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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第5章 おはようの朝はまだ遠くに
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第5章 21 初めてのお酒

 

 ※




  「はじめまして…では無いですね。まぁ現実でははじめましてということで…そちらはお友達?」


  突然現れた白髪の美少女--フウカは部屋の主の許しも待たずにズカズカと室内に押し入ってくる。

  それをぽかんとながめる私とヨミの視線に、彼女はようやく自分の無遠慮さに気がついたのか、その足をピタリと止めた。


  「……もしかして、お取り込み中だった?」

  「……知り合い?」


  私がベッドの上のヨミに尋ねている。それに彼女も困惑気味に、曖昧な頷きを返した。


  「…昨日の、『サイコダイブ』の…?」

  「覚えててくれましたか。良かった。」


  ヨミの確信のない言葉にフウカ先輩は花のように笑った。嬉しそう。


  ヨミの中にあるのは混乱。

  夢の中で出会った見ず知らずの誰かが、現実にも存在してこうして対面している--

  『サイコダイブ』についての知識はもちろんマザーから教わっているが、初めて実感として体験するとなんとも不可思議なものに感じた。

 

  「わぁ…」


  と、混乱するヨミの胸中を置き去りに、目を輝かせたフウカ先輩がヨミの方に詰める。きらきら輝く瞳を向けて、彼女の赤いひと房の髪を指で摘む。


  「夢の中だとたま〜に、自分の容姿を変えてる人がいるけど…これは本物ですね。あ、ピアスも、すごい……」


  髪をかきあげ耳のピアス穴をまじまじと見つめるフウカ先輩。


  「……あの、ヨミは今体調が…」

  「おっと失礼。」


  何だこの人と思いながらやんわりとフウカ先輩をヨミから引き離す私。フウカ先輩は突然の無礼を詫びてから、ベッドの前の床にちょこんと座った。

 

