21 それは、初めての辛さでした。
昨夜の祭りは、踊りの輪に出たり入ったりを繰り返して夜遅くまで参加していた。
その後、ある程度踊れるようになった後に祭りから抜けて宿に戻り、そのまま疲れて眠ったのだ。
今、目が覚めて昨日のことを思い出していたところなのだが、何故か動くと足が痛い。
どこか怪我でもしたのかと思ったのだが、別に傷もない。
「おはよう。どうした?」
「おはよう……足が痛いの」
手にカップを持って部屋の奥から現れた魔王は、そっとカップを置いて私を抱え上げた。
そして、そのままそっと足に触れる。
そのまま何か考えるように私の頭を撫でた。
「昨日急に動いたからだろうな。放っておけば治るが、気になるようなら今治すか?」
「んー……今日は、いいわ。辛かったら言う」
「そうか。なら、朝食でも食べに行くか?」
「ええ」
言われて、窓辺でお茶の飲み始めた魔王を横目に、置かれた着替えに手を伸ばす。
伸ばして、手だけでは足りなかったので身体ごと伸ばそうとして、足が急に痛んだ。
「ひゃあ!?」
「大丈夫か?」
「……何で、こんなに痛いの?」
「筋肉が切れて、今再生されているところだ」
「……分からないわよ……」
言いながらベッドに落ちると、魔王は笑いながら横に来た。
そのままそっと足を撫でられ、撫でられた場所から痛みが引いて行く。
顔を上げると、頬が緩んだままの魔王に頭を撫でられた。
「……治った」
「だろうな」
「どうやるの?」
「扱うなら、魔法の基礎からやらなければいかんな」
「これとは扱いが違うの?」
前に買い与えられた魔法印紙に手を伸ばしながら聞くと、伸ばした先にあった印紙を取って渡される。
それを見ながら魔王を見上げると、魔王はもう1枚紙をとって手の中で弄ぶ。
「これは、元々込められている魔法に魔力を込めて、書かれている魔法を発動させるものだ。魔法を扱うなら、ここに書かれているものを自分で組まなければいけない」
「……難しそう」
「ルディアなら、まあ出来るようになるだろう」
「そうなの?」
「ああ」
魔王がいうなら、そうなのだろう。
教えてくれるのだろうか、と見上げると、微笑まれて頭を撫でられる。
「人間が魔法を操るには道具が要る。作りに行くか」
「道具」
「町の中で、石のはめ込まれた杖を持っている者たちがいるだろう?あの杖がその道具だ」
言われてみれば、見た事があるかもしれない。
というか、街を見渡せば一人くらい目に着くだろう。
「長さはみんな、違うのね」
「ああ。使う者によって得意な長さがあるのだ」
「だから、作るの?」
買うではなく作ると言ったのが気になって、そんなことを言った。
魔王は頷いて何かを取り出した。
「杖」
「これは、最も小さい物だ。懐に入る」
「自分の背と同じくらいのモノを抱えた人もいるわよね?」
「ああ。あれが最も大きいものだな」
魔王の膝の上に乗せられていた頭を動かして、仰向けに寝転がる。
いつもとは違う位置から見上げてみているが、やはり魔王には見えなかった。
「どうした?」
「……ベルディは、杖なしで魔法を使っているわよね?」
「ああ。我は魔王故な。魔族は、体内に魔法回路が組み込まれている。故に杖は必要ない」
「まほうかいろ」
「この絵柄のようなものだ」
聞いてもよく分からなかったが、何か難しそうだと感じた。
それでも魔王は出来ると言った。だから、出来るのだろう。
「……何なら、今から作りに行くか」
「今から?近くで作れるの?」
「いや、少し遠いが夜までには着く」
どうする?と笑顔で聞かれて、やってみたいと呟けばそれで行き先が決まる。
着替えて宿を出て、まだまだ賑わっている広場の中で適当に朝食を買う。
食べながら国を出て、そのまま少し歩いてから魔王に抱えられた。
進む方向は、多分来た方。つまりは海の方だろう。
あの島の近くを通るのかと思ったが、そういうわけではないようだ。
「どっちへ行くの?」
「あちらが島、あちらがベーゼル。向かうのは向こうだ」
「逆なのね」
「ああ」
そんな話をしている間も、魔王は海の上を進んでいる。
海のほかは何も見えないので分からないが、結構な速度で進んでいる気がする。
「む。そうだ」
「どうしたの?」
「この時期なら、一度目の収穫の前だな」
「何が?」
聞いても、魔王は教えてくれない。
見てからのお楽しみだ、なんて言って笑うだけだ。
教えてくれないのに問うても仕方ないので、目線を下にずらして足元に広がっている海を見渡す。
すぐに通り過ぎてしまうので分からないが、海には色々なものがいるようだ。
それに、何か。
海を見ていて少し違和感がある気がした。
「……海の色、違う?」
「ああ。……降りてみるか?」
「ええ」
普段見ていた海は、青かったと思うのだが、この海は緑色をしているようだ。
近くの砂浜に下ろして貰って海に近付くと、光を反射した海面がキラキラと光っている。
「わあ……」
「この辺りの海は、晴れているとこの色になるのだ」
「すごい、綺麗ね」
「そうだな」
森の緑や花の緑はそれなりに見てきたと思っていたのだが、この透き通るような薄い緑は初めて見た。
あまりにも綺麗でしばらくそこに留まってしまったが、魔王は何も言わずに海を眺めさせてくれた。




