43 それは、忘れかけていたことでした。
人の喧騒から少し離れて休み、体調が戻ってからもう一度通りに入る。
魔王についていき、今度こそ市場に向かう。
少しでも体調が悪くなったら無理をせずにすぐに言え、と言われているので、そうなる前にと周りを見て回ることにした。
市場には様々な出店があるようで、それを見ている人が壁のようになっている。
海の近くには魚や食べ物を売っている店が多く、海に向かうまでの道の両端には小物や装飾品が多いようだ。
服なんかを売っている店もあって、見て回るのは中々に楽しい。
魔王が何を見ているのか目線を思っていると、外套の内側にしまい込まれてしまった。
何かと思って見あげようとしても、頭を固定されてそれすら出来ない。
「……移動する。捕まっていろ」
静かにそう言った魔王が、ゆっくりと動き始める。
歩くわけではなく、どこかに沈み込むように動いているのが分かる。
慌てて魔王にしがみつき、目を閉じて謎の浮遊感が終わるのを待つ。
少しして、私の頭を押さえるように乗っていた手が退かされた。
そのまま肩を叩かれ顔を上げると、見たことのない平原に立っている。
「……ここは?」
「先ほどの街より大陸内に入った場所だ。気分が悪くなっていたりはしないか?」
「ええ。……何かあったの?」
「ベーゼルの兵士が居たからな。気付かれてはいないだろうが、念のためだ」
言われて、そういえば、と声を漏らしそうになった。
毎日が新しくて楽しくて、ベーゼルのことをどこか忘れかけていたようだ。
あまりにも不用心で、そんなに忘れっぽかっただろうかと少し落ち込んでしまう。
それを魔王は別の意味にとったらしい。
私を外套から出しつつ、頭に手を乗せてくる。
「陸路で移動は出来ないだろうが、ベリルアには行けるだろう。それでいいか?」
「ええ、任せるわ」
本当は、陸路の移動が楽しみだったのだが。それでも見つかって何かあるよりずっといいだろう。
ベーゼルが私を見つけてどうしようとしているのかは分からないけれど、捕まっていいことは無さそうだ。少なくとも、魔王といるより楽しいなんてはずがない。
「このままベルリアに向かうの?」
「そうだな……その前に、一つ寄り道をしていくか」
「寄り道?」
首を傾げると、魔王はどこからか地図を取り出して広げる。
それを横から覗き込み、地図の上を滑る指先を目で追った。
「ここが今いる場所、この島がベルリアだ。ベルリアに向かう前に、その横……この島に寄って行こう」
「ここには、何かあるの?」
「前に、ルディアの目の色の宝石も探そうと言っていただろう?」
「ここが、産地?」
「ああ。赤い宝石はここの物が最も美しい」
宝石の中には、魔力を含んだものもあるらしい。
特別綺麗なものはそうであることが多く、それぞれ色ごとにその属性の魔力を持っているのだとか。
赤は、炎だろう。この島には何か炎にまつわるものがあるのだろうか。
「……この島は、なんて名前?」
「イローン。火山島だ」
「かざん……」
火を噴く山、だったはずだ。
それで島が出来たのなら、炎の宝石が出来上がるのも納得、だろうか。
「空から行くの?」
「そうだな。……イローンからベリルアには、船で行ってみるか」
「ええ!」
船は、見たことはあるが乗ったことはない。
この国でベーゼルの兵士を見つけても船の提案をしてくるのだから、船には乗っていないだろうということなのかもしれない。
「さて、行くか」
「分かったわ」
魔王が私を抱え上げる動きをしたので、そちらに手を伸ばす。
普段ならすぐに抱え上げるのに、なぜか今日は動きが止まった。
どうしたのかと思っていたら、急に外套のフードを被せられて背中側に回される。
どうしたのかと思ったら、道の向こうから旅人が歩いてきているらしい。
普段はあまり気にしないだろうけれど、ベーゼルの兵が居たからか少し警戒しているようだ。
「ああ、すみません……」
「ん、何だ?」
「海はどっちに進めば行けますでしょうね……?恥ずかしながら迷ってしまいまして」
「海なら、この道に沿ってずっと行けば出るはずだ」
「おお、そうでしたか。ありがとうございます」
ただの旅人であったようで、警戒する必要がなかったのか魔王はすぐに態度を軟化させた。
そのまま道を教え、私の手を引いて反対側に歩いていく。
少し進んでから今度こそ抱え上げられて空に舞い上がり、何かを確認してから空を進む。
「……イローンは、国なの?」
「少し特殊な場所だ。一つの国だが、複数の部族が暮らしていて王を持たない」
「王様のいない国」
「近年は穏やかな国だからな。見て回るのも楽しいだろう」
外套のフードを落として魔王に捕まり直し、眼下に広がる陸地を眺める。
ここはもうガルクの土地ではないのだろう。
「さて、朝食もまだだったからな。食べておくといい」
「いつ買ったの?」
「持ち歩いているのだ」
そっとパンを差し出されて、それを齧りながらふと連れ出されたばかりのころを思い出す。
あの時も、こうして飛んでいる魔王の腕の中でパンを齧っていたような気がする。
何となく懐かしい気持ちになりながら落とさない様にパンを齧り、横を飛んでいる鳥に目を向けたりして空の旅を楽しんだ。
魔王さんが危機察知能力高すぎて面倒ごとに巻き込まれてくれませんでした。




