嘘の関係
「ちょっ!さっきと話が違う!」
「なんの話だ?」
「いや、、だって!まだこんなことしなくていいって言ったじゃない!」
「こんなことって?」
(コイツ・・・分かってるくせに・・・)
「ゆっくり飲むだけだ。手は出さないから心配するな」
車を降り、キーを係りの人に手渡しフロントに歩いていく姿に、いつまでも助手席に乗っている訳にもいかずオロオロしながら降りた。
ニコッと微笑むドアマンにも愛想笑いをして、折原さんの後ろに小走りで着いていく私は、ここにいる人達にはどんな女に移っているのだろうか。
一晩だけの遊びの女に見られていそうで、つい顔を隠しながらエレベーターに乗り込んだ。
「どうしてそんなに顔を隠しているんだ?」
「だって、、みんなの目が「あ〜これからコイツ遊ばれるんだな〜」って見られているようで、なんだか・・・ちょっと」
「遊ばれるって・・・・。お前俺のこと誤解してないか?」
「誤解もなにも!あんな高そうな店でガツガツ値段も見ないでこんな高そうな服から靴から買って「支払いは俺に〜」なんて言ってるの見たら、いつもそうやって女にチャラチャラしているのかなって思うし、ホテルだって手馴れてるし」
「あのなぁ・・・あの店は俺のイトコの店だ。お前に名刺を渡した店長がそうだ。買い物が苦手だからいつも任せているだけでホテルも対談の時はここしか指定しない」
「あ・・・そうなんだ」
名刺をもう一度見ると、なるほど・・・<折原由紀菜>と書いていた。
それでも通された部屋はこれ絶対スイートというくらい大きな部屋で、見るものすべてが珍しくチョロチョロと部屋の中を歩き回っていた。
「いい加減落ち着け。目について邪魔だ」
「は〜い・・・・」
これまた高そうなシャンパンを飲みながらガラス越しに夜景を見る姿に、少しだけ
(お・・・格好いいかも)なんて思いつつ、視線をそらした。
「あの・・・折原さん」
「なんだ」
「恋人が欲しいなら、、すぐできるんじゃないですか?」
「そうかもな」
(わ・・・ちょっとは否定すれよ。なんだかムカつく・・・)
「そうだ。お前にこれを渡しておく」
スッとテーブルに置かれたのはアメックスのゴールドカードだった。
「は?なにこれ」
「好きなものを買え。限度額はたしか・・・1000万はあったかな?超えるようなら連絡をくれ」
いやいやいや!そこは違うでしょ!つーかそれを超える買い物って何を買えばいいんだよ!
「いりませんよ!欲しい物があれば自分で買います」
「自分で買ったら俺と契約した意味が無いだろう。遠慮はいらない」
なんだかその言葉がちょっと虚しかった。
お金で解決できる割り切った関係って、、、本当に存在するんだな〜て。
「私は、、、とりあえず締め切りを守ってくれたら、それでいいですから。今日のこの服も、お支払いします。あまり気を使ってくれなくていいですから」
「お前給料いくらだ?」
「えっ!そんなことまで申告しないとダメなの?」
「いや、、、別にしなくていいけど。今日のその服やら靴やら、、ざっと100万くらいかなって思ったから・・・。一気に払って大丈夫なのかと思って」
「ひゃっ!100万?!!」
「それくらいはするだろう。全部イタリアのメーカーだし。アイツ気合入れて探しておくって言ってたからな」
な、、、な、、ひゃくまんって!
