教会
そびえる巨大な教会は、真っ黒だった。窓の縁やドアノブ、装飾の部分だけは金色の金具でできていて、異様にその存在が目立つ。
「……真っ黒な教会って、なんか、スゲーな」
ポロンくんが言う。僕はそれにうなずきながら、キョロキョロと辺りを見渡す。
「……ねぇポロンくん、人が、いなさすぎない?」
「ん? でもさ、おいらたちは一騒動あって起きてるけど、普通は寝てるだろこの時間」
僕は腕時計を見る。今の時間は夜中の1時56分。確かに、寝ていても全然おかしくないのだ。でも、そうじゃない。人の気配がないのだ。それに……。
「テラーさんたち、『儀式』っていってた。メヌマニエ教の儀式なら、もしかしたら教会の中にいるのかも。捧げ物って言ってたし」
「ま! 待てよ! おいら儀式とかよくわかんねーよ!」
「あ、そっか」
僕はあの睡眠学習のお陰なのかせいなのか、メヌマニエについては実はかなり知っていた。まぁ、知識的なことばかりだから、実際に聞いたのと多少ずれがあったり、抜けてたりしたけれど。
例えば、『黒』について。メヌマニエ教では黒と金が神聖な色とされていて、信者は必ず黒か金のものを身に付けている。さっきの男も、黒い服を纏っていた。
通常時の崇め方は、黒いものを身に付け、手を合わせるだけでいいのだが、儀式の時には違う。
「メヌマニエ教の儀式では、フードがついた黒い服を着て、教会に入る。そして、捧げ物をしてから、一人ずつ、自分の血を流して、祭壇に捧げるんだ。
……僕は、捧げ物はくだものとかだと思ってたんだけど。実際、儀式じゃなければそうみたいだし」
「そうか……ん? で、それがなんで人がいないっていう謎に繋がるんだ?」
ポロンくんが首をかしげる。
「……この儀式、夜中にやるんだ。真夜中、つまり、今くらいの時間に」
「そっか。だから人がいないのは怪しいってことか。
……で、仮に教会の中に人がいるとして、おいらたちはどうする? まさかそのまま堂々となんて」
「慌てない慌てない。……服だけでも合わせていこう。目立っちゃうからさ」
普通ならば、フードつきの黒い服なんて簡単に見つかりはしない。でも、ここはメヌマニエ教の街。幸いにも、店には大量にものがおいてあった。ヒンドゥー教の街に、牛がたくさんいるのと同じだ。
僕らは店の中を見渡し、サイズが合いそうな服を見つけ、今着ている服の上から着る。ローブのようなデザインのそれは、上着のように簡単に身につけることができた。金貨を一枚、カウンターの上においた。
黒い服を着込んで、いざ出撃!
僕はそっと、ポロンくんに声をかける。
「僕らの目的は、捕まってる人たちを助けること。メヌマニエはそのあと時間と体力とその他もろもろに余裕があったら倒しにいってみよう」
「そう! ……じゃ、開けるな?」
ポロンくんが一番大きな扉を押す。ギィィィ……と、音がして、扉が開く。思ったよりも中は広く、学校の体育館よりもずっと大きい。
普通の教会――僕が知ってる限りだけど――とは違って、椅子などはなく、窓はあるものの締め切られていた。
みるとそこには、何人もの信者たちが、捧げ物が捧げられ、メヌマニエを見ることが出来るのが楽しみで仕方ない、という表情で佇んでいた。黒い服を着ていたこともあって、僕らが入ってきたことなんかお構いなしだった。
しかし、僕らが先に進み、次の扉に手をかけようとした瞬間、
「お前ら、なにをやっているんだ?」
一人の男の声。しかし、僕らは答えない。儀式には段取りがあるのだ。信者はメヌマニエに捧げ物が無事に渡ってから祭壇にいく。……僕らはその心理を利用する。
「行くぞ、ウタ兄!」
「うん!」
振り向きもせずに目の前のドアを開き、中に走り込んでいった。
「な、なにをやっている! 罰当たりな……今すぐ戻ってくるんだ!」
背後が騒がしい。そして、戻ってこい戻ってこいとは言われるが、決して追いかけては来ない。そりゃそうだ。あの人たちはメヌマニエを本気で信仰している。だったら、こんな罰当たりなこと、恐ろしくてできない。
ドアを抜けた先は、真っ暗で細い廊下になっていた。足元には金色の装飾がされた黒い絨毯。窓はない。壁に備え付けられたランプの灯りがわずかに揺れている。
走ってきたはずなのに、いつの間にか足はゆっくりと動き、無理矢理歩かされているようだった。
「ここまで暗いと、気が滅入りそうだな……。おいら、夜よりも昼の方が好きなんだ」
ポロンくんが歩きながらいう。
「夜はさ……やっぱり、ちょっと怖いんだよな。キルナンスのときのこと、まだ思い出すからな」
「僕も夜はあんまり好きじゃないよ。暗いところは怖いし、一人ぼっちみたいな気持ちになるしね」
ポロンくんが視線を落とす。……忘れきれない思い出っていうのは、忘れたくても忘れられない。明るいところから暗いところを見ると、よりいっそう暗く見えてしまうものだ。
……それが、今の僕。
「……だからさ、手、繋いでいこっか」
「え……」
「ほら」
僕はポロンくんの手をとる。まだ幼さが残る、小さな手だ。
とたんに足が軽くなる。行ける。この先にいる。
「ウタ兄、ちゃんと男なんだな」
「そりゃそうだけど……。どうしたの?」
「普段から優しすぎるくらいに優しくてさ、ほんと、おいらが心配になるくらい……。でも、手は、男だな」
そして、にっこりと微笑んだ。




