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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第6章 夢から醒めて
129/214

第6章 14 夢は見るかい

 

 ※




  夕食の時間。私とハルカ、シラユキは特に待ち合わせることも無く、いつも通り食堂のいつもの席に集まっていた。


  「?コハクハ?」


  不在のコハクの存在にシラユキが言及する。確かに姿が見えない。


  「どうしたのかしらね。寝てるのかな?」

  「ハヤクコナイト、バンゴハンタベソビレチャウネ。」


  今日のメニューである中華丼を前にハルカとシラユキが首を傾げた。


  「昼食べ過ぎたから、動けないのかもね。」


  と、冗談混じりに私が言うと、ハルカもシラユキもなんだか合点した様子。冗談だけど。


  「ま、来なかったら後で様子でも見に行きましょ。」


  と、ハルカが丼を持ち上げて食事を始めた。それにならって私とシラユキも中華丼をかきこむ。正直、私もお腹が空いてない。


  「……ハルカ、シラユキ。」

  「ん?」

  「?」


  私が何気ないふうをなるべく装って、二人に切り出す。上手くできただろうか。

  シラユキはなんの用かと箸を止めて私の言葉を待つ。ハルカは中華風スープをすすりながら食事のついでに耳を傾ける。でも、その目はしっかり私を見据えてた。


  そんなハルカの視線にどきりとしながらも、私は唇を開く。


  「……コハクが居たら、ここで話そうと思ってたんだけど…後で、三人に話があるんだ。」

  「……?ハナシ?ナニ?」

  「オッケー。」


  今内容が気になる様子のシラユキに反して、ハルカはその視線とは真逆にびっくりするくらいの素っ気なさ。そんな反応に肩透かしをくらう。


  「じゃ、後でコハクの部屋行こっか。シラユキ。」

  「ウン。」


  頬にご飯粒をひっつけたシラユキが同意。私はそんなシラユキのご飯粒を取ってやり、自分の言葉にも耳を傾けてくれる友人に呟いた。


  「……ありがと。」


 

  --もう一度、よく考えてみた。


  自室のベッドの上で、置物みたいに寝っ転がりながら、思考の海に意識を沈めた。


  私はこの学校も、理事長も、『ナンバーズ』も信用出来ない。

  それでも、私たちにはここ以外に帰る場所がないんだ。


  ここは、ハルカの、シラユキの、コハクの居場所……


  ここに居る以上は、守らなきゃいけない。


  『ナンバーズ』にはなりたくない。あの理事長の下で、何をさせられるのかと考えると不安になる。

  もう、『サイコダイブ』もしたくない。記憶の中のフウカ先輩の姿が、はっきりとこびりついて離れない。怖い。


  でも、逃げるのはもっと怖い。


  -- …ヨミは、どうしたい?


  --私は……


  私は、あなたに辛い思いをして欲しくないよ。ハルカ……

  だから--




 ※




  「……いないし。」


  夕食が済んで、私たちがコハクの部屋に向かっても、彼女は出てこなかった。


  何度ノックしても、呼びかけても、コハクが応じることはなく、無反応はすなわち部屋の主の不在を物語っているのだろう。


  「コンナジカンニ、ドコイッタノカナ?」

  「……抜け出して出かけてたりして。」


  シラユキの疑問にハルカが返す。流石に冗談だと思う。

  門限は過ぎてるし、今から外に出ていく用事も、コハクにはないだろう。悪巧みなら、私たちも巻き込みそうなものだ。


  ……ありえない。とは、言えないけど……


  前科ありの私がそんな推測をするのは、なんだか変だ。


  「こういう時携帯電話って便利なよね。」

  「便利よねって、持ってないじゃん。ハルカ、触ったことあるの?」

  「だから、欲しいってこと。」


  携帯電話かぁ……まぁ、相手も持ってないと意味無いけど……


  「ヨミ。」

  「……ん?」

  「どーすんの?居ないけど、話、あるんでしょ?」


  ハルカが私の顔を覗き込んで尋ねてくる。

  あくまで私に委ねてる。決して、無理に聞き出そうとはしない。私の口から語られるのを、ただ待っててくれる。


  そんな優しさに甘えていいものかと、焦りと微かな罪悪感が私の中で膨れていく。一体、環はいつまで私を待ってくれるのか……

 

  「…ちゃんと話したいから、コハクが居る時で……いい?」


  それでも、私はハルカに甘えてしまう。つくづく、臆病者だ。


  「…分かったわ。シラユキ、まだおあずけね。」

  「ン。ヨミ、ダイジョーブ?」

  「……ありがと、平気。」


  私の顔に狼狽や疲労の色でも出てたのか、シラユキが優しく抱きしめてくれた。温かい。

  ぐりぐりと顔を押し付けてくるシラユキをゆっくり引き離して、目の前の問題に戻る。


  「…で、コハクは?どこ行ったんだろ?」


  外は土砂降りだ。学校の敷地内に居るとして、屋外をぶらつくとは考えにくい。


  結局私たちは気になって、もう一度食堂を覗き、浴場にも向かったがコハクの姿はない。


  「……カミカクシ。」

  「あはは。だったら大変ね。」

 

  忽然と姿を消したコハクにシラユキが戦慄する中、ハルカが笑いながらシラユキを励ます。シラユキは本気で怖がってる。


  ……私が黙って消えた時もこんな感じだったのかな?悪いことした。


  今更な罪悪感に駆られながら私たちはコハクのクラスのマザーの執務室に向かってみた。


  大きな執務室の扉をノックするが、コハクの部屋同様中からの反応はなかった。


  「……?」

  「……?」

  「……?」


  三人して首を傾げる。みんなどこに行ったんだろう?


