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53/55

53 それは、檻の中のようでした。

 馬車のようだ、と思った小さな部屋から出されて目にしたのは、思っていたよりもずっと大きなその箱の外観とそれに繋がれたドラゴンの姿だった。

 こんなに近くでドラゴンを見るのは初めてだ。


 繋がれているのも気にせずくつろぐ姿は想像していたよりもずっと穏やかで、なんだか少し混乱してしまう。

 もっと狂暴なのかと思っていたけれど、こんなに大人しいものなのか。


「ドラゴンを見るのは初めてですか?」

「……こんなに近付いたのは初めて」

「この国で飼っているドラゴンは皆大人しい。興味があるようなら放牧している姿もお見せ出来ますよ」


 国で飼っているのか。

 よく見てみると、ドラゴンに付けられた装飾と男の鎧に付いていた紋章は同じものだった。

 これがこの国の紋章なのだろう。


 そんなことを考えながらドラゴンを眺めていると、見られていることを察したのかドラゴンはゆっくりとこちらに首を擡げた。

 だがそれ以上の行動は見せず、移動を促されてその場から離れる。


 煌びやかに整備された庭を通り抜け、案内された部屋は噴水と花壇がよく見える一階の部屋だった。

 部屋の中も外と同じかそれ以上に統一された美しさがあり、大きな天蓋付きのベッドが置かれている。


 そんな部屋の中を見渡して、息が詰まる。

 広さも内装も、何もかも違うのに、まるであの塔の上に戻ってきたような気分だ。

 杖を握り、浅く息を吐く。


「この部屋は好きに使ってもらって構いません。この鈴を鳴らすと使用人が来るので、何かあればお申しつけください」

「……そう」

「城の中も自由に散策してみてください。扉の鍵は、内側からなら閉まります」

「分かったわ」


 どうにか一言だけ返事をすると、後ろで扉の閉まる音がした。

 ふらつきながら部屋の中を進み、座り心地の良さそうなソファと椅子を無視して窓辺に腰を下ろす。

 窓の外は良く晴れていて、花が風に揺れていた。


 とても綺麗なのに、初めて見る花もたくさんあったのに、そばに行って花を眺める気力はなかった。

 塔から出てからはずっと、見るものすべてに興味があって、見たことのない物を見つけては説明してもらいながら眺めているのが楽しくて仕方なかったのに。


「……どうしたらいいの、これから」


 返事はない。部屋の中で声が反響して、痛いくらいの静寂がやってきた。

 魔王は今、何をしているのだろうか。もう二度と会えないのだろうか。

 考えれば考えるほど分からなくなって、ぽっかりと穴が開いてしまったような気がして胸を抑える。


 どうにかしてこの国の外に出られれば、魔王が見つけてくれるかもしれない。

 城の中は自由に見て回っていいと言われた。

 けれど、それはつまり城からは出さないということなのではないだろうか。


 考えて、考えて。考えて考えて考えて。

 気が付けば空は夕暮れに染まっていたけれど、動く気にはなれなくて窓辺に座ったまま沈んでいく太陽を眺めていた。


 日が完全に沈んだころに扉が静かにノックされて誰かが入ってきた音がした。

 重たい頭を動かしてそちらを見ると、女の人が何かを持って立っている。

 私が見ていることに気が付いたのか、その人は静かに頭を下げた。


「お食事をお持ちしました。どうぞ少しでも、お食べになって下さい」


 そう言われてお腹が空いていることに気が付いた。

 部屋を出ていった女性を見送って、ふらりと窓辺から立ち上がる。

 テーブルに置かれていた食事はまだ湯気が立っている美味しそうなものばかりだったけれど、なんだかそれに手を付ける気にはなれなくて小皿に盛られている果実を一つ手に取った。


 一口齧って、顔をしかめる。

 美味しいとか、美味しくないとか、そういうことではなく。


「味が、しないわ」


 甘いも酸っぱいも苦いも、何も感じないのだ。

 美味しそうな果実だと思ったのに、分かるのは感触だけ。

 試しに食事の方にも手を付けてみたけれど結果は同じで、ため息を吐いて窓辺に戻る。


 味のしないものを食べるのはなんだか気持ちが悪くて、それなら空腹のままでいい。

 そう思って窓の外を眺めていたら、しばらくしてから扉がもう一度開いた。

 入ってきたのは食事を持ってきたのと同じ人。


 手にはまた何か持っている。

 水の音がするので飲み物だろうか。

 そんなことを考えながら眺めていたら、その人はほとんど手の付けられていない食事を回収して行った。


 代わりに置いて行かれたものはやはり飲み物だったようだ。

 水の入った器と同じ見た目のカップも一緒に置かれている。

 確認だけして手は付けずに元の位置に戻し、ソファに置かれていたクッションを持って窓辺に座り直す。


 何もせずにじっとしていると、疲れが出たのか段々眠くなってくる。

 ベッドに移動するのも面倒だったのでその場で目を閉じ、目が覚めたら全てが夢だったりしないだろうかと考えた。


 ……でもきっと、そんな都合のいいことはないだろうから。

 明日目が覚めたら、これが夢でなかったら。

 そうしたら明日は城の中を見て回って、どうにか外に出られないか確かめてみようと思った。

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