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52/55

52 それは、理解できないことでした。

 私の周りを囲むように、その人たちは距離を詰めてくる。

 逃げられない様に取り囲んでいるのだろうけれど、それにしては無理に私を捉えようとしてこないのが気になった。


 まるで本当に私を害する気が無いような動き方。

 助けに来た、なんて言っていたが、その言葉の意味が分からない。

 私は今助けなんて求めていないし、何か勘違いしているのだろうか。


 ……それでも、捕まるつもりはないのだ。

 太ももに付けたポーチから魔法印紙を取り出して魔力を込め、目の前の男の人に向けて手のひらの上の炎球を飛ばす。


 少しくらいは怯むだろうからその隙に逃げようと思っていたのだけれど、その人は全く怯まずむしろこちらに笑顔を向けてきた。

 そして、放った火球が何故か霧散する。


「大丈夫、怯えないでください。我々は貴女を傷つける気はありません」


 その声色は、私が怯えて火球を放ったと思っているようで。

 まるで宥めるように両手を広げて何も持っていないと、傷つける気はないと繰り返してくる。

 距離を詰めてくるのを避けようとするも、逃げる場所がもう無い。


「ルディア!」

「あ、ベルディ……」

「思ったより早かったな……少々手荒になりますが、怪我はさせませんのでご容赦を」

「何を……!」


 道の先に居るベルディに手を伸ばすが、その手が何かを掴むより先に目の前の男が私を抱え上げた。

 その瞬間、視界が曇る。

 魔王の声がした気がするのに、姿が見えない。


 混乱している間にどこかへ移動したようで、視界の靄が晴れた時には全く知らない場所に居た。

 狭い箱のようなその場所は、馬車の中によく似ていた。

 私が座らされていた椅子の横には扉があり、開けてみようかと思ったが足音が聞こえてきたので伸ばした手を引っ込める。


 直後に扉が開き、私を攫った男が入ってきた。

 私の顔を見て微笑むその姿はやはり私に敵意があるとは思えず少し不気味にも見える。


「説明も無しに申し訳ございません。私はアルバート。カルヴィラの王子です」

「……カルヴィラ」

「はい。貴女のことは、昔から知っていました。ベーゼルの姫君」


 聞いたことのない国の名前だった。

 ベーゼルと交流のある国なのかもしれないが、私はずっと塔の上に居たので国同士の繋がりなど知っているわけがない。


「ずっと、貴女に会いたかった」

「……何故?」

「我がカルヴィラ国は、一切の魔法を無効化する封魔の国なのです。故に、貴女の身のうちに魔物が居ようと国内ならば自由に過ごしていただける。私はずっと、貴女を我が国に迎えたいとベーゼルに働きかけていました」


 魔法を無効化する国なんて物があるのか。

 驚いたけれど、嘘ではないのだろう。何かそういう力があるのなら、私の放った火の玉が霧散したのも頷ける。


 けれどそれは、その国に入ってしまえば魔王にも手出し出来ないということなのではないか。

 ベルディは魔王であり魔の神だ。

 その一部を分けたというアイディンは魔法大国になっている。


「ですが、私たちが貴女を迎え入れるより先に魔王が貴女を攫ってしまった」


 私が考え事をしている間にも、男は話を続ける。

 ……もしもあの日私が魔王と出会っていなかったら。あの夜に魔王が私の元に現れなかったら、私はカルヴィラに行くことになっていたのだろうか。


「魔王に攫われた貴女を探して、私たちは各国を巡りました。ベリルアで出会えたのは幸運でした。貴女と魔王が、離れたことも」

「……頼んでないわ。私は、助けてくれなんて言ってない」

「そうですね。ですが、魔王の元に居ては何があるか分からない。人の姿をしていても、あれは人ではないのです」


 そんなこと、知っている。

 最初から分かっていたし、それでよかった。

 私はベルディが何者でもいいのだ。ただ、ベルディと旅をするのが楽しかったのだから。


「魔王とどのように過ごしたのか、我々には分かりません。ですが貴女は人だ。人の国で、生きるべきだ」

「それを決めるのは貴方たちじゃないわ」

「そうかもしれません。だが、私は貴女に魔王などに頼らなくとも自由になれるのだと知ってほしい」


 話は堂々巡りだ。嚙合わせる気なんてないのだろう。

 この男は、きっと私を見ようとしていない。

 杖を握る手に力が入り、ぎゅうっと音が鳴った。


「もうすぐカルヴィラに入ります。私たちは、貴女に何かを強いることはしません。どうぞご自由に、心のままに過ごしてください」


 男はそう言って出ていった。

 それから少しして、ずっと傍に居た何かがフッと消えたような気がした。……封魔の国に、入ったのだろうか。


 私を助けたいのだと言ったその言葉を嘘だとは思わなかった。

 でもそこに私の意思は無いのだろう。

 魔王に攫われたというそれが、不幸であると決めつけて。

 自分たちが救い上げて、自由にするのだと、そう信じて疑っていない。


「いらない、そんなもの」


 誰にも聞こえない声で、その言葉だけを繰り返す。

 私の自由は、私が決めるべきものだ。

 杖を握っていた手は、力を入れ過ぎて指先が白くなっていた。

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