  何人かのマザーの部屋をあたったが、他のマザーは知らないと言う。そもそも、コハクという生徒が誰なのかイマイチ分かってないマザーもいた。

  縦も横もクラスの繋がりがほぼないと、マザーも他クラスの生徒など気にしないんだろうか。


  「すみません、ありがとうございます。他のマザーに訊いてみます。」


  三年生のマザーにお行儀よく頭を下げるハルカに初老のマザーが忠告する。


  「マザー小林の所へは行っちゃダメよ。今大事な来客中だから……その生徒になんの用事なの?」

  「いえ、ちょっと……課題のことで……」


  姿が見えませんなんて言ったら、コハクの心象が悪くなるかもしれない。まだどこで何しているのかも分からないのだ。

  ハルカの取ってつけた言い訳は多分あっさり見抜かれたと思う。マザーはそれについて深く追求することなく、告げる。


  「消灯の時刻も近いわ…今日はもう休みなさい。課題なら、明日でもいいでしょう。」

  「……はい、すみません。」


  マザーに強めの口調で言われ私たちは引き下がる。これ以上探しても見つかりそうもない。

  最後にもう一度コハクの部屋を尋ねてみたがやはり不在だ。


  私たちは今日はそのままお開きになった。各々が自室に戻る中、私の中で嫌な予感が膨らんでいる。


  --処罰の対象……


  コハクの安否が気になる。かと言って、探しても見つからない。

  このままとても床につける気がしなかったので、私は最後に自分のマザーをあたるため執務室に足を向けた。


  マザーか、あるいはクロエなら、なにか知ってるかも……


  しかし、私のマザーはコハクのマザーでは無い。クロエに関してはどこにいるか見当もつかないのであてにはしていなかった。

  それでも何もしないよりは……


  「…ヨミ。」


  足早に学舎に向かう私の背後から、聞きなれた野太い声に私は振り返っていた。


  「どこに行くんだい?こんな時間に……」

  「……先生。」


  そこには何やら神妙な顔をした藤村先生が、白衣姿で佇み、私を見つめていた。


  「そろそろ消灯だよ?」

  「……分かってる。すぐに戻るよ。」

  「……やれやれ、すっかり放浪癖がついちゃったのかな?」


  私の返答に先生はおどけたように笑って見せて、後頭部をガシガシと乱暴に掻きむしった。


  「……少し、話さないか?」




 ※




  寮の医務室。最近は入院棟ばかりでなんだか久しぶりな気すらする。

  硬い丸椅子に腰を下ろして狭い医務室内を見回す。対面に座った先生がマグカップを手渡してくる。


  「…ありがとう。」

  「ヨミ、調子はどうだ?」


  マグカップの中のアイスコーヒーを一口飲んで、私は先生を見つめた。

  こちらを探るような雰囲気は感じられない。でも、用もなくこんな時間に医務室に呼んだわけじゃないだろう。


  「まぁ…ぼちぼち。お陰様で元気にやってる。」

  「はは。だろうね。ヤンチャする元気は有り余ってるわけだ。」


  皮肉を交えて先生が笑う。いつもこの人は人のことをイラつかせる物言いをする。ただの冗談なんだろうけど神経質になってる私には他意が篭っているように感じる。


  「…何を見た?」

  「……え?」


  唐突な問いかけに私は思わず聞き返す。先生は私を真っ直ぐ見据えて改めて問いかける。


  「外の世界で、何を見て、何に触れた?その上で、君は何を感じた?」


  先生の、あんまりにも具体性のない突拍子のない切り替え。世間話でも始まるのかと軽く身構えていた私の身体にじんわりとした熱のようなものが広がっていく。

  全身の筋肉が強ばる。そこで気づく。私はこの気のいい医師にすら警戒心を抱いている。


  「……人。」


  私はその中で、素直に答えていた。


  「人?」

  「人の…営み。誰かと…誰かの、繋がり。みたいな……」

  「……抽象的だな。」

  「悪かったね。口下手で。」


  むくれて返す私に先生は愛弟子に送るような視線を返して、私に笑いかけていた。太い眉の印象的な凛々しい顔つきが柔らかくほぐれた。その姿に私は『父親』を意識した。


  「……ヨミ、夢は見るか?」

  「夢?」

  「自分の、夢だ。」


  私の夢……


  「ないよ。知ってるでしょ?」


  なんだか少し前にコハクとそんなやり取りをした。私たちは自分の夢を見ない。


  「私たちが見るのは、『サイコダイブ』の夢だけだ。」

  「そうだね…この学校で生きていた子たちはみんなそうなんだろう。」

  「……どういうこと?」

  「夢は、睡眠中に記憶を整理している時見るものらしい…でも君らには“過去”がないからね。」


  先生の伝えたいものが見えてこない。ただ、今の私には刺激が強すぎる。


  「……忘れるから?」

  「“過去”がなく、“願望”がなく、“自主性”がない…それが、ここの子供たちだ。」


  先生の物言いが私の精神を逆撫でする。まるで洗脳された奴隷みたいな物言い。先の環とのやり取りもあってか、私の琴線をひどく刺激した。


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