担当一日目
翌日、会社に出勤すると雅チーフが声をかけてきた。
「昨日、立花先生から電話がきてな。担当をお前に・・・」
「知ってます。一緒にいましたから」
「そうなのか?まぁ、、あの先生が担当を指名なんかしたこと無いし、
少しでも気に入ってくれているなら、こっちも助かるけど」
「気に入ってんだか、、なんだか・・・・」
今後のスケージュール表を渡され、すでに締め切りが過ぎている作品の説明をされながら、まるで2アウト満塁で交代されたピッチャーの気分になっていた。
昨日までの担当の人は満面の笑みで私に微笑みかけ
「悪いね真羽ちゃん。いやぁ・・・悪いことの後は良いことがあるもんだ」と晴れ晴れとした顔をして去っていった。
「じゃぁ・・・とりあえず、、、柚木先生の所に顔を出してから立花先生の所に行きます。死ぬ気で原稿とってきますから」
「あぁ。看板先生だからご機嫌を損ねないようにな。頼むぞ」
「はい・・・」
憂鬱な顔のまま柚木先生の所にお土産を持って顔を出した。
「こんにちは。風間です」
「あ。お疲れ様。どうぞ」
いつも通りに爽やかな笑顔で柚木先生は中に通してくれ、テーブルの上には今日持って帰る予定の原稿がすでに出来上がっていた。
その原稿が入った袋を見つめ、
(いままでこれが普通だと思っていたのに・・・)とこれから行く立花先生のことを考え顔がドンヨリしていた。
「今日は元気無いねぇ?珍しい〜」
「え?いやいや。そんなこと無いですよ〜!いつも元気ですよ」
ニコッと笑い昨日買っておいたケーキを差し出した。
「これ、今人気のお店で買ったんです。きっと柚木先生好きかなって思って」
「うわ〜。いいの?ありがとう」
すぐに箱の中を見て「美味そう〜」と嬉しそうな声をあげていた。
「じゃあ一緒に食べようか」
「あ、私は昨日いただきました」
「いいから!いいから!一個くらい付き合ってよ」
人懐っこい笑顔でケーキを出し、手際よくお茶を入れてくれる柚木先生を見ながら、
(良い人だな〜)と思っていた。
「そういえばさ。来週って風間さん誕生日でしょ」
「え・・・・・。どうして知ってるんですか?」
「前にそんな話したじゃない。その日ってなにか予定ある?」
「いえ、、別に。平日ですし、、、特には無いですけど。なにか?」
カレンダーを見て曜日を確認した後、柚木先生は少し照れたように
「その日さ。食事でもどう?」と誘ってくれた。
「あ・・・。でも、、お仕事あるんじゃ」
「大丈夫だよ。少しくらいなら問題無いし。それとも誰かと食事の約束でもしてる?」
「いいえ。してませんけど・・・」
「じゃあ決定。俺と誕生パーティーしよう。いつもお世話になってるし、こんな時じゃないとお礼もできないからね」
(なんだ!最近こんなの多いぞ!どうした!私)
動揺を隠しつつ、笑顔で「ありがとうございます」と頭を下げた。
相手は有名な柚木正也だ!
これって・・・すごくない?
