10 それは、魅惑の手触りでした。
魔王に抱えられて海の上を進み、気付けば陸についていた。
いつに間にか眠っていたらしい。
「ん……」
「起きたか?」
「ええ……着いたの?」
「もう少しだ。歩くか」
「ええ」
体力をつけるには、少しづつでも動いた方がいいらしい。
そう聞いてから、移動の時も時間があるなら歩くようにしていた。
地面に下ろされて、魔王の横を歩きながらその横顔を見上げる。
「どうした?」
「バーゼーナ、は、どんなところ?」
「見た方が早いが……獣人の国だ」
「じゅうじん」
それは何か、と首を傾げると、魔王は頭に手を置いてきた。
「獣は見た事があるか?」
「猫や、ウサギ?」
「ああ。そう言ったものだ。それらと、人が混ざった者たちを獣人と呼ぶ」
「まざった」
「見た方が、分かりやすいぞ」
そうなのか、と一旦納得して、前を見て歩く。
しばらくすると建物が見え始めた。
今まで行った国は、全て塀で囲われていたが、ここはそうではないらしい。
「初めて見るもの故、興味があるかもしれんが、あまり見過ぎるなよ」
「怒られる?」
「ああ。良く思わない者も居る」
「分かったわ」
私も、じろじろ見られていい気はしない。
気を付けよう、と心に刻んで、目の前に迫った国、を見る。
「ここは、塀がないのね」
「ああ。出入りも監視されていない」
「自由なの?」
「ある程度、な。獣人は人より五感が鋭い。良くない者が入り込めばすぐわかる故、放任主義だ」
「ベルディは、感知されないのね」
「その程度でバレては、旅は出来ん」
そういうものだろうか。
この魔王は、本当に人にしか見えないのだ。
空き時間に魔力の操作や探知を教わっているが、本当に人と同じ魔力しか感じない。
魔物の魔力を感じたことがないので、違いが分からないだけかもしれないが。
「まずは、宿を取るぞ」
「絶対初めにやるけど、順番が決まっているの?」
「後からだと、部屋が埋まって好きな所に泊まれない事があるのだ」
「なる、ほど」
ベッドの質にこだわりを持つ魔王としては、譲れない事らしい。
そんな会話をしながら周りを見ると、これが獣人だろうか、始めて見る形をした者たちが歩いている。
獣がそのまま2足歩行をしているような見た目の者も居れば、人の形に耳だけ獣の者もいる。
獣の種類も、見た目の幅も様々だ。
見過ぎるな、と言われているので一点を見続けることはせず、きょろきょろと辺りを見渡す。
魔王はそんな私の手を引いて、自分の側から離れないようにしながら目的の宿へ向かった。
少し奥まった場所にあるその宿は、中から微かな音楽が聞こえてきていた。
落ち着くそれに導かれるように扉を開けると、普段泊まっている宿より高い、ように思える。
「あらぁー。いらっしゃいませぇー」
間延びした耳心地のいい声の主は、カウンターの内側に座っていた。
モコモコとした髪からは渦を巻いた角と、小さな耳が見え隠れしている。
「ひつじ」
「そうですよぉー」
「初めてか?」
「ええ。本では見た事があるけど……」
「あらぁー。そうなのですかぁー?触ってみますかぁー?」
羊の店主は緩く笑って髪を持ち上げる。
魔王を見上げると、笑顔で頷いた。
なので恐る恐る手を伸ばし、見るからにモコモコな髪に触れる。
「どうですかぁー?」
「も、もこもこ……!」
「気に入って頂けたようでぇー」
その手触りは、予想以上にモコモコだった。
ずっと触っていられる。触っていたい。
「よろしければぁー、ここに行ってみてくださいー」
「ここは?」
「私のぉー、実家ですぅー。羊を飼っているのでぇー、毛を買うことが出来ますぅー」
思わず、魔王に渡された紙を覗き込んでしまった。
魔王は笑いながら、明日にでも、という。
「部屋はぁー、おひとつですかぁー?」
「ああ」
「分かりましたぁー」
羊の店主は後ろの棚から鍵を取り出し、魔王に手渡した。
「代金は?」
「出るときでぇー、構いませんよぉー」
「緩いな」
「貴方様はぁー、払ってくれるとぉー、知っているのでぇー」
「前も来たことがあるの?」
「何度かな」
話しながら部屋に向かい、鍵を開ける。
魔王がベッドに腰かけて、触ってみろ、というのでベッドに乗ると、今までとは比べ物にならない質だった。
乗ったら沈む。ただ、ある程度まで行くと跳ね返される。
それが面白くて、何度か跳ねていると笑い声が聞こえてきた。
魔王が楽し気にこちらを見ている。
「この質は他になくてな。これのために、バーゼーナに来たりもする」
「本当に、ベッドにこだわるのね」
「長く生きていると、一つくらいこだわりを持つものだ」
魔王は、一体何歳なのだろうか。
人とは比べ物にならないのだろう、という事だけは分かるが、聞いたら教えてくれるだろうか。
少しだけ、気になる。
聞いてみるか、否か。
考えている間にも私の身体はベッドで弾む。
あまりやりすぎるな、と言われたので、ほどほどにして身体を起こすと、魔王が荷物を整理していた。
「この宿の鍵は信用していい。不要なものは置いて行くぞ」
「私の持ちものは、そんなにないわよね」
「ああ。そのままでいい」
まだ、時間は朝である。
探索時間は十分にあった。
感想と最高点評価とか、頂いちゃったら書くしかないですよね。
羊の店主、喋り方がくどい。書いてて思うんだから、読んでる人も思ってそう。




