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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第5章 おはようの朝はまだ遠くに
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第5章 30 どうしたい?

 

 ※




  ……ハルカの声を聞いた気がした。


  何度も何度も、繰り返される夢の中で、彼女は私に言ったんだ。早く起きろって。


  私は、どうしたいんだい?って。


  ……私は。


  「……っ。」


  薄暗い静寂を、淡いスポットライトが照らしてた。

  私の見下ろす先に、大きな舞台があって、その壇上を、優しげなくらい淡い光が照らし出している。

  艶やかな床が光を反射して、薄暗い劇場の中でぼんやり光ってるみたいだ。


  私はあの日の夢の中にいた。


  --いや、あの夢は終わった。これは私の夢の中……


  「……やぁ。」


  私の後ろから飛んでくる声に、私はゆっくりと振り返った。

 

  「…久しぶりです。ヨミ。」

  「…はい。先輩。」


  観客席の間の通路に、あの日の姿のフウカ先輩が、微笑みながら立っていた。

  私もそんなフウカに、小さな笑みをぎこちなく返す。


  あの人は死んだ--あの人の心はここにはない。

  それなのにここにあの人が立っている。なんて趣味の悪い夢を見せるんだと、私は私に毒を吐く。


  「……座りませんか?」


  すぐ脇の座席に視線を落として、私はフウカに呼びかけた。それに、フウカも変わらない笑みを湛えて頷いた。


  「…悪くない眺めですねぇ。」


  二人並んで腰を下ろした後、誰も居ない舞台を見つめてフウカがそう呟いた。

 

