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07 それは、少しの動揺を与えました。

タイトルを魔王と忌み子の食べ歩き旅にでもした方がいいのではないかとまで思い始めました。

今回も今回とて美味しいものを食べてます。

 昼すぎに昼食を終えてアルフトアを出発し、魔王に抱えられて空を進む。

 とても広いと思っていたアルフトアだが、空から見ると小さく見える。

 そんなものかと聞けばそんなものだと返され、世界は広いがそれなりに狭いとよく分からない事を言われた。


「次はどこへ行くの?」

「隣国だ。ワイクーラ、聞き覚えは?」

「無いわ」

「そうか」


 どんな所?と聞けば、布の生産が有名なところだと返される。

 それから、鍋料理の美味い国だと。


「鍋料理」

「ああ。具材は場合によって異なるが、大きな鍋で大量に作るのだ」

「……見てみたい」

「食べに行くか。屋台で煮込んでいる所もあるはずだ」


 話しているうちに速度が上がり、夕方には目的の国、ワイクーラが見えてきた。

 アルフトアの時と同じように手前で地面に降りて、日が暮れて門が閉まる前に急いで国の中に入る。

 今日はもう遅いから、とすぐに宿を取り、明日の予定を立てながらベッドに潜り込む。


 予定と言っても、何を食べるか、何を見るかといった事だけだ。時間は決めずに、見たいものを聞かれる。

 聞かれても分からないので魔王に任せるしかないが、何があるのか聞いているのは楽しかった。

 話しているうちに眠気に襲われ、気付けば意識は闇に落ちていた。


 目が覚めると魔王は窓の縁に座っていた。

 この宿もやはりベッドの寝心地はよく、2度寝に誘われながら身体を起こして魔王に近付く。


「おはよう……」

「うむ。おはよう」

「今日はどこへ行くの?」

「まずは屋台で朝食を食べに。その後は探索だな」


 魔王の手が延びてきて、髪を撫でられる。

 自分で触ってみるとそこだけ髪が跳ねていた。

 手で撫でつけてみても直らず、魔王が笑って魔力の籠った手を近づけてくる。


 水が触れたような、熱が当たったような感覚がして、魔王の手が離れた時には髪の癖は直っていた。

 ついでに、と座らされ、髪を結われる。

 2つに別けて耳の後ろ辺り、少しだけ高い位置で結われてリボンを付けられる。


「うむ。似合っているぞ」

「そう?……見えない」


 呟くと鏡を渡された。

 自分の顔を見るのは、これで3回ほどだ。

 これが自分の顔なのだという自覚はあまりないが、結われた髪は確かによく視界に入ってくる自分の色。


「……お腹、空いた」

「よし、行くか」


 鏡を返して宿を出る魔王について行く。

 この国、ワイクーラはアルフトアと違い、朝市は人で動けないほどではなかった。


「……もっと人が居るんだと思ってた」

「この国はそうでもないな。皆、朝は眠いのだ」

「そういうもの?」

「ああ。それと、市の場所により売っている物が決まっていてな。皆欲しい物の売っている市に行くから、人が多くなりにくい」

「なるほど、ね」


 話の内容を呑み込みながら魔王について歩き、魔王の指さす先の屋台を遠目に覗く。

 屋台の中はここからでは見えないが、屋台の中からは大量の湯気が出ていた。

 近付くと食欲をそそる香りが漂ってくる。


 屋台の中には聞いていた通り大きな鍋がどどんと置かれてあった。

 中身は一体何なのか、よく見えなかったが美味しそうではある。


「らっしゃい!」

「2杯くれ」

「毎度!」


 魔王が手早く会計を済ませて、両手に器を持って歩き始めた。

 ついて行くと、向かう先には複数の机とイスが置いてある。

 そのうちの1つに腰かけ、差し出された器を受け取る。


 手を付けようと思ったのだが、器の上に乗っているのは見た事のない物。

 スプーンかフォークだろうと思っていたのだが、違うものだった。


「……ねえ、ベルディ」

「何だ?」

「これは、どうやって使うの?」

「中央で割るのだ。2本の棒を使って食べる」

「……どうやって?」


 聞いても分からなかったので見ていると、魔王は器用に棒を2本に割って器の中身を食べ始める。

 真似しようとして手元のそれを見ると、途中まで切れ込みが入っているようだった。

 だが、魔王のようにうまくは割れなかった。


 切れ込みがなくなった辺りから斜めに割けて、片方が細く片方が太くなってしまう。

 魔王はそれを見て軽く笑った。

 馬鹿にする笑いではなかった、と思うので、別に気にはならなかった。


 その後、箸というらしいこれの持ち方を教わったが、あまりうまくは持てなかった。

 覚えるのには時間のかかるものらしい。

 器の中身は食べたことのない味で、少し熱かったがとても美味しかった。


 いろいろな食感のするものが一つの汁の中に入っているのは、なんというか面白い。

 なかなか量があり、1杯で満足する内容だった。


「美味かったか」

「ええ。器はどうするの?」

「屋台に返しに行く」


 器を持った魔王について行き、先ほどの店に向かう。

 店はちょうど人が途切れた時のようだった。


「美味かった」

「だろう?どうもな。……ああ、そうだ。兄ちゃんたち」


 呼び止められて振り返ると、少しばかり神妙な顔をした店主が静かに言った。


「知ってるか?ベーゼルの忌み子が逃げたらしいぜ」

「え……」

「気を付けろ?噂じゃ若い女を攫うだの、魔王に生贄を捧げるだの、色々言われてんだ。嬢ちゃん可愛いからな。狙われそうだ」

「うむ。忠告感謝する。だが、我は腕に覚えがあるのでな」

「お、そうか。なら安心だな。呼び止めて悪かった。また来てくれな!」


 笑顔の店主に見送られ、離れてから魔王の裾を引いた。

 振り返った魔王は私を安心させようとしているのか、頭に手を置いてくる。


「……私が忌み子だとは、思われてないのね」

「うむ。ベーゼルはお主が消えたことを隠したかったのだろうからな、まさか若い女だとは言わんだろう」

「隠し、たいの?」

「悪しき魔物は王家が封じ込めた、と歌っていたのだ。逃げられては面目丸つぶれだからな」

「そう、ね。……それに、貴方も魔王だとは思われていないみたい」

「そうだな。まあ、この姿は人を模した。そう簡単にはバレまいよ」


 だから、旅は問題なく続くと魔王は笑った。

 何かあっても、自分は魔王だ。そう簡単に旅は終わらないと。

 その言葉に安心して、私は笑って言うのだ。


「この次は、どこへ行くの?」

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