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実は凄い男



翌日。みんなで行こうという場所は思いのほかベタな所だった。



「最初はみんなで水族館に行って〜、それから食事でしょ。で、次はカラオケにでも行って〜、その後は飲みにでも行こうよ。明日はみんな仕事だから、取り合えず解散は今日のうちにってことで。あ、でも盛り上がったなら、別行動もアリよ!」


別行動する気満々の真紀が仁王立ちしながら今日の予定を教えてくれた。


「別行動したいなら、、、昼の食事の時点でそうすれば?」

「ダメ!そんなことしたら、アンタ即効帰る気でしょ」

「チッ・・・」


舌打ちをしながら鏡を見ていた。


「真羽、、、アンタね。いつまで前の男引きずるつもりよ!もういいんじゃない?」

「そうよ。折原さん格好いいじゃない!」

「別にそんな風に見てないし〜。それに私達は「ノリ気じゃない同士のカップル」って二人とも納得してるんだから、余計な心配してくれなくて結構」


ウキウキした二人とは違いちょっとだけ浮かない顔をして待ち合わせ場所に行くと

もう3人は揃っていた。


「おまたせ〜」

笑顔で各自のパートナーに笑顔で走り寄る二人を見ながら遠めに折原さんに軽く頭を下げた。


「じゃ!行こう〜」

ニコニコと歩き出す4人を見ながら、取り合えず折原さんの隣に並んで歩いた。


「あんまり楽しそうじゃないな」

「え?そっちもでしょ」

「そう見えるか?」

「さぁ・・・。あ、たぶん昼ご飯が終わったら解散できるみたい。カラオケに行くとか言ってたし。私、カラオケって苦手なの。だからその時間になったら帰ろうかと思って」

「俺もカラオケは苦手だな」

「なら良かった。苦手だからってことで帰ることにしようよ。二人で抜けるなら問題無いだろうし」


前を向くともう4人の姿は無く、折原さんと二人ポツン・・・としていた。


「じゃ、行こうか。もう4人行っちゃったよ?」

「あ・・・そうだな」


自分もそれほどノリ気じゃなかったけれど、この人もそうかもしれない。

つまらないと思われるなら、、、昨日の時点でやっぱり断れば良かったかな。

後ろから歩いてくる折原さんにそんなことを思いながら少しだけ先を歩いた。


中に入ると水族館独特のヒンヤリとした気持ちの良い空気が漂っていた。

薄暗い水槽と柔らかく流れる水に、つい顔がニコヤカになった。

昔から私は水族館が大好きで実はたまに一人で来ていたりしていた。


「あ、このクラゲ知ってる?ビゼンクラゲっていうの。こっちはハナガサクラゲ。綺麗だよね〜」

「詳しいんだな」

「うん!昔から水族館って大好きなの。特にクラゲって大好き。飼えるなら飼いたいくらい!」


珍しそうに水槽に顔を近づける折原さんに指を指し説明をしながら歩いた。

スッカリ真紀達とははぐれてしまったけれど、どうせ時間になれば電話が来るだろうと、

探しもしないで別行動をしていた。


館内のアナウンスにイルカのショーとラッコの餌をやるイベントの案内をしていた。


「ショーとか見たい?」

「ん?見るか」

「どっちでもいいけど。折原さんが見たいなら行く」

「水族館が好きなら見たいイベントじゃないのか?」

「う〜ん・・・。私は別に魚とかが好きなだけだから。人間に無理やり芸をさせられているイルカを見るよりも好き勝手に泳いでいるほうが好きかな。なんだか可哀想に見えるんだ〜」


突然クスクスと笑う折原さんに「なに?」と聞いた。


「俺も昔からそう思うよ。イルカが最初から芸をする奴なら見ていても楽しいけれど、あれは人間が客寄せに教え込んだものだからな。気の毒に思っていた」

「でしょ?可哀想だよね。イルカだってきっとこんな狭い水槽じゃなくて広い海を泳ぎたいって思ってるだろうし・・・」


「じゃあ、後から気ままに泳ぐイルカを見るとするか。じゃああっち行ってみよう」


人気の少なくなった館内を指差し折原さんは歩いて行った。


「いつも来てるのか?」

「ん?そうだなぁ・・・。月に2〜3回くらいかな」

「そんなに一人で?」


(ウッ・・・)


