板野 06
「――うん」
スタンガンを鞄から取りだして、しっかり両手で握り締めた。
先のピカチュウじゃないけど、わたしの〝わざ〟は一〇まんボルト。
「板野さん?」
白石くんが不安げな声を発したが気にしない。白石くんは動かない。積極的に動くことはない。わたしの手からスタンガンを奪うことは絶対にないだろう。争いごとが嫌いだから、なにもせず、わたしの言葉に従うはずだ。
姿勢を正し、椅子に座り直して深呼吸。
よし。
わたしは、できる子。
「前を走っている車に気づかれないように、少しずつ減速して」
ちょっとだけ強い口調で、丹田さんへ向けて命じた。
「どうかしたのかい?」と丹田さん。
わたしの目論みに気づいている様子はない。
「いわれたとおりにしてくれる? 気づかれないように少しずつ減速。どこかで左折して、山の方向を目指して」
「山? 山って高良山のことか? 悪いけど勝手に道をそれるのは――」話している途中で、丹田さんは口を横に結んだ。
気がついたようだ。
わたしが手にしているスタンガンに。
「板野さん、あの、それって――」
白石くんと日並沢さんとが、スタンガンを見て顔を引き攣らせている。こうなるとあとは簡単だ。わたしは説明と要求を述べるだけでいい。
「お願いだから、いうとおりにして。できることなら誰も傷つけたくないの。だから素直に、わたしの指示に従って」
「そ、それ、スタンガン……ですよね。あ、あの」
シートベルトを外そうとしている日並沢さんへ向けて、スタンガンを突きだす。日並沢さんは、うわあぁああぁと悲鳴に近い声をあげて身体を仰け反らせた。
「動かないでッ! 少しでも変な真似をしたら放電するからね。使いかたはわかってるんだから。ちょっと、白石くん、もう少し離れなさいよ」
「あ、は、はい。はい」
「なぁ、待て。落ち着け。なんのつもりだ。そんなものでおれたちを脅して、どうするつもりだ」
流石にハンドルを握っている者には放電しないだろうと思ってか、丹田さんは冷静な態度で文句をいってきた。
ドライバーに向けて使うつもりはないけど、日並沢さんや白石くんを思いやる心をもっているのなら、わたしの言葉に従うはずだ。
「フォレストホテルって場所わかる? ゴルフ場や商業施設なんかと一緒になった大きいホテルらしいんだけど」
「フォレスト?」
「場所はわかる? わからないの?」再度スタンガンを突きだす。
「あ、あの、調べます、カーナビで」丹田さんと違ってスタンガンの脅威に晒されている日並沢さんは従順だ。年下であるわたしに対して敬語を使い、早速カーナビを操作してくれる。
「お、おい、日並沢」
「前を。前をちゃんと見ててくださいよ、丹田さんッ」
おかしな真似をしないだろうか、と注意深く動作を観察したけど、日並沢さんは素早くフォレストホテルの場所を検索して画面に表示させた。
福岡と熊本の境目辺りに、フォレストホテルの文字が記されている。
「うん、その場所。前の車に気づかれないように減速して、どこからか左折して、フォレストホテルを目指すの」
ミラー越しに丹田さんと視線が重なる。
嫌な目つきだった。
なめられるわけにはいかない。
スイッチ、スイッチ――あれ? スイッチどれだっけ。
火花が散り、車内の空気が震えた。
「わかったッ、わかったよ! 頼むからおれにあてるなよッ!」
効果抜群。すぐさま車のスピードが落ちた。
「お願い」
ここまでは予定どおり。
横目で白石くんを見ると、ドアにくっつき、顔を顰めて口を尖らせていた。




