柏樹 10
「悪いが、あんたの妄想に、つきあうつもりはねぇよ」
「あ、荒木――」白石が諌めようと振り返る。
しかし荒木は口を閉じなかった。
「馬鹿らしい。この世界はあんたを中心に回っているみたいだな。あんたの頭の中で、おれらは物語の端役に過ぎないってわけだ」
「物語がシリーズものの探偵小説であるならばね」
「否定しないんだ? ははは。面白いな、あんた。で、おれらに協力しようとしている理由はなんだよ。車に乗せて市民団体の本部に連れて行こうとしている理由は?」
「確立したパターンの中に、既に陥っているとするなら、僕らはこの先、想像を絶する事件に巻きこまれてもおかしくはない。しかし、物語世界の登場人物とは違って、僕らは作中の彼らにはもち得ない、とっておきをつかんでいる」
「とっておき?」
「あぁ、そうだ。これから事件に巻きこまれるとしても、そのことを〝既に知っている〟というのは、とてつもない強みであると思わないか?」
「……?」瞬きを繰り返しながら口角をさげ、荒木は押し黙った。
両者の会話を不安げな表情で見つめていた白石も、ぽかんと口を開けて呆気にとられた顔をしている。
「つまり――」フォローを入れるように、柏樹は言葉を継いだ。「これまでは、起きてしまった事件にしか関わることができなかったが、事件が起こることが既にわかっているのだから、ある程度、事前に予測し、対処することも可能なはずだ。僕と出会ってしまったきみたちは、この先、なにかしらの事件に巻きこまれる。起こる事件がなんであるかを探って、いち早く重要な〝キー〟となるものを見つけだして排除せねば、先にあるのは悲劇だ。それは勘弁願いたいだろう? 〝キー〟を探ることによって、僕らは事件を未然に防ぐとこができるかもしれない。それに……これが上手くいけば、僕は探偵小説の中では、そうそう登場しない〝事件を起こさせない名探偵〟として名を成すことができるだろうしね」
「な……」訝しげに話を聞いていた荒木だったが、「名を成すってなァ……」毒気を抜かれたように肩を落とし、解れたものへと表情を変化させた。
「そ、そうですよッ」呆けていた白石の瞳にも光が戻り、開いた口から発せられる言葉にも力強さが感じられる。「名探偵として名を成すだなんて。でも、あの、事件が起こらないようにしようっていう、その気持ちっていうか、こころざしっていうか、それは凄く嬉しくはありますけど、あの。柏樹さんの話って、支離滅裂であるように思えるんだけど、いや、あの、すみません。奇妙に思える話の中にも柏樹さん的な独自のルールがあるんだろうし、そのルールに沿ってぼくらに声をかけて、手を差し伸べてくれたってことは、単純に、あり難いっていうか、嬉しいっていうか――えぇっと」
「もういいよ、白石」吐き捨てるようにいって、荒木はシートに身体を埋めた。「どっちみち、おれらはもう車に乗って市民団体の本部とやらに向かっているんだからな」
コツリ、と下方で小さな音が鳴った。目を向けてたしかめずとも、荒木が手にもった棒状のスタンガンが車内のどこかに当たって鳴った音であることを、柏樹は理解していた。
「少々大仰な、メタっぽい話になってしまったが——要するに僕の企みは、待ち構えている運命をいち早く見つけだし、望まざる結末を防ぐことだ」柏樹はバックミラーへ視線を移動させながら呟く。
荒木は下唇を噛んで窓の外を眺めており、板野は窓の縁に頭を載せて、寝息をたてていた。




