柏樹 01
自衛軍西部方面隊第八師団の皆藤が運転する73式中型トラックに同乗していた広域捜査庁捜査官・二宮駿は、瀬高駅に近い二〇九号線の路上にて、二台並んで駐車している不審車両を発見した。
脇につるした銃に手を添える。
路駐しているのは、黒のSUVと、くすんだ色のワゴン車で、ワゴン車はやや斜めになってとまっていた。
「車の横に男性が立っていますね。感染者――いや、不法入国者でしょうか」
アクセルを緩めた皆藤が問い、問いながら身体を拘束しているシートベルトを外す。
速度を落としたトラックは続けざまに二度、道路の窪みで大きくバウンドした。
「距離をおいて停車してください。確認します」不審車両と男性を睨みつけるように直視したまま、二宮もシートベルトを外して、緊張をはらんだ声で呟く。
トラックは不審車両の五〇メートルほど手前で停車した。
いたるところから雑草が顔を覗かせている荒んだ片側二車線の道の上に、アイドリングの音が緊張感を伴い響き渡る。
「待ってください、捜査官。正規上陸者のようです。左腕を見てください」
皆藤の言葉を受けて、二宮はドアに触れていた手を離し、黒のSUVの横に立つ男性へ目を凝らした。
男性はグレーのペルテックス製パーカーを身に纏い、左腕に黄色い布を巻いている。
正規の手続きを踏んで九州に上陸した者は、証として身体の目立つ場所に布を巻くことが義務づけられる。布の色は定期的に変更されるので、不法入国者が偽装を働くことは難しい。
「なるほど。黄色ですから、不法入国者ではないようですね」広域捜査官である二宮もまた、腰に黄色い布を括りつけている。「しかし、このような場所に路駐しているのは妙ですよ。なにかトラブルがあったのかもしれません」
そういうなり二宮はトラックのドアを開き、素早く路上に降り立った。
不審車両の横に立つ男性は、手をかざすようにして二宮をじっと見ている。顔や表情までは確認できなかったが、歳は二宮とさほど変わらぬ三〇代半ばのように思えた。
「捜査官。危険です。車内に戻ってください」
皆藤が運転席から呼びかけたが、
「武器はもっていないようですし、心配ないでしょう。話を聞いてきます」思うところあって提案を拒否し、不審車両へ向けてゆっくり歩を進めた。
「捜査官ッ――」
振り返り、二宮は微笑んで返す。
皆藤はドアに手をかけたまま、こわばった表情で頷いて応え、最悪の展開に備えて銃を手にもつ。
植物の臭いを含んだ風に乗って野犬の遠吠えが聞こえてくる。
瀬高駅周辺は福岡・熊本の境目に近く、野犬が多く生息している感染危険区域として、政府がランクBに指定している場所である。
二宮は周囲に気を配りながら、男性との距離を縮めた。相手の姿が大きくなると、頭の隅に押しこめていた忌々しい記憶が呼び起こされて脈が早くなった。
男性の着ているグレーのパーカーと、その着こなしに見覚えがあった。手前にとまっている黒のSUVも同様に見覚えがある。二宮は一旦足をとめて大きく息を吸いこむと、かざしていた手をゆっくりさげる男性の顔を凝視した。
直後、
「そのまま、動かないほうがいいですよ」
流暢かつ特徴的なアクセントで、男性が呼びかけた。
「――?」
「じっとしていたほうがいい」
「じっと? なにをいって――」二宮が問い終える前に、
「ほら」
左の草むらの中から、羽がまだらに抜け落ちた野鳥が勢いよく飛びだしてきた。ガァアあァと耳障りな声をあげた野鳥はアスファルトの上へ腹這いになり、一メートルはあろうかという翼を広げた。しかし羽ばたかせることなく、ゆらゆらとバランスをとるように揺らすだけである。やがて野鳥は細い足でアスファルトを蹴りあげたが、すぐに落下し、見るに堪えない足取りで二宮の前を横切った。鳥類は伝染病に感染しないはずながら、その様は感染しているとしか思えない、特異なものだった。
「危なかったですね、二宮さん」男性が言葉を発すると同時に、風に乗って聞こえていた野犬の遠吠えがやむ。「野犬に襲われたんでしょうね。鳥ですから発症はしていないでしょうが、介達感染の怖れがあります」
風もやみ、擦れあっていた植物の発する音もやんだ。
「やっぱりきみだったか。どうしてこんなところにいるんだ」
道路を横断する野鳥を横目に見ながら、二宮は男性との距離を縮めた。
「勿論、撮影ですよ」
「そうじゃない。こんな場所に車をとめて、なにをやっていたのか訊いてるんだ」
「あぁあ、失礼。敢えていうなら休憩です。アシスタントのひとりが車酔いしてしまいましてね。路肩に車をとめて、休ませていました」
口角をあげ、男性は涼し気な顔で前髪を揺らした。
姿勢がよく、特徴的な発声も含めて舞台俳優のような印象を与える男である。
腰に手を添えて顔を顰めていた二宮は、男性と向きあい、憂愁に満ちた息を長く吐きだした。
「まぁ――いい。しかし、またきみとこうして出会すとはな」




