08 それは、中々難しかったです。
国の中を見て回っていると、魔王が何か思い出したのか声を上げた。
どうしたのかと視線を向けると、目的地が出来たと言われる。
「どこへ行くの?」
「釣り場だ」
「つり……?」
「魚を捕らえる手段だ。釣竿という長い棒に糸をつけて水にたらし、魚が食いついたところで上げる」
「……そんなに、上手くいくものなの?」
「やってみればわかるさ」
魔王に連れられて、賑わう街から少し離れる。
入ってきた時とは違う門を潜って外に出て、舗装された道を歩く。
「この辺りまで、道があるのね」
「この先に釣り場と宿があるからな。この辺りに魔物はあまり出ない故、国外でも夜を越せる」
「国の外に宿があるの?」
「ああ。閉門の時間に間に合わなかった者たちが泊まるのだ。だから、少し高い」
魔物があまり出ないと言っても、盗人は出る。だから、やはり宿に泊まりたいのだと魔王は言った。
私たちがその被害にあわないのは、知らないところで魔王が何かをしているかららしい。
「さて、もうすぐだ。……大丈夫か?」
「ええ」
私がすぐに息切れを起こすから、魔王は移動の時いつもより私を気にかけている。
歩く速度も最初よりかなり遅く、そのおかげでここまで息切れすることはなかった。
魔王が指さす先に目を向ける余裕もある。
そこには、小さな小屋と……
「あれは、海?」
「いや、湖だ」
「みずうみ」
「塩水ではない、終わりのある、流れのない水の溜まり場だな」
まあ所によって塩水だが、と付け足して、魔王は説明を終えた。
つまり、これは海ではないらしい。
「流れがあるのが、海?」
「いや、陸地にあって流れているのは川だ」
「かわ」
「雨水や湧き水は川と言う流れを作り、いずれ海に流れ込む」
「海に?」
「ああ」
「じゃあ、川は塩水なの?」
「いや、川は塩水ではないな」
「……不思議」
「そうだな。いつか、川の始まりも見に行くか」
そんな話をして、気付けば小屋の前まで来ていた。
魔王が中の人と何か話して、少しして長い棒を2本持って戻ってくる。
「これが釣竿だ」
「つりざお」
「ああ。適当な場所に座るか」
魔王はつりざおのほかに、何か壺を持っていた。
それは何かと聞いたら、釣った魚をこの中に入れるのだという。
「近くに魚を焼ける場所もある。昼食はそれにするか」
「そんなに釣れるの?」
「任せておけ」
ニヤリと笑った魔王に、釣りの仕方を教わる。
釣り糸の先には針が付いていて、餌と間違えてこの針をくわえた魚を釣り上げるらしい。
湖の上に作られた木の足場に座り、魔王と並んで釣り糸を垂らす。
最初の投げ込む動作から、魔王が慣れているのが分かった。
なんでも、暇を持て余して海の真ん中でひたすら釣りをした時期があったらしい。
そして海の主と歌われる魔物を釣り上げたのだと楽し気に話していた。
見てみたいと言ったら、魔界へ連れ帰ったからそのうちに、と返される。
なるほど、魔王と旅をしているから、魔界にも行けるらしい。
釣竿を握って、魔王と話していると魔王の釣竿が大きくしなった。
魔王はそれを軽く上げ、その先についていた魚から針を外して壺の中に放り込む。
「もう釣れたの?」
「任せておけと言っただろう?」
得意げに笑って魔王は言った。
その後、魔王の釣竿には魚が食らいつくのに私の釣竿には何も来ない。
どうしてなのか聞いたら、少しだけ釣竿を動かすのだと言われた。
言われて魔王の手を見ていると、なるほど、小さく上下に動かしているらしい。
見よう見まねでやってみて、しばらくすると釣竿が強く引かれた。
「わ、わっ」
「お、引け、引け」
言いながら、魔王は私の腰に手を回してきた。
おそらく、私が力負けして湖に落ちないようにだろう。
魔王に支えられながらどうにか引き上げようとしていると、急に釣竿が軽くなる。
「わあっ」
「はは、逃げられたな」
「難しいのね、釣りって」
何も付いていない釣り糸を眺めて言うと、魔王は笑った。
もう一度糸を垂らして動かしているうちに、魔王はどんどん魚を釣り上げていく。
小さくはない壺に、かなりの魚が放り込まれたころ、私の釣竿がもう一度引かれ始めた。
さっきのものより力は強くなく、魔王の手も回ってこない。
どうにか釣竿を持ち上げると、そこには小さな魚が付いていた。
小さくはあったが、初めて魚を釣り上げたのだという事が嬉しくて、つい大きな声が出てしまった。
「釣れた!」
「ああ、釣れたな」
これなら食べられる大きさだ、と言われ、どうにか針を取って壺に入れる。
その後私がもう1匹を釣り上げた後、そろそろいいだろうと魔王が立ち上がった。
ついて行くと、木を倒して作った椅子と、焚火が作られた場所に出る。
ここで魚を焼くらしい。
魔王は身に着けているカバンから何かを取り出し、それを横に置いて魚を捌き始めた。
腹を裂いて、内臓を取って、それを洗ってから串にさす。
私たちが食べているのは、それまで生きていた物なのだ。
そんなことを聞きながら、自分たちが食べるために魚を捌く。
焼かれた魚は、とても美味しかった。
釣り上げた分は全て食べ、釣竿と壺を返して国の中に戻る。
その道中、感想を聞かれた。
「楽しかったし、美味しかったわ。……また、やることがあったら、その時はもう少し上手くやりたいわね」
何度も魚に逃げられた悔しさを込めて言うと、魔王は笑った。
そして、海には別の魚が居るから、今度はそれを釣りに行こうと言う。
その言葉に頷きながら、門を潜った。
魔王は大体なんでもやったことあります。
寿命長いと暇なんでしょうね。