「一人で来るのが好きなのよ!」

「ふ〜ん・・・・」


しまった。なんだか超格好悪い。


「俺も今度一人で来てみようかな」

「え・・・?」

「案外いいもんだな。見ていて気分がいい。毎日忙しくしているとストレスも溜まるし」

「でしょ?いいでしょ!水族館!って・・・そんなに毎日忙しいってどんな仕事しているの?」

「まぁ・・・自由業って所かな」

「ふ〜ん。そうなんだ」



(自由業ってなんだろ?まぁ、、いいや)


「お前、あんまり俺に興味無いだろ・・・」

「へ?」

「全然俺のこと聞かないもんな」


「興味が無いっていうか・・・。別に聞いたからって何が変わる訳じゃないし。

 自分だって私のこと別に聞かないじゃない」

「俺はイロイロ聞いているけれど答えないだけだろう」


「何か聞きたいことでもあるの?」

「どうしてそんなに冷めているのかって聞いてみたいもんだな」


お互い水槽を見ながら前を向いていた。

別に昔から冷めていた訳じゃない。


「男なんか信じても損をするだけだって分かったから、もう期待していないだけよ」

「随分な話だなぁ。たまたまお前と付き合っていた男がそうだっただけじゃないのか?」


彼だけは・・・何があっても私の味方だと思っていた。

自分が持っているすべてのモノを捨てても彼と一緒にいられるのなら容易いモノだと思ったのに・・・


「別にどうでもいいよ。恋愛なんか面倒くさいだけだから」

「浮気でもされたのか?」

「浮気ね・・・。それくらいならまだ良かったかもね」


私の捨て台詞にも似た言葉に折原さんは何も言わずに黙っていた。


話半分でその場を離れ、近くの水槽を覗いた。

ボ〜と口を開けたマンボウがユラ〜と泳いでいるのを見ながら先を歩いた。


「今でもその男が好きなのか?」

「別に。どーでもいい」

「じゃあ、いつまでそんなことに拘っているんだ?そんなんじゃこの先ずっと一人だぞ」

「それならそれでいいわよ。また辛い思いするくらいなら、一人でも十分楽しいし」


(偉そうに。別にいいじゃん・・・)


「傷が深そうだなぁ〜」

「はぁ?」

「さっきからまともに俺の目見ないもんな」

「別に目くらい見られるわよ」

「男性恐怖症にでもなっちまったんじゃないのか」


「そんなこと無いけど・・・。仕事でも男の人と二人きりになることもあるし」

「そりゃ仕事とプライベートは違うだろ。そうだ!水族館にたまに来てるんだろ?その時は俺も付き合うことにしようかな。一人は見ていて痛いだろ」

「痛いって何よ!全然痛くなんか無いわよ!」

「激痛だろ・・・。誰が見てもこの女、怪しいって見られていると思うぞ〜?」


バカにしたように笑う顔に怒りが最高潮になりそうだった。


「よし決まり!チームアクアリウムってことで。次はいつにする?」

頭に手を乗せワシワシとして顔を覗き込まれた。


この仕草・・・彼がいつも私にしていた仕草だった。子供扱いをして、優しく微笑みかける時、決まってこの仕草をした。そしてその大きな手が頭に触れる度に彼のことをもっと好きになった。温かく優しい手・・・・


一瞬、彼を思い出し忘れかけていた昔のことを思い出していた。


「そのうち好きな男ができたら昔の男なんか忘れちまうよ」


ポンッと頭を叩き先を歩く後姿を黙ってみていた。

本当に忘れられる時なんか来るのかな・・・

信じていた分だけ傷跡が深くて、また誰かを信じて裏切られるくらいなら

二度と恋なんかしないほうがましだと本気で思っていた。


1時間ほどしてから携帯に真紀から連絡があり、ランチの為に場所を移動した。

4人はこれから行くカラオケのことで盛り上がり、誰の歌がお気に入りだとか、そんな話で大騒ぎしていた。


遠目にそんな大騒ぎを見ながらアイスティーをズルズルと飲み、家に帰ってから何をしようかボンヤリと考えていた。


(あ・・。明日柚木先生に持っていくお土産、帰りに買って行こうかな。あの先生、ケーキが好きだから、、、たしかこの近くに人気のショップがあったはずだな〜。帰りに行ってみようかな・・・)


