35 それは、不安げな声でした。
リリアさんに空へ連れていかれたと思ったら、私はそこで眠ってしまったらしい。
そんなところで寝るなんてことがあるのかと驚いたが、魔王からリリアさんの魔法だろうと言われた。
「なにか、夢を見てはいなかったか」
「夢……あ、見てたわ。あれ、ベルディとリリアさんの声だったのね」
「声?何か言っていたのか」
「ずっと呼ばれていたの。あのね、リリアさんの声の方に行こうと思ったら、目の前にトカゲ……みたいなものが居たの。燃えてたけど、多分トカゲだったわ」
魔王の膝の上から降ろしてもらえないので、諦めてそのまま夢の内容を話すことにした。
私が寝ぼけている間にリリアさんとベルさんはどこかに行ってしまったようだが、何かあったのだろうか。
「トカゲ……ああ、それか」
「それ?」
「肩に乗っている」
「え?いるの?」
「見えないのか」
「ええ……もしかして、ずっといた?」
「居たな。遠くには行かないのだろう」
私が知らないだけで、ずっと近くにいたらしい。
魔王の口ぶりからして私が塔にいた頃から傍にいたのだろう。
それなのに、なぜ私には見えないのだろうか。
「このトカゲ……は、何なの?」
「サラマンダーだろうな」
「さらまんだー」
「炎の精霊だ」
「……この子が居るから、私は炎が得意なの?」
「そうだろうな。力が強くなれば見えるようにもなるだろう」
「そうなのね、じゃあ頑張らないと」
ぐっと握りこぶしを作ると、魔王は少し驚いたような顔をした。
そんなに驚かせるようなことを言っただろうか。
ずっと一緒にいてくれていたなら、見えていた方が嬉しいと思っただけなのだが。
「……あ、そうだ。ねえ、ベルディ」
「何だ?」
「あのね、リリアさんが、魔法を教えようかって言ってくれたの」
「……リリアが」
「ええ。どう思う?」
「……決して二人きりにはなるな。あれは、お主を気に入っているがそもそもとして人間と感覚が違うのだ」
「分かったわ。なら、ベルディが居るところで教えて貰う」
教わること自体は構わないのだろう、と頷くと、魔王はどこか不安げにしながら頭に手を置いてくる。
魔王は、リリアさんをあまり信用していないような気がする。
ベルさんには色々とものを頼むのに、リリアさんには何か言っているところをあまり見かけない。
どうしてだろうか、と考えてみても、分からないので仕方ない。
今、ベルさんとリリアさんが居ないことも関係あるのだろうか。
「ねえ、ベルディ?私が見てた夢は、リリアさんが見せてたの?」
「……ああ。今こうして戻ってこれているが、リリアの声について行けば二度と目覚めなかっただろう」
「そうなの。やっぱり、夢の中のリリアさんは怖いのね」
「夢でなくとも、だ。あれは人間を夢に引き込めるのだ」
教え込むように、諭すように優しい口調で淡々と言われる。
気を付けろ、と。本当に不安そうに言う魔王は初めて見た。
「ベルディは、リリアさんを信用していないの?」
「そう、だな。あれは、結局我に忠誠を誓っているわけでもない」
「……そうなの?」
「ああ。今は我のもとにいるだけだ」
そんなことはない気がするが、魔王が言うならそうなのだろうか。
そもそも私は魔王とリリアさんのことをそんなに知らないのだ。
聞いてみてもいいだろうか、と見上げると、魔王はそっと頭を撫でてくる。
リリアさんに夢に引き込まれたからか、いつもより魔王が甘い。
普段から甘やかされてはいるのだろうと何となく思っていたが、これは完全に甘々だ。
「ねえ、ベルディ」
「なんだ?」
「私、貴方が魔王になった頃のこと何も知らないわ」
私がそんなことを言うと、魔王は何か考えるように黙ってしまった。
何も知らないのに、リリアさんを警戒しろと言われても疑問に思ってしまうから、せめてなぜそんなにリリアさんだけを警戒するのかが聞きたかった。
魔王は、言葉を忘れてしまったかのように黙り込んでいる。
聞いてはいけないことだったのだろうか。これで、もしもこの関係の崩れるようなことがあれば私はそれを酷く後悔するだろう。
「……ベルから聞くのが良いだろう」
「ベルディは話してくれないの?」
「我から話すと、主観が混ざる故な」
「そうなの……」
話したくないことなのだろうか。
それでも、聞くなとは言わないのが魔王の優しさなのだろう。
……なのだろうけど、ベルさんに聞くと言ってもどうやって声をかければいいのか分からない。
呼んだら来てくれるだろうか。
考えている間に魔王は私を抱えたまま立ち上がり、家の中に向かった。
机の上には食事が用意されていて、魔王は慣れたように食器を出して食事を始める。
向かい側に座らされてフォークを渡されて。とりあえず食事を始めるが、なんとも言えない空気が流れている。
今までこんな空気になったことがないので、どうしたらいいか分からない。
分からなかったが、食事はいつも通り美味しかった。
美味しいのだが、無言なのでなんというか息が詰まるようだ。
……聞かない方が、良いことだっただろうか。そんなことばかりが浮かんでは消えていく。
それでも、聞いておきたいことだったから。
後悔しているような、していないような。
とりあえず、今は目の前の皿を空にすることだけに意識を向けることにした。




