44 それは、初めて見る形でした。
海を渡っている間に日が傾き始め、陸地に着いた時にはすっかり辺りが暗くなっていた。
今日はここで野宿になるらしい。元々予定にはなかった移動だったが、野宿の道具は持ち歩いているらしく魔王が見繕った場所に火を起こす。
薪や小枝を集めて山にして、私が魔法で火を付ければ着火も簡単だ。
そこに石を積んで小鍋なんかを設置して、魔王がどこからか取り出した道具と材料で夕飯を作る。
……なんというか、魔王は基本的に何でも出来るようだ。
今でこそベルさんが付いてきているらしい旅だが、元々は本当に一人で人に混ざって旅をしていたらしく、その時に野営や料理を身に付けたのだと。
それをする必要はないので、暇つぶしにと覚えたらしい。
「ベルディは、何でもするのね」
「まあな」
魔王の作った夕飯を頬張りながらそんなことを言うと、どこか得意げな返事が返ってくる。
それに笑って空になった器を返して、火を眺めながら話している間に段々と眠くなってきた。
渡された毛布にくるまってうとうとしていると、魔王がいつの間にか横に来ている。
「ベルディ?」
「気にするな。おやすみ」
「おやすみ……」
魔王に抱えられて、上を見上げてみるが視線は合わない。
そのまま寝かしつけられてしまい、気付けば辺りは明るくなってきていた。
私が寝ている間に魔王は何かしていたらしく、私の上に魔王の外套がかけられているが本人の姿が見えない。
近くにはいると思うのだが、どこに行ったのだろうか。
とりあえず動かずに待っていようと思い魔王の外套を抱える。
鏡もないので適当にだが寝癖を直していると、茂みの中を歩いてくる音がする。
「ん、起きたか」
「おはようベルディ。それは?」
「朝食だ」
数匹の魚を掴んで現れた魔王に目を擦りつつ尋ねると、当然のように返事が返ってきた。
朝食にするために魚を釣りにいていたらしい。
近くに水場があったのか、なんて考えながら下処理を始めた魔王を眺める。
じっと見ていると顔を上げた魔王と目が合った。
何となく見つめ続けると、ふっと笑われた。
「何だ?」
「何でもないわ」
そっと目線を外して遠くを見ていると、魔王の方から美味しそうな香りが漂ってくる。
目線を戻すと、魚が焼かれているところだった。
「……あ、そうだ。ベルディ、上着」
「ん?ああ。ありがとう」
抱えていた外套を渡すと、魔王はそれを受け取って代わりとでも言いたげに魚を渡してきた。
シンプルな串焼きで、味付けは塩だけだろう。
それでも十分美味しいのだと知っているので、いただきます、と呟いてから魚を齧る。
黙々と魚を食べて、食べ終えたら野営の後を片付けて街へ向かうことになった。
歩いてもそれほど時間のかからない距離にあるらしく、旅人らしく歩いて行ってみよう、とのんびり道を歩く。
時々すれ違う人もいるが、誰もこちらを気にする様子はないので魔王は人にしか見えないのだろう。
なんて、改めて関心しながら隣を歩く魔王を見上げる。
視線に気づいた魔王がこちらを見る前に前を向き直し、何もなかったかのように歩き続けた。
何か笑い声が聞こえる気がするが、気にしたら負けだ。
何に負けるのかは分からないけれど、よくリリアさんが言っていたので多分何かに負けるのだろう。
「ああ、見えてきたぞ」
「……あそこ?」
「そうだ。今日はここに泊まる」
「じゃあ、先に宿、ね」
建物の密集した場所を指さして、魔王は言う。
泊まる宿も決まっているらしく、先に荷物を置いていこう、と慣れた足取りで進んでいくので、後を追いながら町を見渡した。
町のいたるところから湯気が出ているのだが、あれは何だろうか。
あとで聞いてみよう、と決めて手を引かれるままに魔王についていくと、目的の宿に着いたのか足が止まった。
何かを確認してから中に入り、受付で数言話して鍵を受け取る。
向かう先は二階のようだ。
窓の外を眺めている間に魔王が部屋の扉を開けており、手招きされて中に入る。
「……不思議な作りの部屋ね」
「面白いだろう」
入って進んだ先の窓辺に机と椅子が置いてあるのは普通なのだが、ベッドが壁に埋まるように置かれているのだ。
壁の両方に一つずつベッドが埋まっていて、見たことのない作りに部屋の中を歩き回ってしまった。
「こうして置いてある理由が、何かあるの?」
「壁に布がかけてあるだろう。それを下ろすと、ベッドの中が個室のようになる」
「……わあ、本当」
「他者と一緒でない方が眠りやすい者もいるからな。まあ、珍しいからと泊まっただけだが」
ベッドの中から布を避けて顔を出し、魔王を見る。
楽しそうにこちらを見ている魔王からは、言葉以上の物は見えてこなかった。
そもそも魔王は寝ているところを見たことがないし、私は一人で眠ることの方が少ないのだから気にする方がおかしいだろう。
私からするとただ珍しいだけの部屋も、気にする人からすれば有難い作りなのだろうと納得してベッドを降りた。
珍しいのでまだまだ弄っていたいが、それは夜でも出来るので今は町を楽しむ方がいいだろう。




