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37 それは、冷えた瞳でした。

 月夜のお茶会はそのまま続き、私が眠くて何も反応を返せなくなったころにベルさんの一言でおしまいになった。

 毛布を引き寄せて顔を埋めながら片付けをしているベルさんを見ていると、一つ聞き忘れたことがあったのを思い出す。


「ねえ、ベルさん」

「はい、何でしょう」

「ベルディは、今どこにいるの?」

「裏の岩場にいらっしゃいます。夜釣りをされるそうで」

「そうなの……」


 夜釣りということは、明日の朝にはいつも通り、リリアさんが大量の魚を処理していたりするだろうか。

 いつも通りの景色に、戻っているだろうか。

 私が原因だったとしても、ここでの空気が壊れてしまうのは少し怖い。


「……大丈夫です。リリアはもう、厄介ごとを起こしませんよ」

「そうなの?」

「はい。本人の口から言わせました」

「……言わせた、のね」


 実力行使とはこのことを言うのだろう。

 それで、もとに戻るだろうか。

 不安だったが、今は眠るくらいしか出来ることはない。


 明日、起きたら魔王と少し話がしたい。

 そう思いつつ目を閉じると、そのまま眠気に負けて意識が落ちていく。

 横に何かが置かれるような気がしたが、それを確かめる前に眠ってしまった。




 目が覚めると、朝日が差し込んできていた。

 ……まだ寝ていたい気持ちもあるが、無視してもぞもぞとベッドを降り、置いてあった服に着替える。

 目を擦りながらリビングに向かうと、大量の魚を捌いているリリアさんが居た。


「おはよう」

「おはようございます。昨日は申し訳ありませんでした……さんざん怒られました……」

「そう、なの。ねえ、リリアさん」

「はい。なんですか?」

「魔法、教えてくれるって言うのは、嘘じゃない?」

「ええ!ええ!もちろんですとも!」

「ふふ、ありがとう。ね、ベルディはどこにいるかしら」

「魔王様なら、まだまだ魚釣り中ですよ。このあたりの魚を取り切るおつもりですかねぇ」


 ぼやいたリリアさんにもう一度お礼を言って、家を出て裏の岩場に向かう。

 それほど距離はないが、何となく急いでしまって、小走りで進む。

 魔王はいつもの位置に座って、いつものように釣り糸を垂らしていた。


「ベルディ」

「……ん?ああ。おはようルディア」

「おはよう」


 私が近付いている事なんて分かっているだろうと思っていたのに、魔王は緩慢な動きで不思議そうに振り返った。

 初めて見る、完全な無表情。


 それでもそっと手を差し出してきたので、その手に自分の手を重ねる。

 ゆっくりと手を引かれて横に座ると、魔王は釣りを再開しつつそっと口を開いた。


「ベルとは話せたか」

「ええ。いろいろ話を聞いたわ」

「そうか」

「ベルディは、ずっと釣りをしていたの?」

「ああ。考えている間に、随分と釣ったらしい」


 ……無意識に釣り続けていたのだろうか。

 もうすでに、横に置かれた桶に収まらなくなりそうな量の魚がいるのだが。

 とりあえず止めた方がいいだろうと魔王の手を引くと、素直に糸を持ち上げる。


 その釣り糸が地面に置かれたのを確認してから目を合わせると、そこに自分が写っているのがはっきりと見える。

 ……反応はあるはずなのに、ベルディはここに居ないようだ。


「ねえ、ベルディ」

「なんだ?」

「私、リリアさんに魔法を教わろうと思うの」

「……そう、か」

「でも、ベルディと新しい場所に行ってみたい気持ちもどんどん強くなってるの」


 我ながら我が儘だが、ベルさんに相談したらそのまま言うといい、と言われた。

 なので、そのまま全部言ってみることにする。


「塔から出るときに、ベルディが言っていたもの、まだ全然見れてないわ。金色に染まる空も、一面の花畑も、飛竜が群れを成して飛ぶ姿も知らないわ」

「……そうだな。飛竜の移動は、そろそろ始まるだろう。花畑は、もう少し経ってからの方が咲き誇る。金色の空は、特殊なものだからな。見るには少し時間がかかる故、野営の陣を張らねば」

「魔法を教わるの、待った方がいいかしら」

「いや、早い方がいいだろう。ルディアならすぐに出来るようになるさ」


 ふっと微笑んだ魔王の表情は、いつも通りだ。

 細められた目にはいつの間にか光が戻ってきたような気がする。

 ……まだ、旅は続くと思っていいのだろう。


「どこから行くか」

「前に言っていた、魚の美味しい国は?」

「ベリルアか。そうだな……ここからでは少し距離がある故、幾つか別の国に寄ってから行こう」

「あら、あらあら魔王様?魔法の特訓の話はどうなったんです?あと、その魚全て食べる気ですか?」


 目的地を決めて、道を選び始めたところで呆れた声がかけられた。

 振り返ると、リリアさんが楽しくないと書いてある気がする表情で立っている。

 そのまま歩いてきて、置いてある桶を抱えてきた道を戻っていく。これから魚を捌くのだろうか。


「全くもう。大人しく聞いていればルディア様が連れていかれそうになってますし。私の仕事終わりませんし増えますし。もうこれは下剋上準備ですかね?魔王様ならじゃれてる程度に見なしてくれるのでは?」

「……リリア」

「なんですか魔王様?ええ、ええ文句なんてありませんとも?」


 にこーっと笑ったリリアさんは、多分怒っているのだろう。

 ……私も、魚の処理を手伝った方がいいだろうか?

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