本当は子供みたいな人
翌日、普通の出社時間にまた私はみんなの視線を独り占めしてしまうことになった。
「ここでいいです!」
「会社の前まで送る」
「だからそれは困るって言ってるんです!」
「別に問題無いだろう。お前は俺の担当だ」
「担当だからってこんな風に朝、送ってもらったら誤解されますってば!」
私の話など耳に入っていないのか折原さんは涼しい顔をして玄関のど真ん中に車を止め、「着いたぞ」と一言いってちょうど出社してきた雅チーフに軽く手を振った。
(おぅ・・・また逢いたく無い人に一番に逢ってしまった・・・)
コソコソと車を降りると雅チーフは運転席に回り折原さんに話しかけていた。
「立花先生おはようございます」
「あぁ。今日はちゃんと遅刻しないように送ったからな」
「あ・・。ありがとうございます。先生が風間を気に入ってくれて良かったですよ」
「まぁな。風間と約束したんだ。これからは締め切りを絶対守るって。だから心配しなくていいぞ。じゃ、風間!また後でな」
「後・・・って?」
「次の原稿の打ち合わせだ。昼すぎに来てくれ。それとも迎えに来るか?」
「い、、いいです!自分で行けます!」
「そうか?遠慮しなくていいんだぞ」
「大丈夫です!」
ニコッと笑い、雅チーフに「じゃ、また」と微笑み折原さんの車は去っていった。
ポンッと肩を叩き、
「風間。よくやった!あの立花悠馬を落とすとはお前もなかなかだな〜」と
妙にニヤついた顔をしてロビーに入っていった。
「ちょっ!違う!だから誤解ですってば」
「まぁまぁ・・いいから!いいから!俺は何も言わないって。ただ先生の人気を落とすようなことだけは気をつけろよ〜」
ニヤニヤとした顔を見て、もう弁解をする気にもなれず引きつった顔をしたまま隣に並んだ。
あれほど締め切りが遅れていた先生が「締め切りを守る」と言ったことで雅チーフは上機嫌になり私の話などまったく耳に入っていなかった。
すっかり会社の中は私の噂で持ちきりになり、誰を見ても慌てて目をそらしコソコソと噂話をする空気に気持ちがドンヨリ・・・とした。
昼過ぎになり、こんな好奇の目の中にいることが耐え切れず、原稿の回収と打ち合わせと黒板に予定を書き、足早に会社を後にした。
「はぁ・・・。なんてことしてくれたんだろう・・・」
ため息をつきながら、折原さんのマンションのインターホンを押すと何の反応も無く
数回押し続けるとやっとモニターに折原さんの顔が映った。
「あの・・・風間です」
「ちょっと待っててくれないか」
「あ、、、はい」
しばらくして開いたドアの隙間から見えたのは女性用のハイヒールだった。
なんだか気まずく、見なかった顔をして玄関の外で立っている私に
折原さんは中に入るように促した。
「あ、、いや、、、私、外で時間を潰してきますから。また1時間後に来ます」
「別にいいから入れ」
「でも・・・」
モタモタしていると奥から人の影が見え、
「じゃ、、、また」と隣をすり抜けこの前の女の人がドアを出て行った。
この前の人だった・・・
(やっぱり彼女なのかな・・。でも、、そんな人がいるのに、どうして私にあんな話を持ちかけたんだろう。てゆうか、、、今って実は凄くマズイ時間帯だったのかな?)
