11 それは、楽しい市場でした。
部屋に荷物を置いて、一旦鍵を預けて宿を出る。
宿は確保したので、次は食事だ。
「ここは、何が美味しいの?」
「色々ある。が、気を付けねばならない事があってな」
人差し指を立てて、魔王が言う。
その指を目で追いながら内容を尋ねると、魔王は道端で寝ている猫を指さした。
「獣は、肉を生で食らうだろう?」
「そうね」
「獣人は、人間の形をしているが、獣の特性を強く持っている。人では食えぬものを食らうこともある」
「つまり、お肉が生ってこと?」
「ああ。それに近い状態の時が多い。店を選ぶときは、気を付けねば腹を壊すぞ」
気を付けはするが、何かあったらすぐに言え。と魔王は言った。
頷いて、どの店なら平気なのか聞くと、人間がやっている店なら概ね問題ないのだとか。
そんな店を探して通りを歩いていると、露店の店主が声をかけてきた。
「お、どぉだいそこのお二人さん。うまいぜー?まあ、時々当たるがな」
「すまんな、これは胃が強くないのだ」
魔王は私の頭を軽く叩きながら言った。
屋台の店主は気を悪くした様子はなく、店の横の道を指さした。
そして、ニカッと笑う。
「んなら、止めた方がいいな。決まってないなら裏の店がオススメだぜ。人間の嬢ちゃんがやってんだ」
「そうか。行ってみる」
「おう!」
店主の示した道を進みながら、私は魔王の手を引いた。
魔王が振り返って、どうしたのかと聞いてくる。
「さっきの人は、何の獣?」
「熊だ」
「くま」
「知らんか?」
「ええ」
「人間より大きな体躯をして、人間より早く走り、時に人間を食らう」
「……聞かない方がよかったかしら」
怖い、と呟くと、魔王は笑って頭を撫でてくる。
少なくとも、自分よりは弱い、と。
それはそうだろうと思うが、何となく安心感はある。
「それに、基本として魔法が扱えないのだ。人間でも対抗出来る」
「魔法が使えないと、襲われるだけね」
「自分から寄ってくる熊は多くない。そう怯えんでもいい」
話しているうちに道が広がり、人通りが多くなる。
その中に、人間か、人間に近い身体をした者たちが集まっている一角があり、魔王はそこに足を向けた。
近付くと、何やら美味しそうな香りが漂ってくる。
「いらっしゃいませ!」
中に入ると元気のいい女性の声がして、魔王は声のした方向を一瞥して空いている席を探して始めた。
魔王の目線が一瞬向いた先には、声の主であろう女性が忙しそうに動き回っていた。
厨房と客席が壁で仕切られていない。
出来上がった料理はそのまま客に差し出されるようだ。
女性以外に店員は居ないようで、運ぶ手間がないようになのだろう、と自分なりの予想を立てる。
「何がいい?」
「任せるわ」
「そうか」
メニュー表を見ても、どんな料理か想像が出来ない。
なので、魔王が頼んだ方が確実に美味しいものが出てくるだろう。
何かを注文している魔王の横顔を見ながら髪を弄っていると、魔王の手か伸びてくる。
「どうした」
「どうもしてない」
「そうか」
食べた後どこに行くか、何をするかと話している間料理が差し出され、湯気の立つ肉と野菜の炒め物を口に運ぶ。
あまりに熱かったので冷ましながら口に放り込み、気付けば皿の上には何もない。
「……美味しかった」
「そうだな。また来るか」
いつの間にか代金は払っていたようで、皿を返して店を出て、そのまま市場を歩き回ることになった。
「いろんなものが売ってるのね」
「ああ。獣人のための装備品は、この国でないと見れないな」
「あれも?」
「そうだ。人間が扱うには大きすぎる」
露店の武器屋に置いてあった巨大な剣や、留め具の大きなカバンなんかを見て、そうなっている理由を聞いて。
不思議なものもたくさん並んでいて、気になった物を魔王に聞いて、その使い方に驚いて。
なんだか、改めて、外に居るのだと。旅をしているのだと感じて、頬が緩んでしまう。
「ん、そうだ」
「どうしたの?」
「使い勝手の良さそうなものを見つけた」
ニヤリと笑った魔王に手を引かれて、露店に近付く。
その露店には、ナイフがたくさん並べられていた。
小さなものから、少し大ぶりなものまで。
「ナイフ?」
「ああ。ルディア用に一本、と思ってな」
「私用?」
「果実の皮をむいたり、木を削ったり、持っていると何かと使い勝手がいい」
話しながらナイフを見繕っていた魔王に、店主が無言で一本のナイフを差し出した。
魔王はそれを見て満足そうに頷き、呟く。
「そうだな。これがいい」
魔王の呟きを聞いて店主は値段の書いてある紙を差し出し、魔王がその代金を払うと代わりに細身のベルトを差し出した。
「いいのか?」
受け取りながら聞いた魔王に店主は頷き、ゆるゆると手を振る。
礼を言って露店を離れ、人のいない路地に入り、ベルトを腰に巻く。
左側にナイフを付けて、問題なく抜けるのを確認して通りに戻る。
「あの、おじいさん?あれで前が見えているのね」
「ああ、あれは、犬の獣人だな。目は見えていないのかもしれん」
ナイフを買った露店の店主は、髪で目が覆われていて顔が見えなかった。
髭も長く、髪との境はどこだろうかと探していたのだが、結局分からずじまいだ。
「見えていなくても、商品は選べるのね……」
「目で見えるものだけが、世界ではないからな」
その意味は、まだ分からない。
そのうち理解できる日が来るのだろうか、と思いながら、露店に目を向けた。