出来上がった原稿を持ち、30分ほどで帰ろうとする私に柚木先生は不思議そうな
顔をしていた。
「今日はなんだか早いね?仕事忙しいのかい」
「あ、、私今日からもう一件担当が増えたんで、そっちにも顔を出さないとダメで」
「誰?」
「立花悠馬先生です。なぜか、、、私になっちゃって」
「へぇ。そうなんだ」
「あ、そういえば柚木先生知り合いなんですってね。立花先生が言ってました」
「あぁ。学生の頃のね。今度飯でも行こうって伝えておいて。後、風間さんには手を出すなって補足しておいてね」
サラッと軽く付けたしのようにドキッとすることを言われ、引きつった笑いで先生の家を後にした。
高そうなエントランスに足を踏み入れ大きく深呼吸をしてからインターホンを押した。
「はい・・・」
無愛想な声に引きつりながらも笑顔で「風間で〜す」と挨拶をした。
それに対して返事は無くウィ〜ンと開いた自動ドアに気分が重くなりながら部屋へ向かった。
「こんにちは」
「あぁ・・・」
堅い表情で部屋の中に入ると応接セットの真ん中に座っている人影を感じた。
私が入っていくとクルリと振り返り小さく頭を下げた。
(あ・・・綺麗な人)
その女の人は折原さんのほうを見て私が誰かを聞くような素振りをした。
「今日から俺の担当になってもらったんだ。ちょっと知り合いで」
「そうなの。じゃあお仕事の邪魔になるから私、もう失礼するわね」
「別に邪魔ということは無い」
「でも・・・」
なんとなくいつもの感じじゃなくて、明らかに優しい折原さんに恋人なのかなと思った。
「あ、私は原稿をいただいたらすぐに帰りますから。お気になさらないでください」
「はい。すいません」
ニコッと笑う彼女はとても上品な感じでまた手元にあった本を開き読み出した。
「あの、、、今日の原稿なんですが・・・」
「まだできていない」
「そうですか。後どれくらいかかりますか?」
「分からない」
余裕で3週間も遅れているというのに、この上から目線の態度にカチンときた。
「じゃあ待たせてもらいます。できないと困るんで」
「今日のモノにはならないかもしれないなぁ」
「今日のモノにしてもらわないと困ります。その為に来たんですから」
私の発言に明らかにムッとしてこっちを睨む折原さんに負けじと睨み返した。
バチバチした雰囲気の中、ソファーに座る彼女の携帯が鳴り出し、
少し慌てて電話に出ていた。
ボソボソと小さい声で話をしているので会話の内容は分からなかったけれど、
どうやら喧嘩をしていたが、仲直りをした・・・という感じの流れだった。
電話を切る頃には笑顔で明るく話す彼女に折原さんは少しだけ曇った顔をしているように見えた。
「和馬、、あの、、、あの人から電話が来たの。今日はもう帰るって」
「そうか・・・。じゃあもう帰ったほうがいい」
「えぇ。ごめんなさい。じゃあ、、また連絡するから」
折原さんは軽く手を振り、玄関に消える彼女を見送るとため息まじりに、パソコンに向かい煙草に火をつけていた。
(あの人ってなんだ?どうやら恋人じゃないみたいだな。ま、、どーでもいいけど)
柚木先生の原稿を出し、待っている間にチェックを始めたが、どうにもこっちの先生は執筆する気が無いのかまったく動きが無かった。
ボケ〜としている後姿に段々とイライラが最高潮になってきた。
「あの・・・」
「あ?」
「書けないんですか?それとも書く気が無いんですか?」
「ああん?」
「さっきから見ていると、どうもヤル気が無いように見えて。私だって遊びで来ているんじゃないんです」
カチンときたのか怒った顔をしたが、言われたことに反論できないまま黙っていた。
しばらくお互い無言でいたが、そのうち少しづつ手を動かし始めた折原さんに見て見ぬフリをしていた。
「お前・・・性格キツイって言われるだろう」
「は?」
突然発した言葉にムッとして顔を見たが、実際本当のことだからなにも答えなかった。
「だから男に振られるんだよ」
言い返そうと思ったのに、なんだか言葉が詰まって何も言えずその場がシーンとなってしまった。
「あ、、いや、、、つい、、本気でそう思ってないんだが・・・」
あまりに変な感じで顔が止まってしまったのを見て、折原さんは少し慌てながら弁解をしたが、その言葉に上手く反応できずに、私ときたら無言のまま自分の足元を見ていた。
「いえ、、、いいんです」
「いやっ!違うって!その、、ついカッとなって」
「だからいいんですってば!」
そんなにムキになって怒ることでも無いのに、なんだか格好悪くて強気で言い切ってしまった。
「いいから原稿お願いします」
ムスッとしてソファーに座り、バックから煙草を取り出し柚木先生から受け取った原稿のチェックをしながら、その喧嘩をそこで終わらせた。
