50 それは、楽しい時間でした。
船旅の二日目、幸いにも船酔いにはならない体質らしい私は昨日と変わらず元気なままで、海を見るのが楽しいからと今日も甲板に出て外を眺めていた。
魔王は海も船も慣れているだろうに、私が外に出るのについて来てくれる。
「わあ……ベルディ!海がキラキラしているわ!」
「あれは何かの魚群だな。鱗が光を反射しているんだろう」
「魚の群れね?すごい数……!」
キラキラと輝く波を楽しんで、上空を飛ぶ鳥に歓声を上げる。
普段はあの高さを飛んでいると言われてその高さに驚いたりもした。
「ベルディ、鳥みたい……」
「ふっははは!鳥か、そうか」
魔王は楽しげに笑って、空高くを飛ぶ鳥を見上げる。
……そういえば、魔王が空から何かを探すときに目になるのだと言っていた鳥がいた気がする。
私は一度会ったきり姿を見ていないけれど、今もいるのだろうか。
そんなことを考えながら空を見上げていたら、船が大きく揺れてよろけてしまった。
魔王が支えてくれたので大丈夫だったけれど、一人だったら海に投げ出されたりしていただろうか。
……危ない。気を付けないと。
「大丈夫か」
「ええ、ありがとう」
魔王はそのまま私を腕の中に収めておくつもりらしいので、魔王に抱えられたまま海に目を移す。
なんだか海の底が色とりどりに飾られているような気がするのだけれど、あれは何だろうか。
魔王を見上げると、私が見ていた方を見てああ、と声を出した。
「あれはサンゴ礁だ」
「さんごしょう」
「ああ。このあたりのサンゴは魔力を吸っているから色が濃いのだ」
「普通はこんなに色とりどりじゃないの?」
「ここまで鮮やかにはならないな」
「へぇ……」
その後、魔王がサンゴについての話をしてくれて、聞き入っている間に船はサンゴ礁の上を通り抜け終えていた。
そのうち別のサンゴ礁を見に連れて行ってくれるというので、楽しみにしていよう。
そして、遠くに島の形が見えてきた。魔王が言うには、私は他の人より目がいいらしい。
基準が分からないけれど、魔王が言うならそうだろうと思っているので、多分あの島は他の乗客には見えていないのだろう。
「あれがベリルア?」
「ああ。見えてはきたが、まだ距離はあるぞ」
「そうなのね」
大きい島なのかと聞いたら、イローンの方が大きいと言われた。
イローンは中央が山だから人の住める場所が限られており、大きくは感じなかったのだろうと。
回り切ったわけではないけれど、確かにそれほど広いとは感じなかったので少し驚いてしまった。
山の反対側にも町があるのなら、確かに大きな島なのかもしれない。
普段は上から全体像をみているので、それがないだけで把握が出来なくなってしまう。
見せてもらった地図ではどうだったかと思い出してみるけれど、結局分からなかった。
「さて、着く前に食事だな」
「分かったわ」
魔王に促されて船内に戻り、食堂で軽食を頼んで席に座る。
ベリルアに着いたら多種多様な魚料理があると聞いているのでなるべくお腹が空いた状態で行きたいな、なんて思ってしまったのだ。
「あとどのくらいでベリルアに着くの?」
「昼過ぎには着くだろうな。少し遅くなるが、昼食は着いてからにするか」
「ええ!」
昼過ぎということは、まだまだあの島までは時間がかかるみたいだ。
見えてきたからもう少しな気がしてしまうけれど、そんなに遠いのだろうか。
そんな風に考えていたのが分かったのか、魔王が机の上に地図を広げる。
「今船が進んでいるのがこのあたりだ。ベリルアの港はこの位置にある。見えているのは島の側面だから、島に近付いた後も少し進む必要がある」
「それで時間がかかるのね」
「そういうことだ」
今ここから見えている島の周りは海が一気に浅くなる関係で上陸が難しいらしく、島の左側に港が作られているらしい。
そこまで回るから近くに見えていても時間がかかるのだと。
「島の近くに寄った後は事故防止のために速度を落とすから、それも遅く感じる理由だろう」
「そうなのね……ベリルアのあたりは、海が浅いの?」
「局地的に浅くなっているところと、岩が海面に出ているところがある。そこを避けて比較的通りやすい場所を通っていくことになる。通れる船の大きさはこれが最大級だろうな」
これより大きい船だと途中で島に近付けなくなってしまうのだとか。
そんな話を聞きながら食事を済ませてもう一度船の甲板に出る。
食事をしている間にまた少し島に近付いたようで、さきほどよりはっきりと島の形が見えるようになっていた。
そのまましばらく甲板で海を見ていると、進む先にたくさんの小さな岩があることに気が付いた。
どうやら海の上に見えているのはごく一部で、海の中にはあれと同じ尖った岩が大量にあるらしい。
その部分を避けるように船が進路を変え、ゆっくりと島の周りを移動し始める。
「そろそろ?」
「ああ。もうすぐだ」
魔王を見上げるとそっと頭の上に手が置かれた。
いよいよ近付いてきたらしいベリルアに心を躍らせながら空を見上げると、見たことのない鳥が飛んでいた。
うっかりしていたら二月が終わってしまっていました。