ビックリしすぎて自分の服をマジマジと見ながら絶句していると、そんな姿を見て折原さんは大爆笑していた。
「いいよ。お前に払えなんて言わないさ。俺からのプレゼントだ。後、これ明日の朝に会社に着ていくスーツだ。無難な色にしておいた」
ポンッとベットの上に投げられたスーツケースを見ると、落ち着いた色のどこにでもあるスーツだった。けれど・・・・生地がハンパ無いくらい高そうだった。
「あの、、、」
「なんだ?」
「私は原稿をあげてくれるっていうリターンがあるけど、、折原さんは私とこうなって何があるの?」
「そうだなぁ〜。お前といると飽きないからかな」
「そこなの!てゆうか、別に私面白いことも言えないし、してないつもりだけど」
「じゃあ言ってもらおうか」
「だから、言えないって言ってるじゃないですか」
「前の男のこと教えてくれ。どこでどう知り合ってどんな付き合いをしたのか」
自分で吸い込んだ空気がどこに行ってしまったのだろうと思うくらい呼吸が苦しくなった。
強張った顔をしたままの私を見て、折原さんはテーブルにグラスを置き目の前に歩いてきた。
「もう忘れたなんて嘘だな。顔がまだ好きだっていってる」
「好きじゃないです。もう連絡も取っていないし、どこで何をしているのかも知らないし、それに、、、振られたのは私なんです。だから、、もう関係無いんです・・・」
でも本当は今でも連絡を取りたいし、どこで何をしているのかも知りたい。
突然振られたって気持ちが消える訳なんか無い。
新しく誰かを好きになれば、そんな気持ちも消えるのかもって思ったけど、やっぱり他の人を好きになることなんかできなかった。
「最後に抱かれたのはその男なのか?」
「だから、またそんな話!それはセクハ・・・」
言葉が終わらないうちに肩を押され、ベットに倒された。
「いつまでもその男のことを思っているから忘れられないんだ。体がそこで止まってるんだ」
上に乗り見下ろす顔を見て、心の中で(そうなのかもな・・・)って思った。
私の体は彼に抱かれた時から止まり、他の人のことを忘れている。
(違う人としたら・・・忘れられるのかな・・・)
何も抵抗せずに黙っている私を見て、折原さんは静かに顔を近づけてきた。
唇に当たる感触がやっぱり彼と違っていた。
どこがどう違うと説明はできないが、人の感触が懐かしいと感じた。
振れるだけのキスだったのに、柔らかい舌が唇に触れると自然と少しだけ自分の口が開くのを感じた。
絡まるお互いの舌に少しだけ息が弾み、肩を掴んでいた手に力が入っていた。
「バ〜カ!とめろ!」
突然パッと体を離し、少し照れくさそうな顔をする折原さんを黙って見ていた。
「何受け入れてんだよ。そのままヤッッちまうぞ!」
ポンと頭を軽く叩く仕草になんだかこっちまで恥ずかしくなった。
「俺の言ったこと真に受けたんだろ」
「遊び人には分からないんですよ・・・私の気持ちなんか」
「だから遊び人なんかじゃないって言ってるだろ!俺、どんなんだよ!」
笑いながら言う折原さんの顔を見ることができないまま寝転びながら
目元を隠した。
やっぱり2年経っても私の体は彼を覚えていて、今になって涙が溢れてきた。
突然の別れに意味が分からず、焦りと不安の毎日にどうしても泣くことができずにいた。捨てられたという現実を受け入れるのが怖くて、ずっと泣くことを我慢していたのに・・・
今日連絡が来なくても、きっと明日には何かしら連絡がくる・・・
何か忙しくてできないだけだ・・・・
きっと奥さんと別れ話に時間がかかっているんだ・・・
ずっとずっと自分を騙して、すべてを正当化して、、、彼のことを信じていた。
「うっ、、、、、くっ、、、、」
「なっ!なに、、泣いてんだよ!」
「わかん、、ない、、、」
「どうしたんだよ。大丈夫か?」
