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20 それは、転んでしまいそうでした。

 いい香りがした。これは確か、魔王がよく飲んでいるお茶の匂いだ。

 苦いので飲めはしないが、その香りは好きだった。

 その香りが部屋に満ちている中で起きるのは久しぶりな気がする。


「起きたか」

「ええ。おはよう」

「おはよう。今日は夜が本番故な、今はゆっくりしているといい」

「夜?何かあるの?」

「皆で夜通し踊るのだ。ま、途中で抜けるがな」


 そう言って、魔王は私を手招きした。

 近くに寄ると、窓から飾り付けられた広場が見える。

 まだ朝早いのに、チラホラと人が居る。


「……なぜ、踊るの?」

「ここの神は賑やかな宴が好きだから、踊り明かして神を喜ばせるのだ」

「神」

「……と、言い伝えられているから、だな。実際に神が居るのかは、そう問題にはならん」


 自分が神であるはずの魔王がそんなこと言った。

 魔王は、ここに本当に神が居るのかどうか知っているのだろうか。

 聞いても教えてくれない気がしたので、そのことは深く考えないことにした。


 窓から見える範囲の人は座っているが、この国に来たときからずっと響いている音楽は止まっていない。

 まだ、誰か踊っているのだろうか。


「ルディア」

「なあに?」

「宴の踊りを踏んだことはあるか?」

「ふんだこと?」

「踊ったことは?」

「ないわよ」


 見るのだって、初めてだ。

 昨日初めて見て、綺麗な布の舞う様子や複数の人が同じ動きをする様子に目を丸くしていたのだから、踊れるわけがない。


 それを聞いて、魔王は楽しそうに笑った。

 そして、カップを置いて立ち上がる。


「やってみるか」

「え?」

「見ているだけより、混ざった方が楽しかろう」

「で、でも。そんな簡単に出来るようになるの?」

「任せておけ」


 そう言って、魔王は私の手を取った。

 そのまま数歩動いて、窓際から部屋の中心に移動する。

 流れるように手を引かれて、どうしたらいいのか分からなくて止まってしまう。


「右手は伸ばして、左手は胸に」

「むねに」

「こう」


 魔王がした動きを真似して、自身の胸に手を当てる。

 魔王は違う動きをしたので、そういうものなのだろう。

 そこから、ゆっくりと指示を出されてその通りに動く。


 足を動かして、手を動かして。

 魔王に手を引かれて、そっと押されて。

 よく分からないなりに、楽しかった。


 ゆっくりと1回の動作を終えたら、少し速度を上げて同じことをもう一度。

 それを繰り返していたら、いつの間にか外も賑やかになっていた。


「まあ、そうしっかりやる物でもないのだがな」

「そうなの?」

「ああ。我はずっとこれで踊っていた」


 そのずっとは、どのくらいずっとなのだろうか。

 動きに迷いがなくなるのは、どのくらい踊っていたらそうなるのだろうか。

 それを聞いてはいけないのだろうか。


 知りたい気持ちと、知ろうとしてはいけないような気持ちがあって、どうしたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

 ジッと魔王の顔を見上げていたら、魔王と目が合った。


「どうした?」

「何でも、ないわ」

「そうか。出店もある、行くか」

「ええ」


 今日は髪を下ろしたまま、手を引かれて外に出る。

 宿を出てすぐの道はすでに人で溢れていた。

 こうなってしまっては、私は自力で歩けない。


 魔王にくっついて歩いていると、先を歩いて先導していた魔王が止まった。

 何か買うものでもあるのだろうか。

 肩越しに覗くことも出来ず、魔王が再び歩き出すまで辺りを見て暇をつぶす。


 ほどなくして魔王が動き出したので、素直に後ろをついて行くと少し人通りの少ない場所に出た。

 魔王が振り返ったので、どうしたのかと思って見上げると頭に何かかけられる。

 薄い布、だろうか。


「これは?」

「祭りで踊っている女子たちが付ける飾りだ。着けているといい」

「そう。分かったわ」


 自分ではどうなっているのか分からないが、広場で踊っている人たちが着けているものと同じものなのだろうか。

 色とりどりの薄布に、花の飾りが付けられている。


 私の頭に被せられた布は淡い紫のようだ。

 花は、何が付いているのだろうか。

 気になるが自分で外すことも出来ず、そのうち見れるだろうかと一旦諦める。


「さて。踊るか」

「……人とぶつかったりしないの?」

「それは任せておけ」


 流れるように手を取られ、引かれて広場の中に入る。

 常に人が増えたり減ったりしているようで、私たちが加わっても何かが変わったりはしない。

 先ほどまでずっと踊っていたものと同じだが、速度は先ほどまでよりずっと早い。


「ま、まって!転びそう!」

「ははは。転がしはせん。が、音の速度が決まっているのでな」


 魔王はたまに意地悪だ。

 この速度で踊ることが分かっていて、練習はさせてくれなかったのだろう。

 それでも、魔王に動かされるように足は動く。


 どうにか転ばずに一連を踊り終え、ずっと笑っている魔王に手を引かれて広場から外れる。

 私は、息も切れるし足ももつれそうだし、笑い事ではないのだが。


「初めの頃より体力も付いたではないか」

「そう?」

「ああ」


 そう言われれば、そうなのかもしれない。

 が、それどころではないのだ。

 魔王はまだ笑っていたが、適当な所に移動して飲み物を渡してくれた。

台風に怯えつつ書いていたら出来てしまったので上げます。

台風、怖いです。皆さまお気をつけて……これを読める余裕のある方はまあ大丈夫かもしれませんがお気をつけて……

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