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白石 01


 いやァぁ、嫌ッ――と、板野(いたの)茉莉絵(まりえ)は髪を振り乱して、玄関へ向けて駆けだした。叫びは遠ざかり、ガチャガチャガチャとドアノブを(いじ)る暴力的な音が聞こえてくる。

 無理もない。

 放っておけないから彼女を追う。目を凝らさなければ輪郭を上手くつかめないリビングから、ひんやりとした廊下へとでて、夕日に染まった玄関へ。

 板野は腰が抜けたように座りこんで、扉のノブをつかんでいた。

 大丈夫? と問いかける。

 長く綺麗な髪がぐしゃぐしゃになるほど頭を振り、板野はううぅと泣きそうな声をもらす。いますぐこの屋敷からでて行きたいのだろう。そりゃそうだ。ぼくだってそう。不気味でカビ臭い屋敷から一秒でも早く逃げだしたい。

「落ち着いて」腰をおろして、目の高さをあわせる。「しばらくここにいるといいよ」

 彼女は首を振ったが、『大丈夫――わたし、リビングに戻る。ひとり離脱するなんて、そんなの狡いから――』といった意思表示でないことはわかっている。

 一切を放棄したい。だけどひとりで外にでたくはない。リビングに戻るのも嫌だ。玄関に残されるのも。口にださずとも心の声は聞こえてくる。

 できれば力になってあげたいけれども、屋敷の探索を中断するわけにはいかないので、一緒に外にでるという選択はなしだ。

 縋るような目で見つめられても無理。

「リビングに戻らなくても構わないから。ここにいて。ここでじっとしていて」安心させようと思って優しく語りかけたけど、声の調子なんてどうでもよかったのか、彼女は嫌だ嫌だと駄々をこねて腕をつかんできた。痛い。怖れの度合いがわかるほど強くつかまれた。だけど文句をいって振りほどくわけにはいかない。再度、なだめるように大丈夫だよと取り繕いの台詞を連呼して、乱れてしまった髪を整えるように、彼女の頭へ手を添えた。長い髪。かたちのいい額の生えぎわが好みだったので、つい触れてしまった。

 あわてて引っこめる——と、

「おい、白石」

 名前を呼ばれたので、振り返った。

 リビングへと通じる扉から、荒木が顔を覗かせていた。

「しっかり縛られているようだから、心配なさそうだ」と荒木。

 つきあいが短いので荒木のことはあまりよく知らないが、ぼくよりも年上で、二〇代の半ばくらい。肩幅が広くて、かなりの長身。体育会系の典型のような外見の男だけど、ぼくと同じ職に就いているからには、文科系寄りのマニア枠に属しているのだろう。

「こっちへきて確認しな。見ればわかる」

 荒木は素っ気なくいって顔をそむけた。

 取り乱した板野のことを迷惑がっているように見て取れる。気持ちはわからなくもないが、板野は女性だし、年齢もまだ一〇代なのだから責めるべきではない。

 ぼくは「動かずここで待っていて」と板野にいい、リビングへ向けて足を動かした。

 うぅうと後方から声が聞こえてくる。

 板野には悪いけど、介抱するよりも先に確かめなければならないことがある。

 リビングで目にした奇妙なもの。〝あれ〟はなんだったのか、〝あれ〟はどのような状態にあるのか。

 この目でしっかり見ることが最優先事項だ。

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