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41/55

41 それは、とても風味豊かでした。

 宿を確保して、荷物を置いてから夕飯を食べるために町へ出た。

 夜でも明るく賑やかな町の中を魔王に手を引かれて進む。

 目的地は決まっているのか、魔王の足取りに迷いはない。


 前だけを見て人を避けつつ進んでいく魔王を追いかけながら辺りを見渡していると、魔王が足を止めた。急に止まられて、前を向いた時にはもう遅い。

 その背中にぶつかってしまって、強打した鼻をそっと抑える。


「大丈夫か?」

「ええ……ついたの?」

「ああ。席は空いているようだ」


 外から確認して分かる位置が空いていたらしく、扉を押した魔王に手招きされてついていく。

 店内には肉の焼けるいい匂いが漂っていた。

 その香りに気を取られている間に魔王に背中を押されて誘導され、椅子に座らされる。


 座ったところですぐに魔王が注文を済ませていて、ほどなくして飲み物が机に置かれた。

 いつも飲んでいるものとは違うようだが、不思議な味は悪くない。

 魔王が言うには、茶葉が全く別のものらしい。


 気に入ったなら買っていくかと言われたが、普段飲むならいつものお茶の方が好きだった。

 ……それに、そろそろ魔王の飲んでいる物にも再挑戦してみようかと思っているのだ。

 あれは年を取ると美味しいと感じるようになったりするらしいから。


 初めて飲んだ時から避けてきたが、そろそろもう一回飲んでみたら感想が変わったりするかもしれない。

 何せ、あの塔を出てからかなりの時間が経っているのだ。私だって少しは成長しただろう。


「……どうした?」

「ベルディが飲んでいるのは、いつもの?」

「これは酒だな。飲んでみたいのか?」

「ええ」

「なら宿に帰ってからだな。あれはあまり飲むと眠れなくなるから、少しだけだ」

「分かったわ」


 今飲んでいるのは違うものらしい。

 お酒は、まだ早いと言われていたけど飲んでいいと言われるまでにあとどのくらいかかるだろうか。

 前はさほど気にならなかったのに、今になって少し飲んでみたくなったのだ。


 無理に手を出そうとは思わないが、機会があればいずれ。

 あとどのくらいしたら飲んでいい年になるのかは、後でベルさんにでも聞いてみよう。


「ルディア」

「なあに?」


 名前を呼ばれて魔王の方に目を向けると、湯気の立った肉が机に置かれたところだった。

 色々な味付けの肉を食べてきたと思っていたが、これは初めての香りだ。

 なんだろうかと観察してみるがよく分からない。見覚えのないものは、肉の上に散らされた葉っぱのようなものだけ。


「ベルディ、これは?」

「香草焼きだ。癖の強い肉を香草と共に焼き、臭みを落として食べやすくしたものだな」


 言いながら魔王は肉を切り分けて差し出してくれる。

 それを受け取って口へ運ぶと、口の中にふわりと香りが広がった。

 千切ったパンも一緒に口の中へ入れて、もくもくと咀嚼する。


 感想を言った方がいいのかもしれないが、そんなことをしている暇があるなら口に詰め込みたいので一旦待ってほしい。

 そんなことを心の中で言いながら再び肉に手を伸ばし、今度は初めからパンの上に乗せて口に入れた。


 しばらく夢中で食事を続け、ふと魔王を見ると楽しそうに目を細めて私を見ていた。

 見ているだけでいいのだろうかと思ってから、そもそも魔王は食事を必要としないのだったと思い出す。

 食べているのは全て趣味であり、別に食べなくてもいいらしい。


 つまり、私が満腹になったら残りを食べて終わりにするつもりなのだろう。

 ……けど、今日のこれは残るだろうか。自分でも驚くほど食が進むのだが。


「気に入ったか」

「美味しいわ!すごく」

「そうか」


 素直に答えると、魔王はすごく優しい顔をした。

 差し出されたお茶を飲むと、この不思議な風味が肉に合わせられているのだと気付く。

 なるほど、いつものお茶より合うのだろう。


 考えている間に魔王は追加のお茶を頼んでいて、それを横目にもう一度香草焼きに手を伸ばす。

 切った肉をパンの上に乗せて頬張っていると、魔王が追加で頼んだらしい野菜が目の間に置かれた。

 食べた方がいいのだろうか、と思って首を傾げると、魔王の手が伸びてきてパンと肉の間に野菜を挟まれる。


 それを齧ってほふっと息を漏らした。

 野菜が入ることで味の主張が少し減り、食べやすくなった。

 食感も良くなって余計に食が進む。


 それでも流石に肉を食べきる前に満腹になり、残りのパンと野菜と肉は魔王の胃の中に吸い込まれていった。

 食後のお茶を啜っていると布で口元を拭われる。


 ……何かついていただろうか。それに気付かないくらい食事に夢中になっていたらしい。

 まあ、美味しかったので仕方ない。魔王も満足そうなのでいいだろう。


「ここまで気に入るとはな」

「美味しかったわ。……リリアさんは、ああいうのは作らないわよね?」

「ああ。そもそもは臭みを消すためのものだからな。気に入ったのなら香草を買っておこう。次に行く頃にはリリアが何かしら作れるようになっているだろうさ」


 魚も、そうして焼くことがあるらしい。

 買うところが見たいと言ったら、それなら明日の朝市を見に行こうという話になった。

 眠れなくなるといけないから、魔王の飲んでいるお茶は朝一に、と言われてなんだかこのまま流れされてしまいそうだと思う。


 が、別にそこまで強いこだわりがあるわけでもないので飲ませてくれないならそれでもいいかと手を引く魔王の背に張り付いた。

 魔王には見えているようだが、私は夜目が効かないようであまりよく見えないのだ。

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