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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第2章 私の友達
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第2章 3 白い病室

 

  本を元の本棚に返して、図書館を出る。ふと思い立って私はカウンターの向こうに話しかけた。


  「こだまさん。さっきまで居た茶髪の子、名前とか知ってる?」


  ほんの好奇心だった。たまたま居合わせたから話しかけてきたのか、私と距離を縮めたかったのか…

  どうでもいいことだけど、なんとなく彼女の素性が気になった。


  「……」


  しかし、こだまさんは首を傾げて知らないのジェスチャー。


  まあ当然か…そもそも頻繁に通う私の名前すら知ってるのか怪しい。


  「そっか。ありがとこだまさん、また…」


  軽く礼を言い手を振ると、こだまさんも小さく手を振り返してくれた。かわいい。


  図書館を出た私は学舎の中を通って、寮に戻る。

  本に没頭している間は気づかなかったが、随分お腹が減っている。そういえば朝食も摂っていない。今朝吐き出してしまった分、何な胃袋に詰めなければ…


  この寄宿学校で食事を摂るには寮の食堂に向かうしかない。この学校に売店なんて気の利いたものは無いし、気軽に外出もできないのだ。



 ※




  寮の食堂に着く頃にはもう正午を四十分程も過ぎ、食堂の中もがらんとしていた。


  「…あ。」


  カウンターで今日の昼食を受け取りトレイを持って席を探すと、見慣れた悪友の後ろ姿がぽつんとあった。


  私の精神状態を鑑みて、声をかけるかどうか少し迷ったが、私はハルカの隣の席に腰を下ろすことにした。

  昨夜は随分酷い目にあった。やはり少しだけ心配でもあっからだ。


  「おはよ。」

  「…もう昼よ、ねぼすけ。」


  隣でうどんをすするハルカに挨拶すると、メガネの奥でパッと見で不機嫌と分かる瞳が私の方を睨みつけた。


  「…そうだった。ずっと図書館いたから時間の感覚狂ってる…」

  「…安静にしてなって言われなかった?」

  「図書館が一番安静にできるよ?」


  はぁ…と、呆れたようなため息をひとつ吐きハルカは別の話題を切り出した。


  「…あんた、昨日の子の様子、見に行った?」


  昨日の子…藤村先生がシラユキと言っていた子だろう。


  「…いや、部屋知らないし…ハルカ行ったの?」

  「行くわよ…初めての『ダイブ』で相手があれだもん…結構やばいみたい。」

  「えっ!?」


  ハルカの口からサラリと飛び出す一言に私は素っ頓狂な声を上げた。

  先生は大したことないみたいなことを言っていたはず。

  私がそう言うとハルカも首を振り

  「あんたの手前そういう風に言ったんじゃない?事実、昨日一番精神パルスやばかったのあんたみたいだしさ…」

  と、憶測を述べる。

 

  「私よりやばくなかったのに、今やばいの?その子…」

  「だから初めてだからさ…やっぱきついよあれは、私もキツかったもん。」

 

  直接受けたダメージと言うよりは、対象の精神との共鳴により流れ込んできた負の感情による精神的ダメージだろう。

  『サイコダイブ』による精神汚染で他人のトラウマや狂気が自分のもののように流れてくるのは想像を絶する苦痛だ。


  「あの子、今は入院棟で治療中なの。昨日の『ダイブ』の直後から精神状態が不安定になったって……」


  入院棟とは、寄宿学校の敷地内の治療用施設で、集中的な治療が必要な『ダイバー』が療養の為に利用する。


  「それで、どうなの?」

  「私が行った時にはいくらか落ち着いてたわよ…普通に会話できるくらいには……」


  ハルカの返答にひとまず安堵する。会話が成立するのなら私が想像したほど酷い状態でもなさそうだ。


  --『サイコダイブ』で最悪な精神汚染に晒され、廃人になった生徒を何人かこの目で見た。

  まるで抜け殻のように、こちらの呼び掛けにも反応せず、訳の分からないことをひたすら呟いていた。

  あの渇いた虚ろな瞳だけは、どうしても忘れることができない。



 ※



  私はシラユキという少女のお見舞いにでも行こうかなという気になった。

  わざわざ会いに行くほどのこともないか…と思っていたが、入院棟に入れられる程となるとやはり心配にもなる。

  まるっきり知らない仲でもない。まして、彼女には助けられた。あの子が居なければ私が廃人になっていたかもしれない。


  --颯爽と駆けつけたあの白い姿が目に浮かんだ。


  せめて一言礼を言おうと、私は食堂を後にする。その後ろをハルカがてくてくついてくる。


  「行くの?」

  「うん…そんな話聞いたら流石にね。」

  「ヨミも人の心があったか。」


  何を言うか…失礼な。

 

