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オン・ザ・ロード  作者: seto yuzuki
1/8

朝 貨物列車 終わりなき旅

 家出をして4日目、貨物列車の走る音で目が覚めた。地震が来たーーそう思って飛び起きた。でもそれは地震ではなく貨物列車の音だった。貨物列車は大地を揺らし大きな音を立てながら目の前を通り過ぎて行った。そしてあの野郎はぼくの眠気はすっかり吹っ飛ばしていったーーせっかく無理につけたというのに。まだ夜も明けていないのにこんなうるさい音を立てて近所迷惑じゃないのか? こんな朝早くに走るなと誰かクレームをつけないのか? そう思ったけれど、そもそもあたりには家がなかった。ここは無人の小さな駅であたりにはなにもなく、朽ちて使われなくなった線路、ぼうぼうに伸びた草、そして一面に広がる畑が見えるだけだった。


 ぼくはベンチに座ってそんな退屈な風景をぼんやりと見ていた。身体中の筋肉痛がひどかった。自分はどうしてこんなところにいるんだろう、と疑問に思った。それから次々と疑問が浮かんだ。

ーーどうして旅なんかしているのだろう? 

ーーどうして金沢から仙台まで行こうと思い立ったのだろう? 

ーーどうして電車ではなく自転車(しかも通学用のママチャリ)で行こうと思い立ったのだろう?

 多分あまりにも寂しい風景の中で目が覚めたせいだった。少しネガティブな気持ちになっていた。

 それにしても4日前の家を出た日のことがはるか遠い過去のように感じた。ここのところ寝床は地面かベンチの上で、身体はまったく休まらない。眩しくて夜明けととも目が覚めてしまう。ーーああ、ベッドの上で気がすむまで眠れたらどれだけ幸せだろう!

 でもどれだけ後悔したところでもう手遅れだった。ぼくらはもう新潟県まで来ていたので金沢まで戻るのも難しかった。もう走り続けるしか選択肢がなかった。走り続けて仙台にいる親友に会いに行くーーそれしか道はない。しかし、約束もせず会いに行こうとしているけれど、彼は本当に喜んでくれるのだろうか? 3年ぶりの感動の再会、驚き喜ぶ表情ーー家を出たときには鮮明に頭に浮かんだシーンが、今では上手く思い描けなかった。

 ーーいや、いいんだ、とぼくは思った。ぼくは自分のために走っているんだ。そもそももう帰る家なんてない。あんな家には二度と帰らないと誓って家を飛び出したのだ、あそこはもうぼくの家ではない。そうだ、ジャック・ケルアックの言う通り、『橋は落ちた。もうどうなろうと知ったことか』だ。

 最後まで走り続けよう、仙台まで旅を続けるんだー。『今年こそ必ず会おうぜ』ーーリュックから取り出した親友からもらった年賀状を見ながら、あらためてそう誓った。



 ベンチから立ち上がり線路の前で大きく伸びをしたとき、空はちょうど夜が明けようとしていた。

 それは神秘的な風景だった。空一面がまるで森の湖のような深いブルーに染まっていて、でも向こうの山のあたりにうっすらと夜明けの土色が広がっていた。少しずつ朝がにじんでいく様子がとても美しかった。星はもうほとんど見えなくなっていたけれど、一つだけ低い位置に光り輝く星があった。ぼくはその星を目で追い続けていたけれど、やがて空に消えて見えなくなった。

 太陽はまだ低かったけれど夏の朝は早かった。太陽が昇る前に走りだそうと思い、ぼくは心を起こした。

「おい、そろそろ行くぞ」

「なあ、電車乗ろうぜ」 心はまだベンチに寝そべっていた。そして退屈そうな顔をしてこっちを見ていた。「ここで待ってりゃ電車が来るだろ。もういいよ自転車。飽きた」

「自転車はどうするんだ? ていうかお金がないんだよ。おれたちはあと980円しか持ってないんだぞ。どうやって電車に乗るっていうんだよ?」 

「決まってんだろ、そっと乗ればいい」

「そっと乗るって無賃乗車するってことか?」

「違うよ、そんなことするわけないだろ。つまりさ、つま先で立ってできるだけ体重を電車に乗せないようにするんだよ。そうすれば電車に乗ってないことになるだろ? だから金を払わなくても済むんだよ。な、いい考えだろ?」

 ぼくはくだらない会話に優しく付き合うほど元気じゃなかった。「おい、早くしろよ置いてくぞ」

 ぼくはホームを降りて自転車のもとに向かった。足の筋肉痛はまったく取れていなかったし、お尻の痛みは相変わらず酷かった。サドルに乗るにも一苦労だった。それでもぼくは我慢して自転車に乗った。


 早朝の国道を走るのはなかなか悪くなかった。空気はひんやりとしていて気持ちよかったし、雲は朝日に照らされて綺麗だった。でも悪くないのはそれくらいであとは全部悪かった。すぐに太陽が現れて相変わらず地獄のような暑さになり、新潟の国道は恐ろしく退屈だった。まるでこれも何かの地獄の罰なのか思うくらい進んでも進んでも風景が変わらなかった。

(田舎の風景はどこも同じだ。平屋があり、田んぼがある。ガードレールに一羽のカラスが止まっていて、田んぼにはトンボが飛んでいる。そして平屋の軒先には束になった玉ねぎがーーまるで大魔王に献上する今月分の少年の金玉のようにーーところ狭しとぶらさがっている。どこも同じ風景だ。途中で庭に水をまいているおばあちゃんに声をかけて水をかけてもらった。トマトをひとつもらってかじるととても甘くてみずみずしかった。とにかく平和だった。退屈こそ平和のしるしだ。)


 そんなふうにして、ぼくらは定規で引いたような途方もない一直線の道のりを(ミスターチルドレンの同じ曲を何度も繰り返し聴きながら)息を切らして駆け抜けた道を振り返ることもせず、かんなのように命を削っては情熱をともし続けながら、終わりなき旅を続けた。

 2時間ほど走り続け、新潟県新潟市に突入した。

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