28 それは、優しい色でした。
食事を一通り終えて、魔王が残りを食べるのを眺めながら果実水を飲む。
しばらくそうしていると、魔王が開いた皿を回収していく人に何か声をかけていた。
何をしているのかと思ったら、少しして別の皿を差し出された。
上には、何か焼き菓子のようなものが乗っている。
魔王を見ると、微笑んで皿を渡してくる。
フォークも渡されて、とりあえず一口放り込んだ。
一口噛んで、口の中に広がったのは甘酸っぱい果実の味。
自然なその甘さをサクサクの生地が包んでいて、噛むたびに口の中には果実が広がる。
「こ、これは何?」
「タルトというらしい」
「たると……」
「どうだ?」
「美味しいわ!」
ふわふわの菓子も美味しかったが、これも同じかそれ以上に美味しい。
この国は、本当にお菓子の種類が多いようだ。
私がタルトを頬張っている間、魔王はお茶を飲みながらこちらを眺めていた。
お腹はいっぱいだったはずなのにタルトは食べきれてしまうから不思議だ。
空いた皿にフォークを乗せ、そっと息を吐く。
お茶を差し出されたのでそれに口をつけてから魔王を見上げた。
魔王は楽しそうにこちらを見ていて、そのままじっと見つめていると手が伸びてくる。
「……なに?」
「付いているぞ」
「え?」
口の横を拭われた。
どうやら、タルトの生地が付いていたらしい。
拭われた後に自分でも口元を拭いてみたが、もう何もついていなかった。
「さて、行くか?」
「ええ」
食事を終えて店から出て、行く先はないらしいので何となくで方向を決めて歩き出す。
のんびりと歩いて、目に入った店を覗いてみたりして。
装飾品の店があったので中に入ってみると、そこにはきらきらと光る飾りたちが置いてある。
「わあ……」
「見て回ってみるといい。触れぬようにな」
「分かったわ!」
触れないように、と言われたので少し遠巻きにそれを眺める。
色々見ていたのだが、一つ、黄色に輝く宝石があった。
ただの飾りなのだろう。宝石と金具だけで、装飾も多くはない。
でもそれが妙に気に入ってしまって、じっと見ていたら魔王が後ろに来ていた。
見上げると、魔王はその宝石を見ている。
「気に入ったのか?」
「……ええ。なんだか、これだけすごく綺麗に見えるの」
「……なるほど。そんなに好きか」
何がだろう。
この石のことなら、そう言われるほど見ていただろうか?
「これの名は分かるか?」
「……分からないわ」
「オーロベルディ。一度聞いただけで覚えたのだから、よほど好きなのかと思ったが」
言われてハッとする。
一度遠目で見て、漏れ聞こえてきた名前だけをしっかり憶えていて魔王の呼び名にした宝石。
それが、この宝石であるらしい。
「これが……?」
「ああ。気に入ったなら、買っていくか」
「でも、高いんじゃ……」
「気にするな。通貨は使わないと邪魔なだけだ」
そういうものなのだろうか。
それとも、魔王が魔王だからそんな風に思うのだろうか。
考えている間に魔王はその宝石を買い取って、何か考えてから私に向き直った。
そして、どこからか細身の布を取り出して私の首元に巻き、買った宝石を着けた。
どうなっているのかは分からないが、魔王が満足げに頷くからこれでいいのだろう。
「うむ。似合うな」
「そうなの?」
「ああ」
似合う、らしい。
よく分からないが、何となく嬉しい。
そのまま店を出て、またゆっくりと歩き始める。
ふと首元に目を落とすと、光を浴びて光っている宝石がある。
そっと指で撫でると、魔王に頭を撫でられた。
「ねえ、ベルディ」
「なんだ?」
「やっぱり、ベルディの目はこれだったわ」
「……そうか」
光を受けて、キラキラと輝く黄色。
優しく細まる魔王の目。
どちらも、同じ色だ。
一度遠目で見ただけで、全く違うものだったような気もしていたが、記憶の中のそれと自分の首元にあるそれは同じもの。
私は意外と記憶力がいいのかもしれない。
「……今度、ルディアの色も探してみるか」
「宝石?あるのかしら」
「そうだな……スピネル、ルベライトあたりか」
「るべ……?」
「赤色の宝石だ」
「そうなの」
私の目の赤と、同じ宝石はあるのだろうか。
自分の目の色はたまにしか見ないので、どんな色なのかはよく分からない。
赤い、ということは分かっているけれど。
目に手を持っていってみても、色が分かるわけでもなく。
ぼうっと考えていたら、魔王は微笑んで立ち止まり、どこからか何か板を取り出した。
差し出されたので覗き込むと、私の顔が写っている。
「ルディアの目は、光の当たり方で色が変わるからな。深い時の色と明るい色とどちらがいいか」
「今は、どっち?」
「明るい色だな」
「そうなの」
今の色は、少し薄い赤色。
魔王が言っていた2つの宝石はどちらの色なのだろうか。
考えてみたが分からないし、今はいいかと思い直す。
「……ねえ、草原とか、ないかしら」
「草原か?」
「草の上で寝転びたいわ」
「なら……そうだな、少し歩くがなくはない」
急に思いついたことをそのまま言ったら、魔王は少し考えてから行く方向を指さした。
ないかと思ったが、あるらしい。
言ってみるものだななんて思いながら、歩き出した魔王を追いかけた。