隣に座った折原さんの胸に飛びつき、大人になってからこんなに泣いたことが無いくらいワンワンと大泣きした。
「ずっと、、、我慢してた・・・。泣いたら、、、本当に別れたことを認めちゃうって、、思って、、、、でも、、、とっく、、に、、、終わってた、、、わーん」
「子供かっ!」
大きな少し冷たい手でワシワシと撫でる感触がとっても優しくて、誰かが側にいてこんな風に慰めてくれることが嬉しくて、まるで子供のようにいままで我慢していた分の涙を全部出し切った。
白いシャツがマスカラで黒くなり、涙が止まる頃それを見て気まずい顔をして折原さんを見上げた。
「おまえ・・・・どうすんだよコレ」
「すいません・・・」
「ったく。目が失敗したパンダだ。風呂入ってこい」
「えっ、、でも、、、」
「昨日も入っていないだろ。ほら、行け」
グッ・・・と目元の涙を親指で拭い、たれ目にした私を見て笑いながらニッコリと微笑んだ。
「はい・・・。じゃあお先に」
「あぁ。ゆっくり入ってこい」
バスルームの大きな鏡に映った自分の顔は失敗したパンダどころか、これ普通は人に見せたらドンビキだってくらい最悪な顔をしていた。
普段以上に時間をかけてお風呂を出ると折原さんはベットの半分から向こうに
コロリと横になり、軽く目を閉じていた。
「あの・・・」
「zzzzz・・・・」
疲れているのか眠っている様子の折原さんを起こさないように静かに布団をかけ、
隣に寝転んだ。
窓から入る外の夜景の明かりで薄っすらと浮かぶ彼の輪郭を見ながら、黙って眠っている顔を見ていた。
(この人・・・マツゲ長いかもなぁ。目を瞑ってもなかなかイイ男かもしれない・・・)
覗き込むように顔を見ていると突然パッと目を開け
「なに見てんだよ!」という声に驚いて2センチ後ろに下がった。
「あ、、いや。寝てるんだな〜って思って」
「寝ててガッカリってか?」
「そんな訳無いでしょ!さて、おやすみなさ〜い」
ガバッと布団をかぶり背中を向けて寝たフリをした。
「ダメだ。そんな寝方じゃ!」
被っていた布団を引き剥がし、真顔でこっちを見る顔に
(え・・・嘘!やっぱ・・・するの?)と焦った顔をして折原さんを見ていた。
「例え何もしなくても俺と寝る時はこっちを向け。それが決まりだ!」
「なんの決まりですか!」
「背中を向けられるのは好きじゃない」
「あ、、はぁ、、、じゃあ正面で・・・」
「取り合えず、、、今日は100歩譲るか。俺は風呂に入ってくる」
人の顔に掴んでいた布団をバサッとかけ折原さんは浴室に入っていった。
(なんなんだよ!もぅ・・・)
布団の中で怒っているうちに、泣いたこともあり眠気が襲ってきた。
軽く目を閉じていると、もう半分意識は飛ぶ勢いで柔らかい羽毛布団が体の熱を吸い込んでちょうど良い温度になってきた。
「ったく、、子供かよ。もう寝てるのか」
薄っすらと聞こえる折原さんの声が耳に入ってきたが、目を開けるのがおっくうでそのまま寝たフリをした。
「スッピンなら・・・寂しい顔をしているなぁ・・・お前は」
(なにっ!寝ていると思って一番気にしていること言いやがって!)
眉毛のあたりがピクッとなるのを我慢して目を瞑っていると、フワッと抱き寄せる暖かい体温を感じた。
すぐ近くに感じる折原さんにドキドキしながらも寝たフリを続行し、爆睡を決め込んでいる私は動くこともできずに、そのまま腕の中にいた。
頭に当たる折原さんの顔に人に抱きしめられて眠るという懐かしい感覚を思い出していた。
(海人・・・・)
彼とは違う誰かに抱かれながら私の脳裏にはまだ消えない人がいた。
溜め込んでいた涙を出し切ったことと、こうして隣に人の温かさがあることが久しぶりで、いつもよりも深い眠りに落ちていく自分を感じながら、超豪華スイートの夜は過ぎていった。