決意表明
凍りついたその場の空気――。それを察することが出来ないほど、僕は腐ってはいない。
「…………お前のことだ」
エヴァンさんが口を開く。
「自分の立場を理解し、それに相応しい行動がなんなのか、そして、今口にしたことの非常識も……全て分かっているだろう」
「…………」
「だから、余計なことは言うまい」
当たり前のことながら、みんな一切食事に手をつけず、スラちゃんですら固唾を飲んで、二人のやり取りを見つめていた。
「……なぜ、そう考えた? ウタ君が心配だからか?」
アリアさんは首を横に振る。
「なら、なぜ?」
エヴァンさんが訊ねると、アリアさんはゆっくりとした、しかし迷いない口調で語る。
「……ウタに対して、心配がないとは言いません。でも、今のウタなら、一人でもちゃんとやっていけると、私は思っています。
冒険者になりたいのは、別の理由です」
「……アリアさん」
その言葉に少しの喜びを感じながら、僕は次の言葉を待った。
「――強く、なりたい」
そう、はっきりと聞こえた。
「私は、強くなりたい。今までもそうだった、でも! ……今は、もっと強くなりたい。
ずっと、努力はしてきました。でも、それは努力でしかなくて、結果としては意味がなかった。ドラゴン相手に、少しのダメージも与えられない。情けなくなった」
それはドラくん相手だったからで、アリアさんが弱い訳じゃない。
……そう言いかけた言葉を、すんでのところで飲み込む。人から見た自分と、自分から見た自分は、得てして違うものだ。
「冒険者になって、旅に出れば、経験することは多いはず。そこで、自分自身の力を高めることだってできるはずだ」
それと……と、アリアさんは遠慮がちに言う。
「私は……ディラン・キャンベルを探したい」
「…………ディラン、か」
「ディラン?」
だ、誰だそれは。突然出てきた知らない名前に僕は困惑する。が、そのあとに聞こえた『キャンベル』という言葉には聞き覚えがあった。
エマさんの名字。ということは、ディラン・キャンベルって、もしかして、アリアさんの……?
「なぜかは分からない。でも……今彼を探さなかったら、きっと、あとで後悔する。後悔して、後悔しすぎて、私が私でなくなってしまう。
……それ以前に、あいつが帰ってこなければ、国民は皆、不安に苛まれるだろう。私たちへの信用も失ってしまう。だから、その前に」
「もういい、アリア」
エヴァンさんがアリアさんの前にすっと手を出して、その言葉を制した。
「…………少しだけ、普通の父親として言おう。
お前には、いつも無理をさせてきた。魔物の討伐なんて、本来はお前がやるべきことじゃなかった。俺が、お前を守らなくてはならなかった」
「……父上、」
「でも、立場的にそれは叶わない。おかげで彼女も失った。アリア、お前は……自分の母親の葬式で、涙一つこぼさなかった。悲しみにくれる国民と俺に、いち早く気がついて、明るく振る舞っていた」
……アリアさんなら、しそうなことだ。そう、思ってしまった自分が憎らしい。
「もっと自由になっていいんだと、自分に正直になっていいんだと、何度思ったことか……。
…………だから、お前のその言葉を聞けて、本当に嬉しかったんだ。本当だ。アリアに『欲』があったことに、安心したんだ」
「…………」
「…………立場、常識、心配、不安……その全てを、今だけ、忘れよう。俺の、たった一人の娘のために」
それはつまり……そういう、ことなのか?
「……いいんですか、父上」
「あぁ、行ってこい。
お前からの、叶えることが出来る願いならば、叶えたい」
アリアさんの顔に笑顔が満ちる。僕は僕で嬉しかった。アリアさんと、一緒に旅が出来る! きっと楽しい旅になるに違いない!
「……ただ、一つだけ条件があるんだ」
「……条件、ですか?」
再び表情が堅くなったアリアさんに、エヴァンさんは出来るだけ優しく言う。
「……この選択を、後悔しないようにすること、だ。いいな?」
「…………!」
簡単そうで、難しいことだ。今までの人生で、100%よかったと思えたことがどれだけあっただろうか?
ここをこうすればよかった。
ここはこうしなきゃよかった。
成功のためには、失敗や後悔はつきものである。
それでも――
「――はい、わかりました」
アリアさんは、そう返事をする。
「必ず、強くなって戻って参ります。そして、ディラン・キャンベルを見つけ出し、国民に希望を返すために奮闘しましょう」
「…………さっさと飯を食え。冷めてしまうぞ」
「はっ、はい!」
小さいけれど、大きな決意表明。そしてその条件……。
この条件は、のちに僕らの、アリアさんの首を、痛いほどに絞めることになるのである。
そのことを、このときの僕らは、まだ知らない。




