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51/55

51 それは、一瞬の出来事でした。

 船がゆっくりと港に向かって行き、島の方からは歓迎の声が聞こえてくる。

 ついに到着したベルリアに上陸すると、港からすぐに市場が見えることに気が付いた。

 魔王から船の中で話を聞いたのだけれど、あれは魚市場という魚を買うための場所らしい。


 魚だけの市場なんてあるのか、と驚いている間に人がどんどん船から降りて行って、人混みに流されそうになる。

 どうしたらいいのか考えている間に魔王に手を引かれて道の端に避難させられた。


「あ、ありがとうベルディ……」

「ははは、大丈夫か?」

「皆なんだか急いでるみたいね……」


 船から降りた人は皆足早にどこかへ歩いていく。

 どうしてそんなに急いでいるのかは分からない。何かが始まるのだろうか。


「急いでいるわけではないだろうな」

「そうなの?」

「ああ。この国の民は皆素早いのだ」

「これが普通?」

「そうだ。この国によく来る者なら影響されていても不思議ではないから、別段何が始まるというわけでもないだろうさ」


 この国では、これが普通の速度。そう言われても急いでいるようにしか見えないけれど、本当に急いでいるわけではないらしい。

 ともかくこの国の中では人に流されない様に魔王の後ろに付いていくことになった。


 まずはいつも通りに宿の確保をすることになり、もうすでに候補は決めてあるらしい魔王の先導で人込みの中を進む。

 魔王はどうやってこの人の中を歩いているのだろう。


 全く流されることなく私を先導しているけれど、何かコツがあるのだろうか。

 もしあるのなら私にも教えてほしい。一人で歩くことはないだろうけれど、今回みたいにうっかり流されてしまうことを防げるならそれだけでかなり意味があるはずだ。


「もう少しだ」

「分かったわ」


 魔王の背中以外は見えない状態でそれなりの距離を進んだのか、しばらくしてから魔王が声をかけてきた。

 まだまだ人は多いけれど、今日泊まる宿は通りに面したところなのだろうか。


 魔王はいつも大きな道から少し奥に入ったところなど、目立たない場所にある宿を選んでいる気がするのでちょっと新鮮だ。

 なんて、考え事をしていたら立ち止まった魔王の背中に顔をぶつけてしまった。


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫……」


 ちょっと鼻をぶつけただけなのですぐに痛みも引くだろう。

 魔王は私がさほど痛がっていないことを確認してから大通りから逸れる道の方を指さした。

 大通りからそれはするけれど、それでも道幅は十分広いし人も多くいる。


「この先?」

「いや、すぐそこだ。あの白い壁の建物だな」

「白い建物……右?左?」

「両方同じ宿だ。右が宿の受付、左は酒場と食堂だな」


 道の上に橋をかけるように繋がっているその建物は、ほかより存在感がある。

 大通りから少しだけ逸れるのでもう魔王の後ろに隠れている必要もなく、横に並んで初めて見る形の建物を見上げた。


 ひとしきり建物を眺めて満足したところで扉の前に立っていた魔王に駆け寄り、開けられた扉の中に入る。

 建物の中は外装と同じで白を基調に作られていて、なんだか高級感があった。


「ああ、お客さん。すみませんが今日は……」

「ん?もう埋まったのか」

「はい。昨日から団体様が泊まられていて……すみませんね」

「いや、そういうことなら仕方がない。他を当たろう」


 宿の受付で魔王が話している声が聞こえてきて、傍に寄ると頭を撫でられる。

 運悪く部屋が空いていなかったらしい。

 普段はこうならないように早めに宿を取るのだけれど、昨日の時点で埋まっているのならどんなに急いでも駄目だっただろう。


 促されて宿の外に出て、何かを確かめている魔王を横目に大通りの方を眺める。

 人が途切れないそこをもう一度進むのは中々に疲れそうだ。

 抱えた杖を持ち直しながら息を吐くと、魔王がもう一度頭に手を乗せてくる。


「少し休憩するか」

「ええ」

「何か飲み物でも買ってくるから、少し待っていろ」

「分かったわ」


 私が疲れているのを察したのか、魔王は宿の外に置かれていたベンチに私を座らせて大通りの方に向かって行った。

 その背中を見送って建物の隙間から見える空を見上げ、ふっと一息ついたところで複数の足音が近付いて来ている気がして正面を向く。


 明らかに私の方に来ている気がするけれど、ここでフードを被ると余計に怪しくなってしまう気がして動けなくなった。

 今までも魔王とこうして少しだけ離れることはあったのだけれど、何か起こったことがなかったから油断していたのだ。


「……貴女が……」


 目の前で止まった人が、小さく何かを呟いた。

 顔を上げることも出来ず固まっていると、その人は私の顔を覗き込むようにしゃがんで目線を合わせてくる。


 羽織っている外套の色や紋章は、魔王に教えて貰ったベーゼルのものではなかった。

 私の追っ手ではないのか、と思ったけれど、そうじゃなければ私を探しているはずがない。

 一か八か魔法を撃って逃げるべきか、と杖を構えると、目の前の人はあまりにも優しい笑みを浮かべた。


「大丈夫、怯えないでください。私たちは貴女を助けに来たのです」

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