26 それは、どこか怖い気配がしました。
眠っているその姿を見て、ふっと笑みが零れた。
見事な漆黒の髪を一束持ち上げても、気付く様子も起きる様子もない。
自衛を出来るように出来ていないのだ、この少女は。
それを、そのまま。
少しの力を与えつつ、本質は変えてしまわないように。
そうして見守ることにして、自分の手の届くところから出さない理由は一体何なのか。
きっとそれは自分以外の誰にも分らないことであろうし、もしかしたら自分でも良く分かっていないのかもしれない。
それでも、とにかくこの少女に害はなさせまいと思うのだ。
あの小さな塔の上に押し込められた姿を見た時に、なぜかその感情が現れた。
自由を与えよう、知識を与えよう、力を与えよう、あらゆる場所へ連れて行こう。
それを手助けするのは、自分以外にはないのだと。
なぜだかそんな感情が芽生え、今で連れまわしてきている。
神というのは気まぐれなものだ。
自身もそうであるから知っている。周りの神々が、自身より奔放であるからこそ端的な事実として知っている。
故にこれは、きっと自分の気まぐれなのだろう。
その魔力の本質に触れたいと思ったからなのか、触れてはならぬという自戒があるからか。
とにかく、守り慈しむ。それが自分が起こした気まぐれの内容であるらしい。
朝日が顔に降りかかる。
眩しいからと布団の中に潜り込もうとしたが、その前に意識が覚醒し始めた。
ひとまず光から逃げて、身体を起こして窓辺を見る。
そこには魔王が座っていて、いつものようにお茶を飲んでいた。
じっと見ているとカップを置いてこちらに歩いてくる。
「おはよう」
「おはよう。目は覚めたか?」
「ええ」
「なら、今日の予定を立てよう」
髪を梳かされながら、そんなことを言われた。
魔王の方を見ると、ふっと微笑まれる。
「……この国には何があるの?」
「そうだな……魔力で稼働するものが、他の国よりもずっと多い。たまにはただ散策でもしてみるか」
「さんさく……」
「目的は作らずに歩きまわる。何か気になるものが見つかるかもしれん」
普段は一つの国にそれほど長く留まらないので、何か目的地を作って移動しているらしい。
今回はそれなりに長く留まる予定だ。だから、ただ歩き回るのもいいだろうと。
……確かに、それも楽しいかもしれない。
「どちらに行くか」
「昨日行ったのは、どっち?」
「ふむ……おいで」
立ち上がって、窓辺に置かれた机の方に向かった魔王が優しい声で言った。
今の声を聴いてしまうと、どうしても魔王だとは思えなくなってしまう。
とりあえず寄っていくと魔王が飲んでいたカップは避けられて、机の上に見たことのない地図が広げられた。
「これは?」
「この国の地図だ。昨日行った店はこのあたり。この宿は、ここだな」
「……結構離れてるのね?」
「ああ。この国は円盤で移動が出来るからな、離れていてもある程度は移動できる」
「そうなの……どのあたりが楽しい?」
「このあたりは住宅街だな、何もないだろうから、行くならこちらか」
「じゃあ、そっちにしましょう」
地図の上をスルスルと移動する魔王の指を目で追いながら、向かう先を決めて窓の外を見る。
……結局、どちらに行くのだろうか。
「向こうが杖の店だ。行く方向は、あちら」
魔王が指さした方向は、思っていたのとずれた方だった。
結局、魔王がいなければ移動もままならないのだ。
上から被さるように窓を覗く魔王を見上げて、本当に魔王なのだろうか、と何度目かの疑問をかみ殺す。
「さ、着替えるといい。朝食は移動の後でな」
「分かったわ」
服を渡されて、それに着替えて魔王の傍による。
今日は髪は結ばないのかと思っていたのだが、そっと髪に何かつけられる。
結んだわけではなく、耳の後ろから何かを通して上で結ばれたらしい。
髪はまとまっていないが、これでいいのだろうか。
見上げると満足げに頷かれたので、これでいいらしい。
「何が食べたい?」
「……果実を絞った飲み物は、手軽に飲めるもの?」
「果実水か。ものによるが、以前飲んだようなものは手軽だな」
食べ物ではなかったが、その回答で良かったらしい。
目的地が決まったようで、そっと手を引かれる。
ついていくとまたあの円盤が行きかう広場に着いた。
やはりこれで移動するようだ。
慣れた方がいいのだろうが、まだしばらくは無理なようである。
魔王にしがみついている間に移動時間は終わるのでまだいいが、これが長時間になるとだいぶ疲れそうだ。
「さて……こっちか」
「……ベルディはお店の場所を全て覚えてるの?」
「いや?……そうだな、見せてもいい時期か」
そういって、魔王は上を見上げた。
つられて見上げるが、特別何か見えるものはない。
と、思っていたのだが。
魔王が小さく何か呟くと同時に、空から何かが急降下してきた。
驚いて目を瞑ると、魔王に抱き寄せられる。
肩を叩かれて目を開けると、目の前に一羽の鳥がいた。
特に珍しくもないその鳥は、鋭い眼光を私に向けてきている。
その視線から逃げたくなるような、睨むような目つきだった。




