第6章 12 アパレルとラーメン
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喫茶店で朝食を終えた私たちはそのまま駅ビルに入っていく。
いかにもオシャレな女の子たちが集まって来そうなキラキラしたブティックの並ぶフロアを歩く。
「次はヨミの服選びだね。覚悟はいい?」
「ハイハイ、着せ替え人形になる覚悟はできてるよ。」
コハクに返しながら店頭に並ぶ服を眺めるが、どれもこれも明るい色合いの露出の多いものばかりだ。夏が近いからかな?
「ヨミ、ソノフク、アツクナイ?」
「シラユキ、オシャレには我慢も必要なの。」
「あんたが言うな。」
革ジャンをカッコつけながら着直してシラユキに返す私の後ろからハルカがツッコむ。
とりあえず流行りなんて分からないから店選びは任せて、私はハルカとコハクの後について行く。
「…シラユキは、この学校に来る前は休日とか何してた?」
と、道中なんとなしに私は隣のシラユキに尋ねた。
本当はあんまり訊くべきじゃないこと…この寄宿学校の生徒に、外で何をしてたのかなんて……
でも私は、あえて踏み込んでみた。まだここに来て日の浅いシラユキに、なるべくなんでもないみたいに…
「…タブン、イエデ、イヌトアソンデタ。ワタシ、トモダチイナカッタ。」
……多分?
「……多分、ね。」
「モウ、ワスレチャッタヨ。」
シラユキはそう言って笑った。その顔に寂しさが見て取れないのが、かえって私を不安な気持ちにさせた。
「『サイコダイブ』ノ、セイシンケア?デ、ワスレチャウンダヨネ?ムカシノコト…デモ、モドッテクルッテ、マザーイッテタヨ?」
「……そうだね。」
入学してまだ二ヶ月経つか否かの彼女ですら、もう記憶が消えているんだ…
あなたの本当の名前は?ご両親は?
そんな喉元まで出かかった不躾な質問を私は呑み込んだ。やっぱりここでは、触れちゃいけないことなんだ。
……でも、真奈美は取り戻した。
マザーの言った戻ってくる“いつか”は、私たちにはいつ訪れるんだろう…?
※
--辱めるという言葉がある。
文字通り、相手に恥ずかしい思いをさせたり、名誉を傷つけたり……まぁそういう意味。
私に名誉なんてものがあるかは置いといて、とりあえず私が今受けている責め苦がそれだった。
「……っ。」
「やだあんた…似合ってるわよ。」
「ホントだよ?かわいいかわいい。」
試着室で赤面する私を前にハルカとコハクが唇をプルプル震わせながら賞賛を送る。
褒めちぎられる今の私--その全身像を私は試着室の姿見で確認する。
そのにはお姫様が着るみたいなフリフリのワンピースを着た私。
白とピンクを基調とした、「かわいい」という概念を具現化したようなワンピースを着るのは、髪を染めてピアスを空けまくった不良少女。
仏頂面がますますそのアンバランスさを引き立てる。愛想良く笑ってやればいいのだろうか?無理だ。
「カチューシャモ、ツケヨウ。」
何を思ったのかシラユキまでそんなことを言い出す。天然か?似合うと思ってる?
ピンク色のカチューシャが私の頭を彩った。ますますちぐはぐさが増す。
「いや……かわいいわよ?ヨミ。」
「そう?最近のファッションは分からないな…」
笑いながら絞り出せように言うハルカに私はとびきりの鋭い眼光を飛ばしてやる。
「気に入らないか…ヨミ、じゃあこれいこう。」
と、コハクが私に新しい服を手渡した。
それは、ピンク地に胸元に大きなデフォルメされたうさぎさんがプリントされたTシャツ。正直、単体で見てもダサい。
「…なにこの、お母さんが買ってきそうなシャツ。」
「下は…うわこれえぐ。」
不満を顔全体の筋肉を使って表す私にハルカが下を渡してくる。
かわいいピンクうさぎに対して、下はダメージショーパン。しかもダメージ具合が半端ない、もはやただのボロ雑巾。その上丈が異常に短く、もはやハイレグ。
いや分かる。これはこれ単体でセクシーな感じでカッコイイんだ。でもこのTシャツと合わせるやつじゃない。
「…真面目に選んで?」
「真面目よ。あんたこういうの好きじゃない。」
と、睨みをきかせる私にハルカが真顔でショーパンを押し付ける。睨みつける私の格好は童話のお姫様ばりのゆるふわコーデ。カオスだ。
「今日だってこんな感じの……」
「こんなに、短くないから。」
さらに眉間にシワを寄せる私を「まぁまぁ」とコハクが宥める。
「似合うかもしれないよ?こんなの着ないって言う偏見が、オシャレの可能性を狭めるんだ。」
何言ってんだこいつ。
にやにやしながら期待の眼差しを向ける三人に、私はドレスみたいなワンピース姿で
「……遊んでる?私で。」
「え?覚悟はできてたんでしょ?」
悪びれる様子もなく言ってのけるコハクに私の蹴りが飛んでいた。
