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12/55

12 それは、手放せなくなるものでした。

 朝日が窓から入り込んできて、その明るさで目が覚めた。

 寝心地のいいベッドから降りたくなくて布団を顔の上まで引き上げると、隣に何かが沈み込んだ。


「おはよう、ルディア」

「……おはよう」


 布団の上から頭を撫でられて、流石に目も覚めたので起き上がる。

 魔王は片手にカップを持って座っていた。

 中身はよく飲んでいる苦いお茶だ。


「それ、美味しいの?」

「まあな。飲んでいるうちに癖になった」

「そうなの……」


 私にはその良さが分からないのだが、そのうち美味しいと思うようになるのだろうか。

 考えている間に魔王は窓際に移動していて、着替えを済ませて近付くと髪を結われた。


「今日は羊を見に行くのよね」

「ああ。すぐにでも出よう」

「楽しみね」

「そうだな」


 髪を結び終わって、朝食にパンを渡されて、それを食べている間に魔王は準備を終わらせていた。

 食べ終わったら宿を出て、手を引かれて昨日通った市場とは別の方向に進む。

 進んでいると人気が少なくなり、家の数も減ってきた。それでも進んだ先には低い丘がある。


 丘には道が整備されていて、そこを上がっていくと賑やかな鳴き声が聞こえてきた。

 魔王を見上げると、笑顔で頷かれる。

 丘の上まで来ると、柵に囲われた緑の中を自由に動き回る大量のモコモコが見えた。


「ひつじ」

「ああ。まずはあっちだな」


 魔王が指さしたのは、一軒の建物。

 おそらくは店なのだろう。ここで羊の毛も買えるのだろうか。


 建物に入ると、中には1人の獣人が立っていた。

 その姿は人より羊に近い。宿の受付は髪と耳、ついでに角が羊のものだったが、この人は二足歩行の羊である。


「あらぁー。いらっしゃいませぇー」


 のんびりと間延びした声は、宿の人と良く似ていた。

 実家だと言っていたし、この人は彼女の母親だろうか。


「お求めなのはぁー、材料ですかぁー?」

「いや、土産物だ」

「ならぁー、あちらをご覧くださーい」


 示された棚には、小さな羊が綺麗に並べられている。

 本物の羊の毛で作られた人形らしい。


「も、もふもふ……」

「これは中々だな」


 手に取ってみると、簡単に指が沈み込むフワフワ加減だ。

 それでも人形の形は崩れないので不思議である。


「全部手作りなのでぇー、皆お顔が違うんですよぉー」


 後ろからそう言われて、もう1つ手に取ってみてみると確かに表情が違う。

 見ているのが楽しくて、何匹か比べて見ていると魔王が楽しそうに言った。


「気に入ったものを1匹選ぶといい」

「いいの?」

「もちろんだとも」


 そう言われて棚を順々に見ていき、気に入ったものを手元に残す。

 最後の1匹と手元のものを比べて、1匹を棚に戻したタイミングで魔王の手が頭の上に置かれた。


「それにするか?」

「ええ」


 魔王は笑って私の持っている羊を回収した。

 そして、後ろからこちらを見ていた女性に渡す。


「こちらでよろしいですかぁー?」

「ああ」

「では、首にリボンをつけましょーう。どれがよろしいですかねぇー?」


 女性は奥の棚から数本のリボンを持ってきた。

 全て色が違い、1つづつ羊に合わせて確認する。

 それを決めるのに、かなりの時間がかかってしまった。


 だって、全て可愛いのだ。

 羊の表情とリボンの色味で随分と印象が変わる。


「どうする?」

「まって、もう少し……」


 魔王に聞かれても、そちらに意識を向けられない。

 どのくらい悩んだのかは分からないが、迷いに迷って淡い青を付けてもらうことにした。


「これでよろしいですかねぇー?」

「はい」

「かしこまりましたぁー」


 女性は笑顔で選んだリボンを羊の首元に巻いてくれた。

 綺麗に結ばれ、少し調整してから渡される。


「汚れたらリボンを外して洗ってあげてくださーい」

「はい」


 渡された羊を抱えて、魔王が代金を払っている間もう一度よく見てみる。

 眠たげな表情の、青いリボンを付けた羊。

 旅には邪魔になるかもしれないが、最初に持った時から手放したくなくなっていたので、魔王が持っていくことを許してくれてとても嬉しい。


「ルディア」

「なあに?」

「羊に触れられるらしい。行くか?」

「ええ!」


 振り返ると、魔王の後ろには女性が立っていてニコニコと笑っている。

 ついて行くと、先ほど外から見えていた柵の中に入れてくれた。

 ここから羊に近付くのかと思っていたが、女性が何か合図を出すと羊たちから寄ってきた。


「優しく触ってあげてくださいねぇー」


 言われて、そっと手を伸ばす。

 羊は暴れずに触れさせてくれた。

 その感触は、人形よりごわごわしていて、人形より密度が高い。


 これはこれで癖になる触り心地だ。

 ふと横を見ると、魔王も羊を撫でていた。

 羊もどこか気持ちよさそうである。何かそういった才能でもあるのだろうか。


 その後寄ってきた羊たちを無心で撫でていたら、陽が頂点に上っていた。

 魔王に声をかけられてそのことに気付き、流石に邪魔になるから、と戻ることにする。


「よろしければまたいらしてくださいねぇー」


 そんな言葉と共に見送られ、朝通った道を戻る。

 昼食を食べて街を散策するのに羊を宿に置いてくるかと聞かれたが、持っていきたかったので首を振った。

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