホンゴ、クルマエニベンキョ、シタ…カテイキョウシノ、センセイニホンノ、ヒトダッタカラ。」

  「そかそか、べんきょしたか。」


  たどたどしい日本語で一生懸命返してくれるシラユキがなんだかかわいくて私もつい口元に笑みがこぼれた。


  「シラユキ、あれから調子はどう?」


  まるで幼い孫でも見守るおばあちゃんみたいな優しい気持ちに包まれる私の肩からひょっこり顔を出したハルカが尋ねてくる。

  おいおいハルカさんよ。もっとゆっくりはっきり喋ってやらなきゃ伝わらないぞ?


  「ウン、ダイブイイヨ。クスリ、ノンダカラ…」


  シラユキは分かりにくくて不親切なハルカの日本語にもしっかり答えている。いい子だ。


  「シラユキ、あれはあなたの記憶じゃないから…さっさと忘れて元気になりなよ?いいね?」


  幼い子供に言い聞かせるみたいに目線を合わせて元気づけるハルカにシラユキもコクコクと頷いて見せた。


  「…キノウノ、アレハ、ナニ?」


  頷きながらも、初めて体験した心への負荷にシラユキはまだ不安げな表情だ。

 

  『サイコダイブ』は慣れだ。慣れれば自他を切り分けられる。いくら誰かの思念やトラウマが流れ込んできても「私のじゃない」と切り離せる。もちろん、限界はあるけれど…

  それには何回も潜るしかない。思えば私も、初めて潜った次の朝は寝込んだものだ。


  シラユキはこれから、それを何度も体験し、少しずつ耐性をつけていかなければいけない。


  ……何度も体験できるかは、彼女の心の強さ次第だろうが…


  私は気休め程度に、シラユキに言葉をかけてやることにした。


  「…今君の中にある感情は、君の中に君じゃない人のものが混ざりこんでるんだ…だから、怖がらなくてもそのうち消えるよ。その不安も寂しさも、自分のものじゃないんだからさ…」


  シラユキの白い髪に指を通して、私は彼女の頭を撫でる。


  「…忘れちゃおう。怖いのも嫌なのも。

  --だって、全部夢の中のことだもの」


  私の言葉にシラユキは少しだけ表情に明るさを取り戻した。厚い雲の隙間から晴れ間を覗かせるように。


  「ユメハ、イツカサメルモンネ…」


  シラユキはそう言って笑った。自分自身を勇気付けるように。


  「…もう覚めたんだ。だから大丈夫だよ。」


  私もシラユキに笑いかけた。


  昨夜、本当に危なかった私を助けてくれたせめてもの恩返しのつもりだった。


  「そうだ。ちゃんと言っておかないとね。」


  私はシラユキに、気休めではなく、ちゃんと言葉で礼を伝えることにした。


  「…ありがとね。昨夜は、夢の中で助けてくれてさ…君のおかげで助かった。」


  精一杯の感謝を込めたつもりだった。それがどれくらい伝わったかは分からないが、シラユキは再び愛らしい笑顔を見せてくれた。


  「アリガトウ。」

  「シラユキさん、こういう時は『どういたしまして』だよ。」


  この言葉は知らないのか、シラユキはキョトンとして「ドウイタシマシテ?」と私の言葉を復唱した。新しく知った言葉を忘れないように、自分の中に刻み込むように。

 

  「ありがとうは、私の方だからさ。」


  私がそう言うとシラユキは頷いて、


  「ドウイタシマシテ。」


  と、真剣な表情で私に返してくれた。言った直後、これで合ってるのかと少し不安そうな表情でこちらを見つめてくる。

  あんまり真剣な表情なので、私もハルカもおかしくなって思わず吹き出してしまった。


  「…ッ、ナニカ、チガッタ?」


  私たちの反応にシラユキの表情が一気に不安そうに曇るが、そんな風にころころ変わるシラユキの顔色までなんだかおかしくて、私はさらに笑ってしまう。


  「大丈夫、ちゃんと言えたね。」


  なんだか本当にかわいくて、私は思わずシラユキの頭をわしゃわしゃと勢いよく撫でてしまう。

  髪の毛が私の指の間で派手に乱れるが、シラユキはそんな自分の髪の状況を特に気にすることも無く、されるがまま私に撫でられてくれていた。

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