【第3話】昔の悪夢
ここは……ラフェド様のお家でしょうか?
だとすれば、夢……ですね。
「なぁ、愛里」
「ラ、フェド……?」
耳まで真っ赤にするラフェド様。それと……もう一人の女性?
あっ……思い出した。私は、この光景を『知っている』
「髪に、埃がついているぞ」
なんで。
「取ってあげるから、じっとして?」
待って。
「目を、瞑って?」
やめて。
“ちゅっ”
やめてってば!
「俺の愛里になってくれないか?」
駄目!
「愛里でいいのなら……喜んでっ!」
「あぁ、でも、愛里は自分の名前呼びをやめてくれないか……?」
聞きたくないの!
「どうして?」
知りたくないから!
「俺が……愛里を世界で一番愛していて、独り占めしたいからだ。愛里が『愛里』って自分のことを言って、惚れられる男もいると思うから」
婚約者は私です!
「ラフェド……?」
偽りの涙を流さないでよ!
「私も、大好きっ!」
ぎゅっと二人で抱き合っている時のラフェド様の顔は、私といる時よりもまるで楽しそうだった。二人を止めたかった。でも、止めて、ラフェド様に嫌われたくなかった……!
言い訳なのはわかっているし、自業自得だ。私がその光景を見たのは……十歳だったっけかな?
私は、それ以来、前世の人格が蘇っちゃったんだっけ。
□□□□□
「……エラ様っ!」
誰かの声?
「ミカエラ様っ!」
リ、リー、リーン……。
「ごめんなさい、寝坊してしまいましたか?」
この世界に時計はないから、時間経過軸がわからない。昼と夜はあるのに。
「いいえ、その……魘されてましたから」
彼が控えめに言うのだから、『アレ』は相当私の心に残っているのでしょうね。
「少し、悪夢を見ていました。ですが、もう大丈夫です!」
「……そうですか」
きっと、大丈夫。少し心残りはあるけれど、多分大丈夫。
「私でよければ、ミーラ様のご相談に乗りますから」
「平気よ! それに、リ、リーンも呼び捨てでどうぞ?」
「ですが、淑女に失礼……っ!」
「いいえ、私が許しているんですし」
遠慮がちにリ、リーンは私の名を呼ぶ。
「ミカエラ……?」
一発で呼び捨てに名前を言われてしまったのは悔しいけれど、彼に呼ばれる名前は何か嬉しかった。何か、とても暖かいものがある気がして。
「で、悪夢……というのは?」
「リー、リーンに話すほどのものではないでしょうし……」
「私は、無理強いはしません。今、ミカエラは辛そうな顔をされていますし」
「……え?」
そんなに顔色が悪いなんてと鏡の前に行こうとすると、リー、リーンに止められた。
「ですが、私はミカエラの味方です」
「リー、リーン……?」
ははっと笑うリーンに私は躊躇う。ミーラ様の従者だからと、そこまでしてくださる理由がわからない。
「今、私の名前を言えないミカエラの、味方です」
リー、リーンは私に優しすぎる。
優しい微笑みが、きっと。私の光は、また奪われる。
私は争っても悪役なのに。
「優し……すぎますよ…?」
涙を流してしまった。もう、最悪だ。
彼は、なんだか可笑しそうに笑っている。なんなんだ、この人は。フラれたばかりの傷薬なのでしょうか?
「では、ミカエラの気が良くなるまで、、お嬢様のお話させていただいてもよろしいですか?」
知りたかったので、私はコクンと頷いた。