  役者不在の寂しい劇場。あの日の椅子はどこにもなく、同じなのは寂しい観客が二人だけなことだけ。


  『ナイトメア』も、千切れ飛ぶフウカも居ない、ただスポットライトに照らされただけの壇上。


  「…今日の演目は?」

  「さぁ?」


  フウカに私は曖昧に首を傾げて、再び壇上に視線を落とした。


  そんな観客二人に答えるみたいに、突如赤い幕が壇上に降りて、舞台の上を私たちから遮った。

  同時に、劇場の薄暗い照明が完全に落ちて、ゆっくりと赤い幕が上がっていく。


  演目が始まる--暗い劇場で、舞台の上が一層明るく照らされた。


  壇上には四人の演者。

  三人は影のように真っ黒な人影で、中心に取り囲んだ少女を嘲笑うかのように見下ろしていた。

  三人の子供たちに取り囲まれた少女は、黒い髪を伸ばした眼鏡をかけたまだ小学生くらいの少女だった。


  『ハルカァ、お友達、死んじゃったねぇ?』


  演者の一人である影がそう言って足元の人形を踏みにじる。

  かなり年季の入ったボロボロの女の子を模した人形だ。それが少女の影の、小さな足で踏みつけられて、解れた縫い目から綿が飛び出した。


  『ほら。見なよ?』


  もう一人の影がそんな人形を持ち上げて、ハサミで首をちょんぎった。

  首と胴の別れた人形を、真ん中の泣きじゃくる少女--ハルカに放る。


  知っている。というか、今思い出した。あれは彼女が物心つく前から持っていた、大切な人形…


  『ほらほら、泣いてないでさ?お葬式しなきゃ。』

  『きゃははははっ!』


  ハルカを取り囲む少女達が、次々に彼女の身体を蹴飛ばし、殴り、踏みつける。

  ボロボロになったハルカを見下ろして、影は笑うのだ。


  『お揃いね?』


  「…なかなか面白そうな演目ですね。」


  壇上の演技を見てフウカがそんな感想を零す。皮肉なのか正直な感想なのかよく分からない。


  「…ホントに?」

  「この後の展開が容易に想像できますので…」

  「それって面白い?」


  二人の無駄口の間に、壇上では三人のいじめっ子が舞台から姿を消して、入れ替わりで新しい役者が舞台袖から出てきた。


  ハルカと同じ制服を身にまとった少女。その顔には紙で作った手製のお面。

  黒い髪の毛を短く切った髪型は、どう見ても私だった。まだピアスも髪染めもしてない頃の私。一目で分かったあたり結構似てる。


  『……。』


  お面の私は泣きじゃくるハルカの足下でバラバラにされた人形を拾い上げ、どこかへ持って行ってしまった。

  一度舞台袖に引っ込んで、すぐに出てきた私はその手に不細工に縫い合わされた人形を持っていた。


  『ん。』

  『……ヨミ?』


  ぶっきらぼうに雑な修復を施された人形をハルカに手渡す。目を真っ赤に泣き腫らしたハルカがそれを両手で大事そうに受け取った。

  ハルカの指が私の手に一瞬触れる。その指は、裁縫の時に針でも刺したのか絆創膏が巻かれている。


  二人は手を繋いで舞台袖の方に歩いていく。私の手がハルカを慰めるみたいに背中をさすっていた。

  二人が舞台から消えて赤い幕が降りる。


  「…いい子ですね。」

  「……。」


  こちらに笑いかけるフウカに私は目を合わせられない。最悪の演目だ。


  これは私の記憶。私とハルカの馴れ初め…私がとうに忘れてしまったはずの思い出…

  まさかそれをこんな形で思い出させられるとは思わなかった。


  すぐに幕が上がり劇が再開された。


  --初等部の頃ハルカはいじめられっ子だった。

  もう、いじめてた子達が誰だったのか、まだ居るのかも覚えてない。

  私はそんな無邪気な悪意にさらされ毎日のように泣いていた彼女が不憫で、安っぽい正義感からか毎日寄り添っていた気がする。

 

  ほのかに蘇る記憶に沿うように演目は私とハルカの二人の主人公の物語を紡いでいた。

 

  「…ヨミには、沢山お友達ができたみたいですね。」


  そんなつまらない劇を、楽しそうに目を細めてながめるフウカが、隣の私に話しかけてきた。

  その声は優しげで、いっそ不気味なくらい温かな表情で微笑む彼女の横顔に、私は喉奥が締め付けられるような感覚を覚えた。


  この人がこんな顔で笑うだろうか?…だとしたら、これは私があの人に望んだ顔なんだ。


  私は、もっとこの人に楽しげに生きて欲しかったのかもしれない…


  「…みんな、あなたのために危険を冒して、こんな所まで来たんですねぇ…」


  この劇場の、外のことを言っているのだろうか。なぜか感慨深いため息と共にフウカは呟いていた。

  あの時と同じように、隣の私にではなく、誰にでもないように……


  演目は次なる場面に移り変わり、相変わらず泣いているハルカに私が近づいた。

  舞台のセットから中庭であろう場所で、安っぽく揺れる赤いテープが炎を演出している。その下にはあの人形…


  ハルカの大切な人形が燃やされた日--度を越した嫌がらせに私はとうとうマザーの所へ駆け込んでいた。

  泣きじゃくるハルカを引っ張って、マザーの執務室に飛び込んだ私は、興奮した調子でいじめのことを訴えた。

  それに対するマザーの対応が、実に適当でいっそいじめっ子側を庇っているような様子だったのを思い出す。


  私のマザーに対する不信感と根拠の無い反骨心は、多分この時から芽生えたんだと思う。

  そして幼心に強く自らに戒めた。

  ここにお母さんなんて居ないって…自分たちは自分たちで守るしかない…


  私には数で勝るいじめっ子からハルカを守る手段が私には思いつかなかった。


  終わらないハルカへの嫌がらせから身体を張って守っても、翌日に二人仲良く仕返しされるだけだった。

  げらげら笑う子供たちに、私たちは端から舐められてるんだって思った。


  暴力に訴えたのはその時が初めてだった。結果的にはボコボコにされたけど、それでも退かずに殴りあった。


  マザーに無理矢理引き離される私といじめっ子を、観客席からぼうっと眺める。傍観者として見ると、なんとも滑稽で無様な姿だ。威勢だけの、ただの餓鬼……


  反撃したいじめっ子はその日から大人しくなったけど、ハルカの敵は彼女らだけではなかった。


  もっと強くならないとと思った。


  痛みを堪えて耳に安全ピンで穴を空けた。髪の毛も染めた。

  周りを突っぱねるみたいに、見た目も態度も変えた。ハルカや私に絡んでくる奴には、睨みをきかせて噛み付いた。

 

