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16 それは、初めての事でした。

 朝、柔らかな日差しに起こされて、目を擦りながら窓の外を見る。

 日は海を照らして、水面がキラキラと輝いていた。

 ぼんやりとそれを眺めて、ふと部屋の中に視線を戻す。


 普段なら朝の時間、窓辺でお茶をしている魔王は部屋に居らず、とても静かだ。

 どこにいるだろうか、と考えて、とりあえず服を着替えて部屋を出る。

 開いている部屋を見て回り、昨日食事を取った部屋を覗くとそこに魔王とリリアさんが居た。


「あ、おはようございます!」

「おはよう」

「おはようルディア。この後釣りに出るが、来るか?」

「ええ!」


 返事をすると、魔王に微笑まれた。

 リリアさんも楽し気にニコニコと笑っている。

 そのまま着席を促されて、席に着くと朝食を差し出された。


 それを頬張って、食べ終えたら魔王に付いて家から出る。

 家の裏には海にせり出す木張りの床があり、その上に簡素な椅子が置いてあった。


「ここ?」

「ああ。下が岩場になっていてな、魚が集まりやすい」


 言いながら椅子に座った魔王が軽く指を振ると、魔王の横に同じ椅子が現れた。

 促されてそこに座ると、頭に何かを乗せられる。


「これは?」

「日除けだ。もうすぐここも日向になるのでな」

「日には当たらない方がいいの?」

「全く当たらないのも問題があるが、当たり過ぎるのも問題だな」

「そうなの」


 魔王は被ってないが、これくらいは平気という事なのだろうか。

 釣り針に餌を付けて、海に落として、小さく動かしながら魚が食いつくのを待つ。

 魔王の釣竿が引かれるのを見ながら、自分の竿が動かないのを確認する。


「……釣れない」

「まあ、そんな日もある」

「難しいのね」

「慣れないうちはな。そのうち釣れるさ」


 のんびりと言われて、話しているうちに日が高くなっていく。

 結局私の釣竿に魚が食いつくことはなく、悔しさを噛みしめながら魔王の釣り上げた魚を眺める。


「ルディア、これをリリアに届けてくれるか?」

「ええ」


 魚の入った籠を渡されて、それを抱えて家に向かう。

 そう距離は遠くないが、籠はそれなりに重い。

 ただ歩くよりずっと時間をかけて家の扉まで運んで、中に入るとリリアさんは何か作業をしていた。


「あら、ルディア様。釣れましたか?」

「私は駄目だったけど、ベルディが」

「なるほどなるほど、この量なら、捌いて浸けて夕飯ですかね」

「さばいて、つける」

「やってみますか?」

「いいの?」

「もちろんです!でも、昼食が先ですね。魔王様もそろそろ来られると思いますし」


 昼食はすでに用意してあったようで、並べている間に魔王が家の中に入ってきた。

 並べられた食事を見て満足そうに笑い、席に着く。

 魔王の前には、私の席には置いていない器が追加されていた。


「……それは何?」

「食べてみるか?辛いぞ」

「……いらない」

「そうか」


 魔王が辛いと言ったものを食べられた記憶がない。

 私の分がないのは、そういう事なのだろう。


「ああ、そうだ魔王様。ベルちゃんがソリアまで行くそうですが、何か入用なものはございますか?」

「特にはない。任せる」

「ベル……?」

「あら、会ったことがないですか?長い髪のメイドですが」

「……ベルディが、色々頼んでいた人?」

「ああ。そういえば、名を教えていなかったか」

「ベルちゃんも自分からは名乗らないでしょうからねぇ」


 話していると、リリアさんの後ろに影が落ちた。

 全員の視線が集まったその場所には、ちょうど話題になっていたベルさんが立っている。


「呼ばれた気がしましたが、気のせいでしょうか」

「ああ、ちょうどベルちゃんの事を話してたの」

「……話すことなど無くないか?」

「そう?」


 近付いてきたベルさんにニコニコと話しかけたリリアさんは、何かに気付いたのか魔王とベルさんを交互に見る。

 そして、頬に手を当てた。


「……魔王様、ベルディになったんですものね?なんだか、似たような名前に」

「ああ、言われてみればそうだな」

「では今後、私の事はフィリアと」

「馴染みが深いのはお主の方だろう」

「いえ、魔王様の音を取るなど恐れ多い事」

「気にするでない。そもそも、お主らは呼ばんだろう」

「そうですが……」

「まあ、魔王様がいいって言うんだからいいんじゃない?」

「……リリア」

「あら、怒られた」


 楽し気に話す3人を見ながら、手元の昼食に手を伸ばす。

 魔王は先ほどから言い争いを始めた2人を気にも留めずに食事をしていた。


「……ねえ」

「何だ?」

「呼び名、そのままでいいの?」

「ああ。気にすることなど何もないさ」

「そう」


 そんなことを言っていたら、2人の口論も終わったらしい。

 ベルさんは何か諦めたような表情で魔王に向き直った。


「それでは、私はソリアに行ってまいります」

「ああ。何かあれば呼ぶ」

「承知いたしました」


 綺麗な礼をして去って行ったベルさんを見送り、昼食を終わらせる。

 午後は楽し気に彼女の話をするリリアに教えられながら魚を捌いた。

 捌くのには魔王から買い与えられたナイフを使って、指を切らないように慎重に作業を進める。


 教えられた通りにやったつもりだったのだが、中々上手くいかなかった。

 リリアさんが捌いたものに比べて身が崩れているし、何だか薄い。


「……難しい」

「私も慣れない頃は苦労しましたよ。やっていると、そのうち出来るようになってきます!」

「そういうもの?」

「ええ。……まだ続けますか?」

「……やる」

「なら、残りもやってしまいましょう!」


 リリアさんは心底楽しそうに色々なことを教えてくれた。

 それをしている間、魔王はまた釣りに出ていて、全ての魚を捌き終わったと同時に追加を持ってきた。

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