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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第6章 夢から醒めて
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第6章 17 コハクからの告白

 

  ハルカの問いかけに私の心臓が大きく脈打った。

  同時脳裏に蘇る環の蛇のような笑み--


  「……ハルカはさ…」


  私はハルカに誘われるまま、唇から零れる声で言葉を紡ぐ。


  「--ハルカは好きで『ダイバー』、やってる?」



  私は、環に吐き出したのと同じことを、ハルカに対して喋ってた。

 

  ゆっくり丁寧に、伝わるように、私は自分の生き方を決められた境遇に唾を吐く。


  気づけば一限を三十分も過ぎていたのを私は学舎の窓から見える時計で確認した。ゆっくり流れているような気がした濃密な時間は、当たり前に流れて過ぎていた。


  「……つまりヨミは、『ナンバーズ』以前に、もう潜りたくないんだ。」

  「……ここに、居たくないのかもしれない。」


  私自身、はっきりと断言することができない。できないのは、昨夜の先生とのやり取りのせい。

  あるいはそれ以前の話……


  私はこの学校が嫌なのか。選択肢もなく放り込まれた境遇が嫌なのか。それとも本心ではここから離れるのが怖いのか……


  私は私のことですら、はっきりしない。それはきっと、ここに大切な人が増えすぎたから……


  全部抱えて飛び出せるくらい、私が大きくて強かったら……


  「分かったわ。」


  ハルカは大きく息を吐き出して、私の言葉を受け止めた。

  そのうえで、私に言った。


  「分かったけど、私にはどうしようもないこと…無責任なアドバイスも、嫌ならこうしたらいいっていう行動のサポートも、多分できない。」

  「……」

  「私は多分、アンタほどここが嫌いじゃないからかな……だから、アンタはアンタがしたいようにしたらいい。『ダイバー』のことも、それ以外も……私たちのことは関係ない。」

  「ハルカ。」

  「アンタがしたいこと、言って。できることは、一緒にする。できないことでも、何とかする。」


  ハルカは、私の話をどこまで信じて呑み込んでくれているのか…私には判断がつかなかった。

  私の話を聞いたうえで、全部信じたなら、今一番問題なのは自分たちの安全だ。

  でもハルカにとっては、自分たちの今後より私の気持ちの方が大事な問題なのだろうか。


  つくづく、ハルカは“友達”だ。


  漫画やアニメに出てくるみたいな、都合のいい友達像。私が勝手に描く理想の友達を、どこまでも地でいく女の子。


  それに甘えて、全部押し付けていいのかと、考えてしまう私は、きっとまだハルカの考える“友達”の関係の外にいるんだろうか--




 ※




  結局、はっきりしたことも言えないまま、私たちは大遅刻で授業に戻った。


  友達を前に、こうしたいって言えない私は優柔不断なんだろうか…

  それとも、まだ周りが見えてないから、こうしたいってことが見えてこないんだろうか……


  とりあえず、ハルカは私に『ナンバーズ』になってほしくないみたいだ……


  じゃあ……どうする?


  悩むようなことでもないのに、私はぼんやりと同じ思考の中を巡る。

  気づけば授業も上の空で、終わってみれば内容なんてなんにも頭に入ってない。ノートだって真っ白だ。


  教室の端でクラスメイト達と談笑するハルカを横目に、私は教室を出ていた。


  この当たり前の教室の光景すら、なんだか息の詰まる景色に感じて、私は逃げるように飛び出した。


  「--おっす!」


  ……逃げ出した先で一番空気の読めなさそうな奴が待ち構えていた。


  「……クロエ?」

  「おう!クロエちゃんよ。」


  私の顔色なんてお構い無しに、クロエはいつもの調子で笑ってみせる。しばらくぶりに見るクロエの様子はすっかりいつも通りだ。

  私の病室で小っ恥ずかしい告白をしたあの女の子はどこかへ飛んでいってしまった様子。


  「今暇か?ちょっと面貸せや。」


  まるでヤンキーみたいな口ぶりで私を呼び出すクロエ。でもちょうどいい、私もあなたに用がある。



  またしても中庭にやって来た私たち。密談にはもってこいの場所だ。

  ベンチに腰掛けていた数人の生徒たちが私たちを見るなり蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていく。


  「……すっかり有名人な。」

  「クロエがじゃない?」


  抜け出したりマザーち呼び出されたり、私もすっかり関わりたくない厄介者なのかな。


  私たちは都合よく空いたベンチに並んで腰掛けた。


  「さて……ヨミっぽ。もったいぶってもあれだからさっさと本題に入るけどな……」

 