チラッと折原さんを見るとバッチリと目が合い、慌てて違う方向を見て視線を誤魔化した。
「何を誤解してんだよ・・・ほら、入れ」
「あ、、はい。お邪魔します」
リビングのテーブルには2人が飲んだ後のコーヒーカップがあり、私が来たから彼女を追い返してしまったのかな・・・とちょっと悪い気がした。
「あの、、、今度から電話してから来ます。すいません」
「別にそんな気を使わなくていい」
「あ、、はい」
やっぱり二人の邪魔をしてしまったような気がしてキョロキョロと部屋の中を見て誤魔化した。
「来週の原稿なんだが」
折原さんの言葉よりも頭の中では
(ヤバいなぁ・・・。今度から夕方過ぎにしたほうがいいな・・・
ちゃんと服を着ていたからいいものの・・・後数分早かったらもっと気まずかったかも)
そんなことを考えながら自然と目が奥の寝室のほうを見ていた。
「おい・・・」
「は?はいっ!」
「俺達の契約を忘れていないよな」
「え?契約、、、あ、、、はい」
「俺のことを詮索するな。俺が何をしようとお前が気にすることは無い。
それは俺も同じだ。お前が誰と何をしようとも聞くことも文句を言うことも無い。
分かっているよな」
「はい・・・分かってます」
「さっきのアイツと俺との関係もお前が考えることは無い」
「はい・・・」
これはきっと遠まわしに「俺のことは放っておけ」ということを
言いたいんだろうなぁ・・・
確かにそうだけど。
少しだけシーンとした空気が重くて相変わらず私は挙動不審な感じでソファーに座り、カタカタとキーボードを打ち込む折原さんの背中をチラチラと見ていた。
「風間・・・」
「はいっ!」
「悪いんだが、、風邪薬買ってきてくれないか」
「え、風邪ひいたんですか?」
「たぶん、、、さっきから頭が痛くてな」
振り返った顔が少し青白くて辛そうな顔に見えた。
「熱は?いつから具合悪いんですか?」
「昨日・・・・」
「昨日からですか?」
「隣に寝ていた奴が、、、寝相が酷くて布団を全部取られて寒くて、、寒くて」
え?それって・・・私のこと?
「嘘だ。今日の昼からだ。なんだか熱があるような気がしてな」
嘘かい!具合悪いのに冗談言える余裕があるなら大丈夫じゃないかよ。
少しだけムッとしながら立ち上がり、外に薬を買いに行った。
なんとなく、、アノ人に会った後の折原さんは機嫌が悪い。
まだ二回しか見ていないけど、、、この前もそんな感じがしたし・・・
(アノ人と・・・どんな関係なんだろう)
余計なことだと分かっていても、なんとなくそんなことを考えてしまう自分に気がつき
慌てて頭を振り言われた通りの薬を購入して家に戻った。
家に入るとパソコンの前にいた折原さんの姿は無く、リビングのどこにもいなかった。
「あれ・・・?先生〜、、、ってトイレかな?」
キョロキョロと部屋の中を見て回ると寝室のドアが少しだけ開いていた。
ソロ~と覗き込むとうつ伏せになったままベットに突っ伏している姿があった。
「もう〜。子供じゃないんだから、ちゃんと寝るなら、、」
横に向けた顔を見ると額に薄っすらと汗が浮かび、少しだけ息が荒い状態で
ハァ・・・ハァ・・・という折原さんを見て慌てて額に手を当てた。
「熱っ!なんで言わないんですか!凄い熱ですよ!」
私の声が耳に届いているのか分からないくらいの熱に慌てて布団をかけ、
ベットに寝かせた。
「先生!取り合えず薬飲んでください」
「・・・・・」
「えーと、、、えーと、、、病院!病院行きましょう!って私、、運転できないから、、
そうだ!救急車!」
慌ててバックから携帯を出そうとしていると突然頭をワシッと捕まれ
「子供か!もっと落ち着け。寝ていれば治る。少し横になる」
それだけ言ってバサッと倒れるように横になってしまった。
その横顔は文句とは逆に苦しそうな表情をし、相変わらず顔が熱で少しだけ赤くなっていた。
(どうしよう・・・。このままじゃ治らないよ・・・)
コッソリと寝室を抜け出し、携帯で和江に電話をした。
こんな時に看護師という友達はとっても役に立つ。
「もしもし?和江。あのね、折原さんが凄い熱で、、、でも病院に行けなくて、、
どうしよう。凄く苦しそうなの!熱も凄くて」