  次第にハルカへのいじめは無くなった。ハルカは明るく、すぐに友達も増えていったけど、私はどんどん避けられた。


  ……そんな理由からだっけ…


  無意識にピアスに指で触れて遠い過去に思いを馳せる。

  すっかり忘れていたハルカとの思い出。

  今ではただかっこいいなんて思って髪の毛を染めて、イカしたピアスを見つけたら嬉々として身につけていた。

  マザーや周りの反感なんて無視して、これが私だって、くだらない反骨精神を誇らしくすら思ってた。


  忘れていたことすら恥じた。ハルカは私との馴れ初めを、ぼかして語ってくれていたけど、ハルカは本当のことは隠してた。

  最初の友達に、気を遣わせてしまっていた。

  ハルカが私に構ってくれるのは、何か負い目みたいなものを感じているからなのだろうか…?


  「いやぁ…いい話でしたねぇ。」


  と、私の隣からパチパチパチと安っぽい拍手が飛んできた。本心からなのかよく分からない当たり障りない感想に、私はなんて返せばいいのか分からない。

  そりゃそうだ。これは私の物語だし、別にハッピーエンドでもないんだから。


  「……どこらへんが、いい話でした?」


  好奇心半分、嫌がらせ半分で私はフウカに問いかけていた。このフウカが私の創り出した幻影なら、この質問にも意味なんてないけれど…


  「あなたが、ハルカを大事に思っているところ。」

 

  間髪入れずに返してきたその答えに私はまたしてもなんて反応したらいいのか分からず固まってしまう。


  「いいんじゃないですか?負い目でもなんでも…今、あなたがハルカを大切に思い、ハルカもあなたを大切に思ってるなら…」


  フウカの口から、私の心の中を見透かすみたいな台詞が飛び出して、私の心臓がキュッと締まる。

  いや当然か。このフウカは私の--


  「私はあなたじゃないですよ?あなたの中に居る私…あなたの思う、フウカです。」

  「……っ、…なら、私の中であなたはすごく意地悪だ。」

 

  返す私にフウカは満面の笑みを返す。


  「ハルカは、私のことを大事に思ってますかね……?」

  「じゃなきゃ来ないんじゃないですか?あなたの夢の中にまで…あなたはシラユキが大事だから、彼女の中に潜ったんでしょう?」


  フウカは私を諭すみたいに、ゆっくりとした口調でそう言った。

  抵抗も虚しく私の中にじわじわ染みてくる言葉の重みに私は引っ張られるみたいに座席の中で身体を前に倒す。


  もっと、気軽な関係だと考えていた。ハルカも、みんなも--そんな、自分を懸けてまで想われるものだと考えていなかった。


  「……始めたのはあなたですよ?ヨミ。みんな、そんなあなたが大好きだから、答えてくれたんです。」

  「……それ、自分で思ってるって考えたら愧死(きし)しそうなんでやめてください。」

  「いいえ。ヨミ。これはあなたの思うフウカが言いそうなことなので、あなたの言葉ではないのです。」

  「もうよく分かんない…」


  これが私の考えるあの人なら私の中ですごく意地悪な人という印象なんだ。


  「なので、ヨミもハルカに応えてみては?」

  「……応える?」

  「…思えば、私は自分の言いたいことばかりで、あなたからの言葉をひとつも貰っていない気がします。」


  フウカが私の目を見ずに言った。私の言葉を待つみたいに、演目が終わり幕の降りた舞台を眺めて…


  ……。


  --ヨミは、どうしたい?


  辿らなかった過去の、かけられた言葉の…そのやり直しの機会が、私の手に手渡された。

  もう現実では戻らない、取り返しのつかない過去の、あの時の忘却の悔恨を取り戻す機会が……


  今更だ。本当に今更だ。あの人はもう居ない。でも--


  「……フウカ先輩。ご、……ごめんなさい。」


  今目の前に居るのは、あの人だから…


  「私のせいで…教えてもらったのに……忘れて……ごめんなさい。」


  自然嗚咽が喉を詰まらせ、不細工な声が静寂の劇場に静かに溶けていった。

  なんとも頼りない、掻き消えていくその言葉は--


  私を見つめて、確かに微笑む彼女に、きっと届いたんだ……


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