18 それは、心奪われる光景でした。
この島にいる間、私は色々な事を少しづつやっていた。
編み物にも裁縫にも手を出したし、食事の支度を手伝わせても貰っている。
そんな中でも、1日に1回は魔王と共に釣りに出ていた。
教わりながら少しづつやり方を改善していって、全く魚がかからないということは無くなってきた。
それでもまだ、大きなものには逃げられてしまう。
今の目標は一定より大きなものを釣り上げる事である。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「ベルディは、ずっと釣りをしてるわよね?」
「そうだな」
「飽きないの?」
私は始めたばかりだが、魔王は昔からずっと釣りをしているはずである。
楽しくはあるが、そこまで夢中になる事だろうか。
「そうだな……同じ魚でも、引きの強さも動きも違うだろう?」
「そうね」
「全く同じ釣り方を出来ない、というのは中々面白いかもしれんな」
「……楽しい?」
「ああ」
楽しいのなら、いいのだが。
私が夢中になっているから付き合ってくれているだけなのでは、と少し思っていたのだ。
だがまあ、元々ずっと釣りをしていた時期もあったらしいし、それは私の考えすぎだったのだろう。
「ルディア」
「なに?」
「引いているぞ」
「え?あっ」
少し目を離した隙に、こうして魚が食いついて。
反応が遅れて焦っている間に逃げられてしまった。
笑う魔王を少しムッとしながら見返して、改めて餌を付けて海に落とす。
ジッと待っているこの時間は嫌いではない。
波の音が響いて、自分もその中にいるのではないかという気になってくる。
「……ねえ、ベルディ」
「何だ?」
「海の中って、どうなっているの?」
「入ってみるか?」
「……ええ」
それなら昼の内がいいだろう、と言って、魔王はすぐに立ち上がった。
それを追いかけていって、家の中に戻ってくる。
どうしたのかと聞いてくるリリアさんに海に入る、と短く答えて、魔王は私の背を押した。
「薄着になって来るといい。水を吸うと、布は重くなる」
「ルディア様、こちらへ」
「分かったわ」
促されて奥の部屋に入ると、そこには巨大な布がいくつも置いてあった。
何か作りかけの服のようなものもある。
「海に入ることもあるだろうと、それは先に用意しておいたのです!」
自信満々に出された薄手の服を、少し手伝ってもらって身に着ける。
ついでに髪も纏められ、笑顔で送り出された。
元の部屋に戻ると、魔王はその場で待っていた。
私を見て何かを考えるような素振りをして、そのまま手招きして外に出ていく。
それを追いかけて外に出て、海に向かっていく魔王について行く。
「はじめは足からゆっくりと入れ」
「そういう決まりなの?」
「勢いよく入ると、人の心臓は止まりかねん」
「そんなに簡単に?」
「ああ」
そういうものなのか、と納得して海に足を入れる。
冷たい。冷たいが、心地がいいと思える温度だ。
「そのまま、ゆっくりだ。海水の中で目を開けると目がやられる事がある。保護をかけておこう」
「目が?」
「ああ。純粋な塩水ではないからな」
海に入るというのは、中々大変なことらしい。
それでも、ゆっくり海の中に入って行って、魔王に手を取られて進む。
そこに足がつかなくなって、魔王にしがみ付くと笑ってそのまま進んでいってしまう。
「どうやって進んでるの?」
「やってみるか?」
「ええ」
魔王に教わって、足を交互に動かしてみる。
……進んでいる気がしない。
なぜ魔王はあんなに簡単に進めるのだろうか。何か魔法を使っているようには見えないのだが……
「さて、潜るか?」
「ええ!」
水に潜る、という行為自体が初めてなのだ。
この不思議な浮遊感も楽しいが、水の中を見てみたいという気持ちは強い。
「息を止めて、鼻を塞いでおけ」
「分かったわ」
言われた通りにすると、魔王に引き込まれて海の中に沈んでいく。
思わず目を閉じてしまってから、ゆっくりと開ける。
水面が、光を反射していた。
上から見るのとは違う、頭上が揺らめいている状態。
それがとても綺麗で、思わずほうっと息を吐いてしまった。
口から泡が上がっていく。綺麗だが、息苦しい。
魔王に水面まで引き上げられて、空気を吸い込んだ。
私を抱えている魔王は、楽しそうに笑っている。
「どうだった」
「すごく、すごく綺麗だったわ!」
興奮を隠しきれない声で言うと、魔王は笑う。
笑いながら濡れた髪を掻き上げてもう一度潜るかと聞いてきた。
「ええ、ええ!……長く見れないのが残念」
「なら、どうにかしてやろう」
「出来るの?」
「魔王が故な」
魔王と言うのは、何でも出来るようだ。
魔の神だと言っていたし、魔法に関することなら何でもできるという事なのだろうか。
それはつまり、魔法は何でも出来る、という事だろうか。
幼い子供の様な連想ゲームの答えは、そのうち魔王に聞くことにする。
今はただ、海の中が綺麗で、ずっと見ていたいと思った。
「海の中では音が通らぬ。何かあったら手を引け」
「分かったわ」
簡単な決め事だけして、もう一度海の中に沈む。
今度は、上だけでなく周りも見渡して。
魔王が魔法で呼吸を出来るようにしてくれたようで、どれだけため息を吐いても息苦しさは訪れなかった。




