49 それは、思っていたより揺れるものでした。
初めて乗り込んだ船に歓声を上げて、荷物を部屋に置いてから船の中を歩き回ることにした。
出発までにはまだ少し時間があり、どうせなら船が出航するところも見よう、と言うことで港が見える場所に移動する。
船の甲板は港が一望できるので、思わず声を上げてしまった。
山の方まで緩やかに続いていく道と街並みがこんなに綺麗だとは思わなかったのだ。
綺麗!と声を漏らすと、魔王は笑って山の方を指さした。
「あの辺りが宿のある場所だ」
「思ってたより海から遠いのね」
「道中が賑わっているから、目移りしている間に海まで出てくることが多い」
色々な物があるといつの間にかかなりの距離を歩いていることがあるけれど、この道もそうなのだという。
ただの移動は長く感じるが、楽しいことがあるとあっと言う間なのだということは身をもって知っているので訳知り顔で頷いた。
「宝石を買ったお店のあるあたりは?」
「ここからでは見えないな。山の麓……あの辺りを曲がった先だ」
これも、思っていたより遠い。
私たちは国の中をかなり歩き回っていたらしい。
「ルディアは初めに比べてかなり体力がついたな」
「そうかしら?……そうかもしれないわね」
言われてみれば、かなり歩き回っても疲れない様になったような気がする。
体力は徐々について行くものだ、と言われていたけれど、自分ではあまり分からないもののようだ。
あちこち歩き回れるようになったのは嬉しい。
さっきまで意識していなかったのに、意識した途端に少し嬉しくなってきた。
ふふ、と笑いが漏れて、そっと口元を抑える。
口元を抑えたまま笑っていたら頭の上から魔王の笑い声も聞こえてきて、軽く頭を撫でられた。
「そのうち山登りでもしてみるか」
「山に登るの?」
「ああ。麓から登っていって山頂で景色を眺めるのとただ飛んで頂上で景色を眺めるのとではずいぶん違う」
「そうなのね……やってみたいわ、山登り」
魔王がそんな風に言うのなら、本当に違って見えるのだろう。
そう思って素直に答えると魔王は私の頭を撫でたまま楽し気に笑った。
「……その頃には飛竜の群れが大陸から移動を始めるだろうから、時期を合わせれば見れるかもしれないな」
「飛竜の群れ?ベルディが一番最初に言っていたことの一つね」
「ああ。……ルディアはドラゴンを見たことはないか」
「ないわ。本の中でなら、一度だけ絵を見たけれど」
ドラゴンは宝を守るものだとその本には書いてあった。
その宝を求めてドラゴンを倒す話……だったはずだ。
描いてあった絵は恐ろし気な姿だったけれど、なんだかそれが綺麗でしばらく眺めていたのを覚えている。
「見に行くか。あれは中々秀麗な生き物だ」
「危なくはないの?」
「気性の荒い種には近付かん。穏やかな種はこちらが手を出さなければ襲っては来ない」
「……見てみたいわ。ずっと、見てみたかったの」
「そうか。ならば近いうちに」
これからの予定がどんどん埋まっていく。
想像するだけで楽しくて、収まった笑いが再び込みあがってきた。
そんな話をしていると、船が出発の合図を鳴らす。
いよいよ船旅が始まるらしい。
わあ、と小さく歓声を漏らして、徐々に離れていく陸地に目を移した。
港では多くの人が船に手を振っていて、なんだか少しお祭りのようだ。
「波の具合によっては大分揺れる。どこかに掴まっておけ」
「分かったわ」
言われた通りに手すりに掴まり、ゆっくりと速度を上げていく船の揺れを楽しむ。
このくらいならまだ一人で立っていられるが、揺れ始めるのはこれからなのだろう。
このままでも楽しかったのだけれど、景色を楽しむなら前の方がいいと言われて、魔王に掴まって船の上を移動する。
移動でよろけることもなく、揺れることもあるだけで今日はそれほど揺れないのだろうと思っていたらいきなり船が大きく揺れた。
驚いて転びそうになったところを魔王に支えられ、見上げると魔王は楽しそうに笑っている。
「だから言っただろう」
「びっ……くりしたわ……」
「ふはは!」
「こんなに揺れるのね……」
「このあたりからしばらくはな。気分が悪くなったらすぐに言え」
「ええ。……海って、こんなに波が大きかったのね」
魔王の島のあたりは特別穏やかな海域らしく、普通の海はこれくらい波が立っているもののようだ。
船に揺られていると気分が悪くなることもあるらしく、それのための薬も用意されているらしい。
寝ていた方が楽だからそうなったらすぐに部屋へ戻る、と言われて、頷きながら船の手すりに掴まった。
「わあ……」
「楽しいか?」
「ええ!飛んでいるのも好きだけど、これも楽しいわ」
「先は長いからな。はしゃぎ過ぎると明日動けなくなるぞ」
「分かったわ」
釘を刺されたが、私が海を眺めるのは好きにさせてくれるようだ。
海に落ちない様になのか、魔王は私を囲うようにして手すりに両手をついている。
その状態のまま薄っすら見える陸地や飛んでくる鳥に歓声を上げて、魔王に説明をしてもらって。
楽しんでいる間に出発から随分時間が経ったらしく、食事のために一度船内に戻ることになった。
船の中に食堂もあるなんて、ちょっとびっくりだ。
あけましておめでとうございます。
今年ものんびり書いていきますのでお付き合いいただけると幸いです。
気付けばこの話を書き始めて三年目に突入していました。時の流れは速いし私の更新は遅いですね。
のんびり更新してきたこの話ですが、実はそろそろ終わりが見えてきました。
今年中には完結したりするんじゃないかなーと思っております。
出来るように頑張ります。




