27 それは、随分と嫌われていました。
こちらを睨みつけてくる鳥は、魔王には甘えるようにすり寄っていく。
この鳥が、魔王が店の位置を間違えない理由なのだろうか。
「……この子は?」
「我の使い魔だ。常に上空におり、我の目になっている」
「目に?」
「ああ。魔力を使って視界を奪うのだ。それで、上から物を見る」
魔力、ということは、魔法とは違うものなのだろうか。
そのあたりの呼び分けというか、区切りがよく分からない。
魔法で、というときは魔法というので、多分何かしら違うのだろう。
見つめていると、鳥は私を睨んでからふいっと顔を逸らしてしまった。
……何か、嫌われるようなことをしただろうか。
「これ」
「……クァ」
魔王に窘められて、鳥は甘えた声を出した。
そして、そのまま空に上がっていく。
「……あの子には嫌われているみたい」
「あれは我に近いものは大抵嫌うのだ」
「そうなの」
それはつまり、ベルさんやリリアさんも嫌われているということなのだろうか。
魔王が旅をしている時はベルさんが見えないが傍に居ると聞いていたが、あの鳥と仲が悪くても大丈夫なのかと少し不思議になってしまった。
……今まで私が大丈夫だったのだから大丈夫なのだろうけれど。
そもそも魔王が今まで何も言っていなかったのだから大丈夫なのだろう。きっと。
「さて、行くか」
「ええ」
手を引かれて歩き出し、魔王の顔を盗み見る。
あの鳥は、魔王にとても懐いているようだった。
いつから一緒にいるのだろうか。
魔王が魔王になったのも、かなり前のことだと言っていたけれど。
それでも、それより前があるのだろう。
その頃は何をしていたのか、聞いてみようかと思ってずっと躊躇っている。
「どうした?」
「何でもないわ」
「そうか」
じっと見ていたら、不思議そうに振り返られた。
魔王は視線や気配に敏感だ。
見えていなくても、それで何かを判断していることもあるらしい。
私には分からないことだ、と思っていたが、魔法を扱えるようになると出来ると言われた。
魔王が見ている世界を覗き見出来たら、それはきっと楽しいだろう。
「見えたぞ」
「あそこ?」
「ああ。席はありそうだな」
考えながら歩いている間に、向かっていた店に着いたらしい。
店の中に入って、案内された席に座る。
魔王が注文をする声を聴きながら、窓の外に目を向けた。
人の流れをぼんやりと眺めている間に注文は済んだらしく、魔王は私の視線を追うように窓の外を眺め始める。
それを横目で見て、外に目を戻したところで楽し気な声が聞こえてきた。
「何か面白いものでもあったか?」
「……みんな、目的があって動いてるのよね?」
「まあ、大半はそうだろうな」
「……すごいなって、思って」
これだけの人数の人が、全く違う目的で同じように動いているのが、なんとも面白くて。
そんなことを素直に伝えると、魔王はひどく優しい笑みを浮かべた。
本当に、この表情を見た人にこれが魔王なのだと伝えても信じる人はいないだろう、とそんな笑みだ。
以前より、こういう表情をすることが多くなった気がする。
何かあったのか、私が気付いていなかっただけなのか。
どちらにしても魔王らしくはない。
そもそも空席になった「魔王」の席に仕方なく収まっただけらしいので、魔王らしくなくても当然なのかもしれない。
だが、魔神であるというそれも何か違和感があるような笑みだ。
神とはこんなに親しみやすい位置にいるものだろうか。
私が読んだものに出てきた神は、もっと曖昧で近付きがたいものとして書かれていた。
読み物というものは、意外とあてにならない。
「ルディア」
「なあに?」
「この国は楽しいか?」
「……そうね、初めてみるものだらけで、面白いわ」
「そうか」
そもそも、私が見たことのあるものなどほとんどないのだが。
それでも、この国が他とは違うのだろうということは分かる。
それはとても面白いとも、思う。
魔王は私の返事を聞いて満足げに微笑んだ。
そんなに、嬉しそうにする返事をしただろうか。
魔王の感覚は分からない。と考えているうちに頼んだものが運ばれてきた。
料理と共に運ばれてきた果実水を先に渡され、それを手元に引き寄せている間に机の上は料理で埋まる。
魔王は、よく食べる。
摂取する必要がなく、ただの娯楽で食べているため上限はないらしい。
「この前飲んだものとは違うだろうが……どうだ?」
「美味しいわ!前のは甘かったけど、これはそれよりさっぱりしてる」
私が色々と摘まんで、もう入らない、となってから魔王は食べる速度を上げる。
つまりは私の空腹を落ち着かせるためと、色々食べさせるための時間なのだ。
魔王に連れ出されてから色々なものを食べた。
本当に色々なものを食べて、それでも1番美味しかったものは自分で釣って魔王が焼いてくれた魚だった気がするのだから不思議なものだ。
……その次で言うと、甘いものな気がするけれど。
「……これはなに?」
「豚の煮込み料理だ。味付けは濃いからな、パンに乗せて食べるといい」
それでもまだ、食べたことのないものは多いだろうから。
いつか、あの魚以上に美味しいものにも出会うのだろう。