「どれくらい熱あんの?いつから」
「えーと、、今日の昼って言ってた。熱は、、、何度あるのか分からないけど、
凄く顔が赤くて、、息もハァハァして、、ど、、どうしよう!」
「真羽。落ち着けってば。たぶんインフルエンザじゃないかな。今って流行っているし。突発で熱が出るのは大体そんな所かな」
「じゃあ!じゃあ!どうしたらいいの?私なにしたらいい?」
「ん〜それじゃぁ・・・私の病院においで。今から内田さんに連絡してそっちに行くから、用意しておいて」
手馴れたもので、和江はサクサクと内田さんに連絡してくれ待つこと1時間以内に
折原さんの家に迎えに来てくれ、無事に病院で診察と薬を貰い帰宅した。
「んじゃ、私達は帰るけど真羽どうする?送っていく?」
「でも・・・まだ熱が下がらないし、、、」
寝ている折原さんを見ると相変わらず苦しそうに息を弾ませグッタリしていた。
「まぁね。熱が下がるまでちょっと時間がかかるから仕方無いけど。たぶん明日の朝には落ち着くと思うけどね。じゃあ、、、心配ならここにいたら?大事な看板先生なんでしょ」
「うん・・・じゃあ、、そうする。ごめんね。イロイロありがとう」
エントランスまで二人を送り部屋に戻るとベットから折原さんの声が聞こえた。
「悪い・・・水、、くれないか」
「はいっ!」
少しだけ水を飲み、またドサッとベットに倒れる姿にオロオロしながら隣で顔色を見ていた。
「もう、、帰れ。うつるぞ、、」
「あ、、はい。一応熱が少し下がるまで側にいます。何かあったら大変だし」
「大丈夫だ。寝ていれば治ると医者も言っていた」
ゴホゴホと咳をする姿に無理矢理ベットに寝かせ、額の汗をタオルで拭いた。
「分かりました。もう少ししたら帰りますから。もう寝てください」
ベットの隣にパソコンを持ってきて、残った仕事をしながら折原さんの様子を見ていたが、やはり熱が高いせいもあり熟睡ができないのか、ウツラウツラ・・しながらも何度も目を覚ましていた。
「まだ、、いたのか」
時計がAM3時を過ぎた頃、ほんの少しだけ楽になったのか折原さんが話しかけてきた。
「はい。もう帰るんで心配しないで寝てください。あ、、、ちょっと熱はかりますね。少しでも下がっているといいんだけど・・・」
耳に体温計を重ねピッ・・と鳴ったのを確認して体温を見ると、まだ完璧では無いが最初に比べると順調に熱が下がっていた。
「よかった〜。ちょっとずつだけど下がってます。もう少し寝てください。たぶん今度は熟睡できると思うから。あ、何か飲みますか?水分補給はしないとダメって和江が言ってました。スポーツドリンクのほうがいいかな?え〜と・・・」
枕元にあったペットボトルに手を伸ばした時、逆のほうの手をギュッ・・と握る感触があった。
「悪いな、、、昨日も今日もお前の時間を独り占めして・・・」
握られた手から熱っぽい温度を感じながら小さく握り返した。
病気の時って妙に心細いものだから。
「気にしないでください。もしかしたら私の寝相が悪いせいかもしれないし。
さ、少しでいいから飲んでくださいね」
体を起こし少しだけ水分をとらせ、また横になるのを手伝いながら胸元の布団を整えた。
「じゃあ・・・睡眠の邪魔になると悪いので、私はこれで失礼します。もう熱も下がり始めたので、大丈夫だと思いますから」
席を立とうとした時、さっきと同じようにスッと静かに右手に熱っぽい感触が伝わった。
「え?」
「あと、、少しだけ、、、」
「は?」
「俺が寝たら帰っていいから・・・。寝るまでいてくれないか」
生意気な顔ばかり見ていたのに、その時の折原さんは子供のようで、そしてとても淋しそうで、そのまま一人にすることができなかった。
「分かりました。じゃあ、、寝てください。ここにいますから」
「・・・が・・とう・・・」
布団を被りながら半分聞き取れなかった言葉に少し笑いながら繋いだ手をもう片方の手で包み込んだ。
キュッ・・・と少しだけ力が入った手は、いつまでも緩むことが無く眠ってしまった後も、その力はそのままだった。なんとなく、、、強がって平気なフリをしているけれど、本当は一人が嫌いで淋しがり屋なのかなって思いながら、いつまでもその手を離すこと無く時間が過ぎていった。