23 それは、大変美味でした。
夢の中で、何かに会っていた気がした。
初めて会うはずなのに、すごく安心する相手。
初めて見る姿なのに、なぜか見慣れている気がした。
その不思議な感覚を持ったまま目覚めたはずなのに、起きた時には何も覚えていなかった。
ぼんやりと眠たい目を擦って辺りを見渡すと、魔王が窓辺でお茶を飲んでいる。
どの国でも、大体魔王の朝は窓辺でお茶をすることになっているらしい。
「ん、起きたか」
「ええ……おはよう」
「おはよう。目が覚めたら食事ついでに工房を見に行こう」
「こうぼう」
「杖を作るところだ」
手招きされて近付いていくと、椅子に座らされて髪を結ばれた。
今日は髪を編んで、先端に飾り紐をつけて前に垂らされる。
振り返ると満足げに頷かれた。
「目は覚めたか?」
「ええ」
「なら、着替えた後に行くとしよう」
そういって、魔王は先に部屋から出ていった。
着替えて追いかけると、何が食べたいかと聞かれる。
いつも通りに任せると言って魔王の服を摘まむと、手を取られた。
「シチューが絶品な店がある。そこにするか」
「分かったわ」
魔王が絶品というなら、それはそれは美味しいのだろう。
そのあたりの評価がやたらと厳しいのを私は知っているのだ。
手を引かれて進むのは、宿のあった通りからそれほど離れていない細道だ。
この先に何かあるのだろうか、と魔王の背中越しに先を見てみたが、何があるのかは分からなかった。
とりあえずついて行きながらもう少し歩くようなら聞いてみよう、と思っていたのだが、道は思っていたより早く開けた。
道の先には、何か円盤のようなものが漂っていて、その周りに人が集まっていた。
魔王もその人の列を目指しているようである。
「べ、ベルディ?これは何?」
「あれに乗って移動するのだ」
「あれに?」
「ああ」
「落ちない?」
「落ちないように出来ている」
そういって笑って、魔王は少し奥の円盤に向かっていった。
後を付いて行って、手を引かれて円盤の上に足を乗せる。
しっかりしているのは分かるが、これが飛ぶとなるとやはり怖い。
魔王にしがみついて、軽く笑われながら頭を撫でられる。
ここからどう動くのだろうか、と思っていたら円盤が動き始めた。
ゆっくりと上がっていくその感覚に足がすくむが、上から国の中を見渡すのは中々楽しかった。
魔王が手を回していてくれたので、上にいる間周りを見渡す余裕があったのだ。
空をどのくらい飛んだのか、だいぶ景色が変わったところで円盤が下に向かい始めた。
その感覚に驚いて魔王の服を掴む手が強くなる。
魔王は平然と前を見ているが、私はそんな余裕がない。
周りを見ることもしないで魔王にしがみついている間に、いつの間にか地面についていたらしい。
手を引かれて円盤から降りて、振り返ると円盤は別の人を乗せて空に上がっていくところだった。
あの円盤は国の中を広く飛び回っていて、あれに乗って移動するのがこの国を歩き回る上での常識なのだという。
……この国にいる間に、慣れないといけないことが多そうだ。
まだ足元がふわふわしている気がするが、地面は動いているわけではないらしい。
魔王にそれを言うと、そのうち慣れる、と笑われた。
「飛ぶこと自体は怖くないのだろう?」
「だって、あれはベルディが飛んでるんだもの」
「……同じではないか?」
「ベルディなら安心でしょう?」
私としては当然のことだったのだが、魔王は何か考え込んでしまった。
最初から、魔王は飛べることが分かっていたのだし、最初に連れ出された時から空を行っていたのだから怖くはないだろう。
だが、初めて見る得体の知れないものに乗って空を移動するのは怖い。
と、それだけのことなのだが、何でも知っていそうな魔王が理解に時間をかけるのは意外だった。
そのあたりの思考回路は人間と違っていたりするのだろうか。
「……まあ、いいか。着いたぞ」
「ここ?」
「ああ。この時間なら空いているだろう」
入った店の中は、魔王の言う通りほとんど人がいなかった。
椅子に腰かけて、魔王が食事を注文しているのを聞きながら店の中を見渡す。
最近覚えたことだが、こういった酒樽を大量に置いている店の込み合う時間は夜なのだ。
魔王はそういった店の方が詳しいので、何となく見分けられるようになってきた。
曰く、無駄に高くて格式云々いう店よりこういった店の方が色々あって面白い。
……つまりは、魔王の好みらしい。
「……ここの店は、何のスープ?」
「色々あるが……今回は兎肉だ」
「うさぎにく」
「ああ。兎を見たことは?」
「本でなら」
「そうか」
話していると、そのスープが運ばれてきた。
一緒に運ばれてきたパンを渡されて、受け取ると随分固い。
このまま食べるのは骨が折れそうだ、と思って魔王を見ると、スープを指さされた。
「……浸けるの?」
「ああ」
魔王がパンをちぎってスープに浸しているので、それを真似して口に運ぶ。
すると、固かったパンはスープを吸って柔らかくなり、口の中でスープの旨味が広がった。
「どうだ?」
「美味しい!」
「だろう」
楽し気に笑った魔王を横目に、スープをいそいそと口に運ぶ。
やはり、魔王の味覚は何より信頼出来るのだ。