  後ろをついてくる悪友にベッと舌を突き出し、私は再び学舎へと向かう。


  この寄宿学校は、広大な敷地内にいくつかの建物が併設されている。その敷地内の中央にある学舎から、あらゆる施設に行き来する。

  寮や図書館を含め、あらゆる建物が学舎と繋がっているため、行き来の際には必ず学舎を通り抜ける必要がある。

  おかげで、普通に歩けば大した距離ではない敷地内の行き来も随分遠く感じる。


  学舎の渡り廊下を抜けて図書館の反対側、桜の木々が立ち並ぶ並木道を通り私たちは入院棟にたどり着いた。


  入院棟の外観は図書館と同様の赤レンガ造りの療養所と言った感じだ。

  しかし、精神を病んだ生徒の溜まり場という先入観に加え、どこか暗い雰囲気のある建物は図書館とは真逆の印象を私に抱かせる。


  私はここが苦手だった。


  正面玄関から私たちは入院棟に入り、入口の受付に軽く挨拶を済ませる。

  入院棟の受付係と守衛に見舞いの旨を伝えると、あっさり通してくれる。

  この寄宿学校は外への外出は滅多にない機会だが、敷地内に関してはどこでも出入りが自由だ。

  生徒の立ち入りを禁じているような場所はなく、たとえ授業中だろうと消灯時間まではいつどこで歩き回っていても、特段何か言われることも無い。

  最も、担任のマザーに見つかれば話は別だろうが…

  今日は私も、おそらくハルカも授業は免除だ。仮に見つかったとしても咎められることはないだろう。


  受付で聞いた部屋番号を探し私たちは三階まで上がる。五階建てのこの入院棟にはエレベーターがなく、最上階まで登るのは地味にしんどい。

  外から見たイメージよりずっと広い棟内の廊下にはずらりと扉が並んでおり、目的の部屋を探すのも骨が折れる。先にハルカが訪れていなければ部屋探しだけで数分潰れていた。


  目的の部屋は一番奥にあった。


  「いーい?無神経なこと言ったらダメよ。あんた。相手はメンタルグロッキーなんだからね。毒吐くんじゃないわよ。」

  「あたしのことなんだと思ってんの?」


  ハルカが扉を軽くノックすると、中からノックに反応したような物音が聞こえてきた。まるでノック音に怯えたかのようなタイミングと物音に私は病室の住人の様子が目に見えるようだった。


  「ごめんね…入っていい?」

 

  ハルカが扉の向こうの相手にとても優しげに声をかける。こんな声と表情は見たことない。もしかして、私以外にはこれくらい柔らかい対応をするのだろうか?


  ハルカの声に扉の向こうから蚊の鳴くような声が微かに聞こえた。私の位置からは聞き取れないくらいの声量だった。

  ハルカは聞き取れたらしく、そっと扉を開いた。


  簡素な病室--天井も壁も白で統一されていて、扉の反対側には大きめの窓があり、午後の日差しが病室に差し込んでいる。

  例によって照明は暗めだが、陽光が真っ白な壁に反射して眩しくすら感じた。


  室内同様真っ白なベットの上に、これまた真っ白な少女が一人--


  昨夜夢で出会った少女。

  薄ピンクの入院着を身にまとった少女は肌も髪も白く、雪の様な白さに青の瞳が際立っている。


  白く眩しい病室に雪の精の様な少女--私は目の前の光景によく晴れた青空の雪原をイメージした。


  「シラユキ、この子覚えてる?ヨミって言うの。お見舞いに来てくれたよ。」


  ハルカが私の肩に手を置きながら少女--シラユキにそう語りかける。ハルカのゆっくりとした優しいトーンの声音に、シラユキもほんの少しだがその表情に笑みを浮かべた。


  「…アリガトウ。」


  拙い片言の日本語で、彼女は私との最初の交流--その始まりを彩った。

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