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結局散々着せ替え人形にされた挙句、シラユキイチオシのピンクうさぎシャツを購入。すごくモヤモヤした気持ちのまま電車に乗っていた。
「ゼッタイニアウヨ。」
「ああ……うん、ありがとう。」
うさぎしかもピンクとか軽くトラウマなんだけど、シラユキのホクホクした顔を前に何も言えない。
「じゃあ、お昼だ。」
「今日のメインと言っても過言じゃない。」
コハクとハルカのテンションが上がっていく。これからラーメンを食べに行くらしい。ラーメンのために電車に乗って…
「なんか、この前夜テレビで特集してて、『本当においしいラーメンベスト100』ってやつ。それで五位のお店が近くだからさ〜…」
「……へ〜、醤油?豚骨?塩?」
「味噌。」
ハルカの返答にコハク微妙そうな顔。
「味噌かあ……」
「……ラーメン。」
コハクは味噌が好みじゃないみたい。その隣でシラユキが期待に胸を膨らませた顔をしてる。かわいい。
まあ気持ちは分かる。ラーメンなんて学校の食堂では出てこないし、外出日に食べに行くこともなかった。もしかしたら、ほとんど食べたことないかも…
「……あれ?なんか楽しみになってきた。」
「でしょ?ヨミ、なんかラーメンってテンション上がらない?私だけ?」
「ハルカは上がりすぎだね。私は味噌ラーメンの時点で少しテンション落ちた。」
「……コハクは何が好きなの?」
「塩。ヨミは?」
「特に…まずそんな食べないし。」
ラーメンで盛り上がる女子高生三人。そんな中でシラユキが私の袖をクイクイと引っ張る。
「ワタシ、ラーメンタベタコトナイ。スープスパゲティミタイナノ?」
なんと。
「イギリスにはラーメンないの?」
「馴染みは無いのかもね。」
驚く私にコハクが言った。
そんなものか。中華ってヨーロッパではあんまり馴染みないのか?まぁ、イメージは湧かないかも……
それかシラユキだけか。なんか育ち良さそうだしこの子。
「ラーメンってのは中華料理だよ。スパゲティとは違うね。」
「スープニ、メンガハイッテルンダヨネ?ドンナアジ?」
「食べたら分かるよ。」
返す私にシラユキは無邪気な顔で楽しみにする。未知の文化に触れるのだ楽しみだろう。
初めて食べるなら美味しい方がいい。ハルカが上げたハードルに私も勝手に期待値が高まった。
※
やってきたのは街角にあるオシャレなラーメン屋さん。
私の思ってたラーメン屋って、小さな店構えで赤いのれんが下がってて、おっちゃんが自転車で出前に出かけていくような、おじさん臭いイメージだった。
店舗こそそんなに大きくなく、せいぜい十人くらいしか入れない広さ。でも、黒っぽい店の外観と、カウンター席のみの店内の内装、オシャレなBGMの響く店の様子に私はイメージを大きく覆された。
何より、客層。
まず入店までに七、八人くらいの行列で待たされる。しかも半分は女性。
ラーメン屋ってサラリーマンのおっさんとか男子学生ばっかりのイメージだった。
ラーメン食べない弊害か……
現実と勝手な想像のギャップに私とシラユキはぽかんとする。ハルカとコハクは当たり前みたいに列に並んだ。コハク、お前はなんなんだ?
「…コレ、ミンナオミセニハイルノマッテルノ?」
順番待ちの列に並ぶシラユキが不思議そうに列を眺める。そういえば行列って日本独特の光景って聞いたことある。
憧れでもあったのか人生初(?)の行列参加にシラユキが楽しそう。順番待ちの列にこんなにわくわくしながら並ぶのは彼女くらいだろうな。
待たされることなんと三十分。私たちはようやく店内に入れた。
そこで一番人気らしい味噌ラーメンを注文。何気に券売機で食券を買うのもほとんどない経験かも。
そうやって目の前に出されたラーメンを完食して出てきた頃には、十三時になっていた。
「食べた〜。」
と、満足気なハルカ。そして、人生初のラーメンの余韻に静かに浸るシラユキ。
対して二人ほどの熱がない私とコハク。
「…なんか、ねぇ?」
と、コハクが大仰に肩をすくめた。店の前だからやめて欲しい。
「……三十分待たされた割には……」
しかし、ハードルを越えられなかったという感想に関しては同意。
そもそもコハクは味噌ラーメンに乗り気じゃなかった。じゃあ他の味のラーメンにしろよとは思ったけど。醤油とかあったし。
私はと言うと味よりも三十分待たされた方がでかい。
少なくとも電車でここまで来て行列並んでまで食べようと思う味ではなかった。そもそもランキング五位ってのもなんか中途半端だ。
「…コレガラーメンナンダ。」
「また来よ?」
大変満足した様子のシラユキとハルカに、私とコハクは首を横に降っていた。