図書館 雨雲 コインランドリー
どこかゆっくりできる場所がないかと思っていると、ちょうど図書館の案内があった。「図書館で一休みするか。冷房も効いてるし最高じゃねえか」ということで、図書館に向かうことにした。
図書館は丸っこいレンガ造りの建物で、通りから一本外れた場所にあった。ぼくは図書館の駐輪場に自転車をとめて、館員に気づかれないようにそっとなかに入り、どこか安心して眠れる場所がないかと思って探していると、ひとりの少女がさも当然のように四人がけのテーブルに座って本を読んでいた。小学生(低学年)くらいの少女だった。平日の昼間だというのにその少女は堂々と本を読んでいた。
「ねえ、ちょっといい?」ぼくはその少女にそっと声をかけた。「きみ、こんなところでなにしてるの?」
「見てわからない? 本を読んでいるのよ」少女は本から目も離さずにそう言った。
「いやそうじゃなくてさ、学校はどうしたの? もう学校は始まっているんだろ? 学校は行かなくていいの?」
「あまり聞かないで。いろいろあるのよ」少女は迷惑そうに言った。
「こんなとこにいて図書館の人に何か言われたりしないの?」
「職員の人には事情を説明してあるから大丈夫なの」
そのときぼくはあることをひらめいた。「ねえ、きみは何時までここにいるつもり? お願いがあるんだけど、図書館にいるあいだだけでぼくら兄妹ってことにしてくれない? しばらくここでゆっくりしたいんだ。迷惑かけないからさ、いいよね?」
「わかったわ。いいわよ、別に」と少女はどうでもよさそうに言った。それからふと少女は本から顔を上げてぼくを見た。「でも明日は学校に行った方がいいわよ」なかなかしっかりした少女だった。
ぼくは少女のななめ向かいの席に座って机に突っ伏して眠った。図書館は涼しくて静かで、椅子はとても柔らくて気持ちよかった。
3時半ごろに少女はぼくを起こした。「お母さん来たからわたしもう行くわよ」そう言って少女は去っていった。
ぼくは少女がいなくなったあと、しばらく椅子に座っていた。なんだか足の筋肉痛がさらにひどくなっているようだった。それにまったく寝足りなかった。図書館を出て旅を再開しようかとも思ったけれど、やっぱりもう一度眠ることにしたーーそしてあっという間に5時になって館内に閉館を告げるアナウンスが流れた。疲れも眠気もまったくとれていなかった。寝れば寝るほど筋肉痛がひどくなっていく気がした。
ぼくは図書館を出て入り口の前で立ち止まって空を見上げた。空はいつの間にか薄い灰色の雲に覆われていた。でも空気は乾いていて雨が降る気配はなかった。まったく中途半端な空だな、とぼくは思った。降るなら降れよ。
そのときだったーーまるでブレーカーが落ちたかのようだった。ぼくは突然何も考えることができなくなって、急に目から涙があふれだして止まらなくなった。まったく意味がわからなかった。図書館から出ていく人たちはびっくりしながらぼくを見ていた。ぼくは恥ずかしかった。でもぼくはその場から動けなかった。まるで自分の身体じゃないようだった。もうひとりのぼくがぼくからすこし離れた場所に立っていて、「おい、やめろよ恥ずかしい。泣くんならもっと隅っこで泣けよ」と言っていた。でも身体はちっとも言うことを聞いてくれなかった。「なあ、どうしたんだ?」心が心配そうに言った。でもぼくは動けなかった。ぼくはひたすらその場所で泣き続けていた。そのあいだ、もうひとりのぼくは恥ずかしい思いをしながらぼくのそばに立っていて、ああ雨が降ればいいのにな、なんてことを考えていた。
「なあ、今日はこのへんで休もうぜ」と心が言った。「ほら、いまんとこ順調すぎるくらい順調なんだし、今日はゆっくり休もうぜ。そんで明日復活だ。ちょっと頑張りすぎたんだよ。今日はもうおしまいだ」
すると急に涙も止まって体も動くようになった。「なんとも素晴らしい体だな」と心は言った。まったくだ、とぼくも思った。
まあそんなわけで今日の旅はこれで終わりということになって、寝床を探すために自転車を図書館の駐輪場に置いて町をぶらつくことにした。
寝床はすぐに見つかった。24時間営業のコインランドリー。洗濯機と乾燥機が二十台ずつほどある大きなコインランドリーだった。入口側の壁は一面ガラス張りになっていて、そこから太陽の光がさしこんでいた。そしてその日の当たる窓際に気持ちよさそうなソファが置いてあった。ぼくはソファに飛びこんでそこでひと眠りした。
目が覚めたとき、外は夕暮れになっていた。室内は太陽で赤く染まり、ガラス張りの壁の向こうを見ると驚くほど大きな夕陽があった。真っ赤な夕陽はゆらゆらと揺れながらいまにも夕暮れの町に沈もうとしていた。それはため息が出るほど美しい光景でーーため息といっしょにお腹が鳴って、なんだかもうむなしくなって笑ってしまった。まったく、眠っていただけなのにお腹はちゃんと減るんだな。
「なあ心、腹へったよ」
「んだな、なんか食いに行こうぜ」と心は言った。「でも、どうすんだ? 今度こそあの包帯使うのか?」
「いや、何もしないよ。ただ正直に言うんだ。ご飯くださいって」
「なんだそれ」心は笑った。同感だ、とぼくは思った。なんだそれ。ははっ。(でもそれだけ言うとぼくは急に気が楽になった。そうだ正直に言えばいいのだ。難しいことなんかしなくてもいい。ただ自分の気持ちと正直に向き合えばそれでいいんだ。)
「じゃあいくか」「んだな」
そしてぼくらはリュックをかつぎ、名もなき夕暮れの町をぶらついた。