  いつもの様子でクロエが本題を切り出し私も自然身構える。


  「今晩、ハルカちきたちへの規則違反に関する罰を与えるって……マザーが。」


  身構えた私に、クロエの口から鋭いボディブローが飛んでくる。鳩尾を殴られたみたいなズンと響く鈍い痛みが身体の内側で広がっていく。


  ……やっぱり、あの『サイコダイブ』はそういう……

 

  「……まだ、私は返事をしてない。」


  なんとも頼りない反論が虫の羽音みたいに小さくクロエに飛ばされた。

 

  分かってる。私は決断を迫られた……


  「だから、今貰う。」


  じわりと首を絞めるみたいにクロエが言った。彼女に私念はない。ただ、命じられたままに私の前に現れたんだ。花梨のお母さんの時みたいに……


  「……私が、工藤理事長の勧誘を受け入れたら、その場合は…」

  「ハルカぴょんらは晴れて無罪放免。どーする?」


  どうするもこうするも、はなから決まっていること。

  そう、もう決めていたこと。何を迷う?不安なことなんてない。ないはず……


  マザーが変わるだけ……あの、蛇のような得体のしれない環に--


  「……なんか、ウチがいじめてるみたいだ。」

  「みたいというか、まんまそう。」

 

  だってこうなったのあなたのせい。でも、それは言わないって決めてる。今のはせめてもの反撃だ。

 

  「うん、まぁ……」

  「嘘。気にしてない。」

  「じゃあもっと前向きな面しない?言っとくけど、やりたくてやってるわけじゃないんだぞ?いや……悪い。考えなしだった。」

  「もういいって。」


  こうしてタメ口で喋ってたら、本当に気安い間柄みたいだ。まぁ、実際私は心の中にまで入られてるんだ。今更何も遠慮も何もいらないだろう。


  だからかな……


  「……クロエ。」

  「ん?」

  「私が『ナンバーズ』に入ったら、守ってくれる?」


  こんな、甘えたことを口走ってしまうのは。


  「……たりめーだ。お姉ちゃんだし?」

  「?友達になりたいんじゃなかった?」

  「マザーが同じなら姉妹だろ?」


  クロエはそう言ってニカッと笑った。気休め程度の慰めと心強さだったけど、私は少しだけ前向きになれた。


  今更怖がるな……元々私が始めたこと。ハルカに文句言われるのだけが--


  「--また脱獄計画でも練ってるの?」


  背後から割り込んでくる声が、澄んだ空気を震わせて私とクロエの鼓膜を叩く。

  緩やかに流れていた中庭の空気を掻き回すみたいに、その声は私たちの時間に切り込んだ。


  「……あれ?」

  「--コハク?」


  振り返る私たちの背後に佇む茶髪の少女--コハクが私を見下ろして笑っている。


  「その話、私も混ぜてよ。」



  突然場に乱入したコハクが、私とクロエの間に割り込むみたいに座り込んだ。困惑する私をよそにクロエがちょっと不機嫌そうにコハクを覗き込む。


  「おーい。そろそろ授業始まっぞ?コハクちょ。それに今、ウチら大事な--」

  「待って待って。」


  私はクロエを手で制してから隣のコハクの肩を掴んだ。決して逃げられないように指に力を込める。きっと意味は無いけど、確かにコハクの感触を確かめつつ私は問いただす。


  「どこ行ったの?ハルカもシラユキも心配してたよ?」

  「ん?ヨミは?」

  「え、いや、私も……」

  「おーい。」


  私をからかうみたいに笑うコハク。クロエが置いてけぼりに対して不満げな声をあげる。


  「ちょっと外出にね。まぁいいじゃん。そんなこと……」

  「いや、そんなことって……」


  まぁ、私がいちいち人のことを言えたものではない。それ以上の追求をとりあえず諦めて、この場は一旦お開きにしようとクロエの方へ視線を向ける。


  「……クロ--」

  「ん?きみ……どっか行ってたの?」


  と、私の声を無視してクロエの顔が少し険しくなった。それにコハクが細めた目を一瞥し……


  「いいんだそれは……それより話の続き。」

  「続きってコハク…今は私とクロエが話して--」

  「--ヨミが『ナンバーズ』になるって話?」


  なんの気ない様子でコハクの口から飛び出したそんな一言に、私の時間が凍りついた。

  どこかで聞いていたのか?いや、それは別にいいけど……

  もし聞いていたうえで話に入ってきたなら…


  「コハク。違うんだ。コハクは悪くない。だから--」

  「ならないよ。」


  必死に矢継ぎ早に言葉を重ねようとする私をコハクがぴしゃりと黙らせる。有無を言わせないコハクの静かな言葉が質量をもったように私の両肩にのしかかった。


  重い……彼女の声が--なにより、なにか…変だ。


  どこか様子のおかしいコハクに私が言葉を返せない中--


  「『ナンバーズ』には私がなるからね。」


  信じられないような言葉をコハクが私の前で吐き出した。


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