  こいつ居座る気か?というヨミの嫌そうな感情が表情だけで伝わってくる。


  「マザーから聞きました。あなたの容態が芳しくないと…それで心配でこうして様子を見に来たんですよ。」


  フウカ先輩はそう言って、自分を見つめるヨミと私を交互に見つめ返して、はたとなにかに気づいたように目を丸くした。


  「ああ、私フウカ。あなた達は?」

  「…ハルカ、こっちはヨミです。」

  「ハルカと…ヨミね。あなた達は同い歳?てことは両方中等部の二年?」

  「はぁ…」

  「私三年。先輩です。」

  「……はぁ。」


  よく分からないところでふんっと胸を張ってくる。先輩アピールに私は困惑している。そこで、今まで沈黙を守ってきたヨミがおもむろに口を開いた。


  「……『サイコダイブ』では、助かりました…感謝してます。」


  その胸の内にあるのは「早く帰ってくれないかな…」という願望のみ。この時点でヨミに、彼女に対して尊敬や敬愛の念はないようだ。

  もっともそんなものが今後芽生えるのかも知らないけど…

  とりあえず今の心境は、フウカ先輩への感謝二割、早く寝たい八割だ。

  まぁ、確かに私も彼女も安静を命じられた相手の部屋でぺちゃくちゃと長話しとはデリカシーがなかった。


  「そうそう、そういうの待ってました。」


  と、ヨミからの社交辞令のような感謝にフウカ先輩は人懐っこく笑った。


  ……なんだろうこの人、雰囲気は違うけど、クロエ先輩に似てる。


  「おやおや、夢の中でも大概でしたけど、ホントに具合が悪そうですね?」


  と、立ち上がってヨミに歩み寄ってくるフウカ先輩がそう言った。


  「精神汚染デビューですね。気持ち悪いでしょう?他人の…それも決して相容れない誰かの感情の流入は…こういう時は早く記憶をリセットするに限りますよ?」


  フウカ先輩の言う通り、私--ヨミの中では先程よりは大分収まったとはいえ、いまだに気を抜くとわけのわからない映像と感情の奔流がフラッシュバックする。

  見まい見まいと他のことを必死で考える。それも辛いのでいっそ寝てしまいたい。


  「……精神汚染。」

  「大丈夫です。ハルカ。」


  初対面で「ハルカ」などと馴れ馴れしくも呼び捨てにして身体に触れてくる先輩。いや先輩だから呼び捨てでもいいけど、その割に口調が丁寧でなんだかちぐはぐだ。


  「ヨミは今他の人の記憶と感情に戸惑ってるだけです。いわば心労--心の疲労です。」

  「……はぁ。」

  「嫌なことは忘れるに限ります。」


  ヨミと私から離れるフウカ先輩がにこにこしながら私たちを見ながら扉の方へ後ずさっていく。


  「少々お待ちを。」


  冗談めかして告げるフウカ先輩がゆっくりゆっくり芝居かかった動きで部屋を後にした。


  「……なに、あの人?」

  「知らない。寝かせて。」

  「…そうね、すっかり長居したわ。ごめん。」


  私がそう言うとヨミは布団の中で首を横に振って応えた。

  ヨミの身体に掛け布団を被せてやって、私は足音を殺しながら扉の方へ向かった。


  「ゆっくり休みなさい。おやすみ。」


  私が音を立てないように扉を閉めるのを聴きながら、ヨミは少しずつ、疲労の眠りへ落ちていく--




 ※




  「どーん。」


  ヨミがその瞼を閉じるに応じて、連動する私の視界も徐々に暗転し--

  次の瞬間には、再びフウカ先輩が私、もといヨミの前にいた。

  対峙するはベッドに腰掛けた私--いやヨミ。


  場面が飛んでいる。

  まあ当然か。あくまでヨミの夢。ヨミの記憶。彼女の覚えていないこと、意識のない間に関しては追体験は出来ない。


  いきなり転換する場面。その絵面に私は少なからず困惑する。


  対面するヨミとフウカ先輩。そしてその間には大きな酒瓶。


  瓶の中で室内灯に照らされ輝く琥珀色の液体--ウイスキーだ。


  「……?」

  「酒です。」


  見ればわかる。何がしたい?というか、なんでこんなものが?


  「嫌なことがあったら、飲んで忘れる。大人はみんなそうしているそうですよ?」


  自前のグラスにウイスキーを注ぎ、それをヨミに渡してくる。原液だ。


  「……私たち未成年ですけど?」

  「身体は半分大人です。それに、二十歳未満の飲酒を禁止する科学的根拠はないそうです。」


  初めて出会う、悪い先輩…


  グラスを手にすることを躊躇うヨミの手が膝の上でうずうずする。

 

  正直、興味津々だ。

  匂いはアルコールランプのそれで、お世辞にも美味しそうじゃないけど、琥珀色に輝く見た目は甘くて美味しそうに見える。

  味うんぬより大人の飲み物に対する憧れと興味。それがヨミの中で膨らんでいく。


  正直その時点で、目の前のお酒に完全に持っていかれて精神汚染など忘れてしまっている。お酒にかき消された誰かの記憶…


  しかし、ここまで来て飲まずに見て満足…なんてのはなしだろう。


  …的な心模様がヨミから私に流れてくる。


  だが、私には分かる。これ、多分そのまま飲むやつじゃない。

  持ってきたフウカ先輩自身、そのまま出してる時点で飲み方知らないんだ。多分。


  「ささ、ぐいっと。」

  「……。」

  「お酒は心の薬ですよ?」


  ここまで促されてもうヨミに躊躇いはなかった。

 

  ぐいっと、フウカ先輩が見守る前でグラスを呷るヨミ。それに合わせて、自分のグラスの中身も一気に飲み干すフウカ先輩。


  よほど記憶に強く残っているんだろう。詳細な味や、身体の火照りまで私に伝わってきた。

  そして悶絶。


  「「辛っ!?」」


  匂い通り見た目を裏切る辛さ。

  本当にアルコールランプの中身をそのまま飲んだみたい。

  少なくとも、当時の二人のお子様舌には、とても飲み物には感じない。


  「うぅ…なにこれ?毒だ…」


  たった一杯で真っ赤になったヨミがふらふらと床に倒れ込む。その目の前でフウカ先輩がケラケラ笑っている。


  「なんじゃこりゃ!あはははははっ!」

  「う?う?ぐわんぐわんする…」


  視界が回る。ふらふらしてバランスが取れない。頭がやけに重く感じる。頭の重さに身体が引っ張られるみたいだ。

  完全に酔った。うん…


  お酒を飲んだというのは、この日の翌日に本人の口から聞いていた。

  しかし、当人の感覚で追体験するというのは、また不思議な感覚。


  「ヨミくん、もっといこうか?」

  「え?え〜?あはは。」

  「あははははははは!!」


  どうやら二人とも笑い上戸だ。私もまた、ふわふわとした感覚に心が軽くなって口元がにやける感覚だ。


  さらにグラスに酒を注ぐフウカ先輩。まだ飲む気だ。


  なんだか愉快で、こんなの初めてで、笑わずにはいられなくて--


  ヨミは実にあっさりと、“堕ちて”いた。

  酒に、奔放な彼女に--


  けらけらと笑う二人に見守る私。

  酔っ払い三人、不良少女の夜が更けていく…


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