「この後、どうするんだ?」


声をかけられ前を見ると折原さんがこっちを見ていた。


「私なら帰る。ちょっと寄りたい所もあるし」

「どこに行くんだ?」

「明日、柚木先生に持っていくケーキ買いに。明日は時間が無いから」

「へぇ・・・。アイツ甘いもの好きなんだ?」


「あの・・・。アイツって、、、知り合い?」

「あぁ。学生の頃のな」

「嘘っ!そうなの?」

「まーな。最近は会ってないけど」


ランチが終わりみんなが移動しようとしている所を止め、折原さんと別行動すると伝えると、妙にみんなはニヤニヤして快く送り出してくれた。


4人が去ったのを確認して折原さんにさよならを告げ帰ろうとした。


「じゃ。今日はお疲れ様。私はこれで」

「随分とアッサリだな」

「そう?折原さんも好きな所に行けば?じゃーね」


軽く手を振り前を向いて歩きだすと隣を折原さんが歩いていた。


「あの・・・こっち行くの?」

「あぁ」

「そう・・・」


ケーキ屋に入ろうとすると後ろを着いてきた。


「あの・・・なに?」

「暇だから付き合おうと思って」

「買ったら帰るけど」

「お前は冷たいなぁ。もっと可愛げのあること言えないか?どこか行きますか?とか、

 もう少しお話しましょうか?とか」


「別に。可愛くなくて結構」


スタスタと中に入りケーキの品定めをして美味しそうなのをピックアップして数点買った。ついでにと自分の分も選んでいると横から顔を覗かせて勝手に注文を始めた。


「俺は〜これと、これ。お前は?」

「私は、、、いいよ。自分の分は自分で買うから」

「いいから。ほら、早く選べ。後ろ並んでるぞ」


振り返るとカップルが楽しそうにウィンドウを覗いていた。


「あ・・・じゃあ。ミルフィーユと洋ナシのタルト」


店を出て箱を持つ折原さんと目が合った。


「じゃあうちに行くか」

「えっ、、、折原さんの?」

「ならお前の家でもいいけど」

「いや、、、うちは、、、」


さすがにあまり知らない人をいきなり家にあげるのって抵抗あるし、、、

けど、だからって私が家に行くってのも、、、同じことだし。


「なら俺の家だな。行くぞ」


私の返事など待たないで折原さんは勝手に歩き出した。


「あのっ!やっぱりいい・・・。私帰るから」

「ケーキどうするんだ」

「あ・・・。折原さん食べて。私いらないから」


逆のほうに向かって歩き出そうとすると手を捕まれ止められた。


「どーせ暇なくせに。行くぞ」


ガッシリと捕まれた手に驚きながら、そのまま折原さんの家に連れていかれた。

外見からして凄い高そうなマンションに思わず口が開いたままエントランスに入り

エレベーターに乗り込みキョロキョロとしていた。


(え・・。家賃5万のボロアパートって言ってなかった?ここ、、どう見ても家賃20万はしそうなんですけど・・・)


「あの、、ここに住んでいるの?」

「あぁ」

「家賃5万じゃなかったの?」


私の言葉にクスクスと笑い、先にエレベーターに乗り込む姿に急いで後ろを着いていった。


ドアを開け中に入ると・・・想像以上に凄い部屋に目を見張った。


「すごっ!なにこれ。リビング何畳あるの?」

「25って言ったかな。家具が無いから広く見えるだけだろう」

「いやいやいや。家具があっても広いから!」


「適当に座ってろ。飲み物は何がいい?」

「あ・・・なんでも」


広い部屋の中に高そうなソファーとデスクだけがある部屋だった。

デスクの上にはパソコンがあり、無駄なものが一切無い空間で寂しそうな感じがした。


しばらくすると部屋の中いっぱいに広がるコーヒーの匂いに気がつきキッチンを見るとカップにコーヒーを入れた折原さんが歩いてきた。


「あ・・。ありがとう」

「コーヒーでいいか」

「うん。あ、ケーキね。お皿に出そうか」

「適当に好きな皿持ってきていいぞ」


キッチンに行くと大きな食器棚の中には数えるくらいしか食器は入っていなかった。

それを見て、このキッチンに立つ女性がいないのかなと感じた。


「はい。お皿」

「あぁ。適当に食っていいぞ。俺、甘いもの嫌いだから」

「え?ならどうして買ったの」

「暇だったから。お前も暇そうだし、一人でいるよりも二人のほうが時間潰しになるだろう」


(なんだそれ・・・。つーか勝手に暇って決めるつけるな!って・・・暇だけど)