目の前のノートパソコンの文字を虚ろに見ながら、昔のことを考えていた。
私がもっと優しくて女らしかったら彼は私を選んでくれたのだろうか。
こんなガサツでなんでもズケズケ言う女だったから、、、だから別れてしまったのだろうか。
「おい・・・」
「・・・・・・」
「聞いてるか?」
「・・・・・・」
「分かったよ。謝るから!」
「・・・・は?」
顔をあげると申し訳なさそうな顔をした折原さんがこっちを覗き込んでいた。
「え・・・なんですか?」
「いや、、その、、、さっきは悪かった。その、、、ちょっとムシャクシャしてたから」
「いえ、、。もういいです。私もすいませんでした」
記憶が飛んでいたせいもあり、さっきのことで怒っているというよりも、未だ分からない彼との別れの原因に気持ちが集中していた。
「俺はダメだなぁ・・・」
「え?」
「つい思ったことが口に出てしまう。もっと頭の中で整理してから話せばいいのに」
「・・・・はぁ」
それって・・・・反省している風に聞こえるけど、実際私のことをキツイ性格で男に振られた女って思っているって言ってるようなものだ。
本当に一度頭の中を整理してから話せばいいのに・・・・
チラッと見ると目が合い、あまりに情けない顔をしている折原さんを見てつい笑ってしまった。
「悪かったな。俺はどうにもわがままな性格でな。嫌なことがあると、すぐに顔に出るし、態度に出てしまうんだ。お前に当たっても仕方無いのにな」
「だからもう気にしないでください。後どれくらいで原稿仕上がりますか?」
「そうだなぁ・・・。未定だな」
「・・・・・・」
反省していたわりには、あまり焦っていない先生の態度に、半分諦めながら時計を見るとPM6時を回っていた。
小さくため息をつき、徹夜の覚悟を決めつつ原稿の進み具合を聞いてみたが、なんとも開かれたパソコンの画面同様、プロットさえもままならない感じだった。
「分かりました。じゃあ・・・今日は付きっ切りで原稿があがるの待ちます。私、夜食の買出し行ってきますね。何か食べたいものありますか?」
「できるまで見張ってるつもりか」
「当たり前です!死ぬ気でとってくるって言ってしまった以上、手ぶらじゃ帰れませんから」
私の言葉にヤレヤレ・・という顔をしながらため息をつき、
「カルボナーラ」と一言呟き手を動かし始めた。
「了解です。じゃ、行ってきます」
簡単に材料を買い戻ってくると、折原さんは黙って自分の携帯を見つめながらまた小さくため息をついていた。
今きたメールを見ていたのか・・・それとも前のメールを見ていたのか分からないが
私の気配にパタッと携帯を閉じ、またパソコンに向かった。
ちょっと寂しそうな顔が気になりつつも、キッチンを借りてパスタを作りテーブルに持っていった。
「ふ〜ん・・・料理できるんだな」
「そりゃできますよ。普通程度には」
クルクルとフォークに巻きつけ一口食べる姿に少しだけ緊張しながら感想を待っていると、折原さんは何も言わずに黙々と全部平らげまたパソコンの前に戻っていった。
(ちょ!何か言おうよ・・・。せっかく作ったんだから〜)
難しい顔をしたままの折原さんに文句を言うこともできず、皿を洗ってまたソファーに座り原稿を待ちながら静かにパソコンを見ていた。
「お前さ・・・」
「はい?」
「辛いなって思う恋愛したことあるか?」
「まぁ・・・それなりに。辛さは人それぞれだと思いますけどね」
「みんなそんなもんか〜」
大きく煙草の煙を吐き出し、天井を見つめながらボ~とする折原さんを見て、今この人は辛いなって感じる恋をしているのかなって思った。
「辛い・・・恋愛してるんですか?」
なんとなくその態度が気になりつい聞いてしまった。
「ん?」
私の言葉にフフンと鼻で笑い、折原さんはそれ以上答えること無くキーボードを叩く手を止めなかった。
せっかく仕事をする気になったのだろうから、それ以上話しかけるのを止めまたお互い黙ったまま時間が過ぎていった。
「さっきの・・・」
「えっ?」
半分眠くてボ〜としている中、急に話しかけられて慌てて平然とした顔をして折原さんを見た。
「パスタ美味かった。ありがとな」
ボソッと一言いって照れた顔をして前を向く彼の態度に、ちょっといままでと印象が変わった。
「あ・・いえ。あんな普通な感じで逆にすいません」
それほど上手じゃない料理を褒められてちょっと顔が赤くなり、なんだか恥ずかしくなった。
「手料理なんか久しぶりだったから。いいもんだな・・・やっぱり」
お互い顔を見ないでボソボソと話す空間が付き合い始めの恋人のようで、なんだか懐かしいような照れくさいような・・・
とか思っていたくせに、、、数分後、私は知らない間にソファーで眠りについてしまい、
久しぶりの外泊をしてしまった。
まったく怪しい雰囲気もあったモンじゃ無いけれど・・・・