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34 これは、強い怒りの気配です。

 どこか遠くから、私を呼ぶ声がする気がしている。

 とても安心する声なのに、どうしてかそちらに行こうと思えない。

 どうしてだろう、私はどこに行こうと思っていたのだろうか、と考えていたら、反対側から別の声がした。


 その声も知っている声。

 女の人の声。楽しそうに私を呼んでいるその声が、やけに魅力的に感じた。

 ああ、こっちへ行ってみようかなと足を向けたら、目の前に知らない何かが現れた。


 小さな炎の塊のような、炎を纏ったトカゲのような。

 絵本で見たことがある気がするその生き物は、私が進むのを拒みたいらしい。

 どうしてかは分からないが、声を出してはいないはずのその生き物の言いたいことがわかる気がした。


「向こうに行った方がいいの?」


 女の人の声ではなく、反対側から響いている最初から私を呼んでいた声。

 そちらに向かおうとする分には、妨害はしてこないようだ。

 歩き始めてみると、なぜためらっていたのか分からないくらい軽く体が動く。


 早く向こうにいかなければという意識が強くなる。

 だって呼ばれているのだ。答えなければ。


「ベルディ……!」




 リリアを追って空に上がったまでは良かったが、急加速した彼女を追っている間にルディア様が夢の中(リリアの領域)に引き込まれてしまった。

 引き込んでしまえば主導権はリリアにある。どれだけ強い魔力を持っていても、夢魔に夢で勝てるわけはないのだ。


「申し訳ございません、魔王様……」

「……リリア。何が目的だ」

「ふふふ。何がと言われれば、魔王様がルディア様をあまりにか弱いと思い込んでいらっしゃるので、実際のところを知っていただこうかと」


 事が起こる前にリリアを捕縛出来なかった私にも非はあるだろうに、魔王様は私を見すらしない。

 リリアをじっと見て、その視線を徐々に険しいものに変えていくだけだ。

 見られているほうは全く何も気にしていない様子でいつも通りに返事をしているのが一種異様ですらある。


 だが、どこか懐かしいとも思ってしまった。

 リリアはそもそも、強いものに従うという意識が特別強いのだ。

 人間との戦争中は無敗の将だなんだと呼ばれていたし実際恐れられるだけの実力はある。


 それが故なのかそもそもの性格なのか、たとえ魔王が相手であっても気に食わないことは敵対の意思を見せるし、隙があれば噛みついてくる。

 ……それでも、今の魔王様には従うつもりでいたはずなのだが。それが一体どこで切り替わったのか、何が気に食わなかったのか。


「お前に何が分かる?」

「魔王様よりは分かりますよ。貴方と違って、我々はずっと人間と対峙しているのですから」

「リリア!」


 明らかな敵意の声色に、思わず静止をかける。

 気付いていないはずがない魔王様の威圧を無視したことへの静止だったのかもしれない。

 今までこんなことはなかったのだ。


 リリアは、魔王様と衝突する気はないと自分で言っていたのだから。

 初めから気に入らなかったのなら始まりのあの日に、潰されたかつての同僚と同じ結末を迎えていたはずなのだ。


 そうでなくても今まで起こさなかったことをなぜ今起こすのか。

 原因があるとすれば、いまだに夢の中を彷徨っているこの人間の少女である。

 リリアはこの少女をそれなりに気に入っていたはずだ。何かと世話を焼こうとするのは見ていた。


「魔王様は何を怖がっているのですか。その少女が壊れることですか。確かに人間は脆いですが、多少焦げても死にはしないですよ」

「おいリリア」

「ベルちゃんはちょっと黙ってて」


 かけた静止を振り払われるのも、久々の感覚だ。

 一体なぜ、というそれだけが思考に残り続ける。

 どうしたらいいだろうか、と魔王様を見ると、彼は腕の中に収めた少女をじっと見つめていた。


「魔王様。ルディア様はか弱いだけの少女ではないですよ。それだけなら、貴方はこの子を連れ出さなかったはずです」


 その声にも、王は答えない。

 ただ眠る少女を見ているだけだ。


 そこからどのくらい時間が経ったのか。空気が重いだけで、それほど時間は経っていないのだろう。

 魔王様の腕の中で、少女が身じろいだかと思ったらゆっくりとその瞼が開いた。


「……ベルディ……?」

「起きたか」

「わたし、ねてたの?」

「さて、行きましょうかベルちゃん」

「な、おい!」


 寝ぼけているだけなのか、目を擦る少女を一目見てリリアは急に踵を返した。

 魔王様からも追えという視線を感じるので、その後を追いつつ思考を回す。


「おい、リリア!?」

「ベルちゃーん。私魔王様に潰されたりするかなぁ?」

「気にするならなぜあんなことをしたんだ!?」


 自室に入るなり抱き着いてきたリリアの頭を叩きつつ思ったことをそのまま口に出してしまった。

 ひーんと情けない声を出すその様子は、非戦時のリリアとしてはとてもいつも通りである。


「だって、魔王様が過保護すぎてルディア様の魔法の特訓が牛歩だからついカッとなって……」

「カッとなるってお前……それで自分の領域に引き込むな」

「そうでもしないと魔王様に邪魔されるもの」

「全く……肝が冷えた。何が魔王の快刀だ。持ち主を刺してどうする……」

「一人くらいそういう部下もいないとじゃない?二人は従順すぎるもの」


 調子に乗り始めたので抱き着いてきている腕を剥がして身体をベッドに放り投げる。

 とりあえず、会話という名の情報収集に勤しむしかないようだ。

怒りの気配は多分リリアさんのものです。

魔王はそんなに怒ってない気がする。

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