ケーキをパクパク食べていると、折原さんはFAXを見ながらパソコンをONにした。


「あの・・・仕事?」

「ん?あぁ・・。ちょっとな」

「なら、邪魔だからそろそろ帰るね。お邪魔しました」

「別にいい。誰がいても書けないものは変わらないから」


「書けないって・・・なにが?」

「俺の仕事」

「書く仕事?」

「あぁ。締め切りがかなり遅れていてな。けど気分が乗らないと筆が進まないものだ」


部屋をグルリと見渡すと、数冊の本が床に積み重なっていた。


「あ・・。うちの会社の本だ」

「そうだな」


(なになに。立花悠馬・・・?へぇ。あんな売れっ子作家の本なんか読むんだ?

 って、、同じ本が何冊もある・・・・。え?これって、、、新刊が出た時に作家の先生に渡すみたいな感じ?え?・・・うそ、、)


ドキッとした・・・

まさかね。そんなはずないよね。

あの、、、締め切りを守らないことで有名で、堅物で気難しいと評判で、ベストセラー作家の立花悠馬がこの人の訳が無い。


その瞬間、あのカフェでこの人を見た時の違和感を感じた意味が分かった。


(分かった!本の裏の写真で見たことがあったんだ!普段はメガネをしているから

 気がつかなかったけど、、、、立花悠馬本人じゃん!)


「あのぉ・・・。私帰ります・・・」

「どうしてだ?」

「いえ、、その、、、ケーキも食べたし、、、ここにいる意味はもう無いので・・・」

「まだ時間があるならユックリしていけ。一人でいても暇だから」


暇だからと言われても・・・

気がついてしまった今、ここにいるのはとっても気まずい訳で。


「あのぉ・・折原さんてさ、、、立花悠馬だったの?」


小さい声で聞く私をチラッと見て、また視線をパソコンに戻した。


「それがどうした?」

「そんな有名人がどうしてお見合いパーティーなんかに行ってたのかなって」

「別に一般人には俺が立花悠馬だって分からないだろう。俺の本に興味がある奴ならまだしも、現に誰にも気づかれなかったし。それにアレは付き合いだ」


背中を向けたままパソコンに向かう折原さんに気まずい感じでコーヒーを飲んでいた。


(どうしよう・・・。私なんだか場違いかもしれない。あまりに広くて体育館にいるみたいだし。それに、、、この先生、怖くて有名なんだよなぁ。あんまり関わりあいたくないんだけど)


「あの・・・・」

「なんだ?」


振り向かずに答えた折原さんに小さい声で話しかけた。


「どうして嘘ついたの?」

「嘘?」

「だって、、、年収が安いとかボロアパートとか、、」

「金に釣られるような女とは食事もしたくなくてね。人をそれだけでしか見ない奴なんか目も合わせる価値が無い。それだけだ」



金持ちの考えることは分からない・・・

てゆうか、どっちみちそんな項目見なかったけど。


「ごちそうさまでした。じゃあ・・・これで」

「待て」

「はぃ?」


帰ろうとしたのに引きとめられて、ソロ〜と振り返った。


「今の担当な・・・。どうも俺には合わないんだよ」

「え?あ、、、そうですか」

「原稿を待っている間の貧乏ゆすりが異常なくらいイライラする」

「はぁ・・・・」

「明日からお前が来てくれ」

「うそ!それちょっと困る!」

「どうしてだ?」


堅物だから嫌!とか締め切り守らないから絶対嫌!なんて、さすがに本人にむかって言えなくて、適当なことを言って誤魔化そうとしたけれど、こっちの話は一切聞いていなかった。

携帯を取り出し、どこかに電話をしだした。


「もしもし。雅か?立花だ」


(雅チーフのこと呼び捨てって!)


「悪いが明日から俺の担当を替えて欲しいだが。風間っているだろ。彼女にしてくれないか?あぁ・・・。ちょっと知り合いだ。本人にも了解はとっている。じゃあな・・・」


ピッと携帯を切り、

「そういうことだから明日から頼むな」とニカッと笑いコーヒーを一口飲んだ。


なんの因果か・・・

超売れっ子作家だけれども、うちの会社始まって以来の締め切りを守らない

この立花悠馬の担当になってしまい、憂鬱な日々が始まった。




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