06 それは、気に入られたようです。
朝日に照らされ、目が覚めた。
身体を起こすと魔王が窓の縁に座っているのが見えた。
私が起きたことに気付いて手招きしてくるので、ベッドから降りてそちらに寄る。
「おはよう」
「おはよう……」
まだ覚醒していない頭を起こしつつ返事をして、魔王の横に座る。
魔王は笑いながら飲んでいたお茶を差し出してきた。
口を付けると、少し苦い。
好きではないが、お陰様で目が覚めた。
無言で返すと再び笑われる。
「駄目か」
「苦いわ。それは何?」
「茶の一種だ」
目が覚めたかと聞かれて頷くと、着替えるように言われる。
朝食を食べに出るようだ。
「明日、別の国に行くのよね?」
「ああ。見て回れるのは今日までだ。何か見たいものはあるか?」
「特には無いわ。……人が多いのは、苦手」
「そうか」
宿を出て、朝市で賑わう市場を抜ける。
魔王の後ろに付いて歩いているが、やはり人が多い。
よくこの中をこのペースで歩けるものだ。
考えているうちに目的の場所に着いたらしい。
そこは今まで食事をしていた店内で食べる店ではなく、出店。
魔王はそこで悩むことなく何かを買って細道に入る。
歩いていた先には椅子が置いてあり、そこに座って先ほど買った物を渡される。
串に刺さった肉のようだ。
何か濃い色のものがかけてあり、食欲を刺激する匂いを放っている。
魔王をちらりと見てからそれに口をつける。
齧った瞬間、口内に肉汁が溢れた。
それに絡みつくこの味は、かかっていた濃い色のあれだろうか。
「美味いか?」
聞かれてコクコクと頷く。
魔王は笑って、同じ物を食べ始めた。
食べ終わって魔王を見ると、魔王の方が早く食べ終わっている。
「……これは、何か特別な肉?」
「いや、この辺りでよく採れる物だ。特別なのはタレだろう」
「たれ」
「ああ。肉にかかっていただろう?」
濃い色のあれは「タレ」というらしい。
タレの大まかな分類を聞きながら、手が汚れただろうと布を差し出された。
手を拭いて魔王を見上げれば、どうしたのかと聞かれる。
「この市場には、別のタレもあるの?」
「ああ。肉にかかっているタレは店ごとに違う。……食べるか?」
「ええ!」
勢いよく答えると、魔王は笑って立ち上がる。
その後ろについて行って、先ほどと同じように背中に張り付く。
片手は魔王に引かれているので、何かあったらその手を引けばいい。
少し歩いて何軒かの店の前で止まり、少ししてまた歩き始める。
それを繰り返して少し経ってから先ほどと同じ椅子まで戻ってきた。
「これは塩ダレ、こちらは焦がしダレ、これとこれは店秘伝のタレ、これは変わり種だな」
どれから食べたい?と聞かれて適当に手に取り、口の横にタレが付かないように気をつけながら肉を口に運ぶ。
全て食べ終わるころには腹は膨れ、結局口周りと手はタレで汚れていた。
「美味かったか」
「ええ。……ひでんのたれ?は美味しかったけど、お肉が固かったわ」
「外れを引いたか」
「はずれ」
「店ごとに肉の処理も違うからな。それも含めて好みのものを探すといい」
布を差し出され、手と口を拭く。
食べ歩きは終わりらしい。次は旅の道具をと魔王は立ち上がる。
市場も少し別の所に移動するらしい。
人の少ない裏道を歩いて、ある程度進んだら表通りに出る。
人に流されそうになりながら進んで止まった先は入店する形の店。
「何を買うの?」
「ルディアの服だ」
「私の?」
「ああ。着替えがほとんどないだろう?」
確かに私の服は魔王が作った2着だけだが、旅にはそんなに多くの服が必要なのだろうか。
疑問に思ったが、旅慣れた魔王が言うのだから必要なのだろうと納得して店内に入る。
入ってすぐに店員と思しき人が寄ってきて、魔王から買い物の内容を聞いて店の奥に案内された。
何着かの服を渡され、着替えるように促されて布で仕切られた小さなスペースに移動する。
苦戦しながら着替えを終えて布の外に出て、いくつか質問をされてまた服を渡された。
何度か繰り返して最終的に元々着ていた服に着替え、会計を終えて店を出る。
「大丈夫か?」
「少し、疲れた……」
買い物とは、疲れる事らしい。
私がぐったりとしているからか、魔王は一度宿に戻ることにしたようだ。
宿に入ってベッドに倒れこみ、朝と同じように窓の縁に座った魔王に目を向ける。
「……ねえ」
「何だ?」
「考えてたの。貴方の呼び名」
寝転がったままそう言えば、魔王は興味があるのか窓の縁から私の横に座る位置を変えた。
続きを促され、身体を起こして魔王と目を合わせる。
「ベルディ。……どう、かしら」
「ベルディ、か。何か理由があってそれなのか?」
「昔、聞こえてきた会話にその呼び名の宝石があったの。オーロベルディ。とても綺麗な黄色の宝石。塔の上からだとよく見えなかったけど、光を反射しているのは分かったの。……貴方の目の色と、似ていた気がして」
駄目だろうか、と魔王の表情を窺うと、とても優しい笑顔を浮かべていた。
本当に魔王なのか疑ってしまうその表情で、魔王は私の頭を撫でる。
「うむ、気に入った。そう呼ぶがよい。我もそう名乗ろう」
魔王なのかは分からないが、頭を撫でる手は優しい。
呼び名は気に入られたらしい。そのことだけで、他は一旦どうでもよかった。




