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一緒にいたい



(もう会えないのかも)

どこかでそんなことを思いながら数日が過ぎた。


それでも毎日、海人のコーヒーを買い二つのカップを持ちながら同じ時間にベンチに座り電車の発車時間ギリギリまで彼の姿を探していた。


(私、、なにしてるんだろう、、、)


どこかでそんなことを思っているのに、それを止めてしまうことが寂しかった。

別に好きと言われた訳じゃない。恋人でも無ければ、そんな風に思われている訳でも無いのに、ただ一緒にいるのが楽しかっただけで私はいつまでも、そんな無駄なことを繰り替えず毎日だった。


10日が経った頃、半分諦めていたがいつものようにベンチに座りシュンとしながら下を向いていると、私の前に立つ誰かの足が見えた。


フッ、、と顔をあげるとそこには海人の姿があった。


慌てて立ち上がり何かを言おうとしたけれど、海人はニコッと笑い私の手からコーヒーを取りグッと一口飲んだ。


「ありがとう。買っておいてくれたんだ」

「あ、、、うん」


もう会えないって思ったのに、こうして会えたことにホッとしたと同時に、やっぱりこの人を好きになってはいけないんだって感じた。


「あ、じゃあ、、私もう行きますね」

「え?一緒に行こうよ。いつもみたいに」


後ろをついてくる海人に少しだけ早足で電車に駆け乗り、少し離れた場所に立った。

そんな様子を見て混んでいる車内で、人を掻き分け隣に並び何か言いたげにこっちを見る海人の視線を感じた。


「もしかして怒ってる?」

「別に、、そんな怒るとか、、」

「そっか。少しは心配してくれてるかな~って期待したんだけどな」


そんな言い方にからかわれていると感じた。私がこんなに心配していたのに、、、

ジロッと睨み海人を見ると、ニヤッとだけ笑いまた前を向いた。


駅につき早足で降りると、その後ろを海人が急いでついてきた。


「やっぱ怒ってるんでしょ?」

「怒ってません!別に怒ることも無いですし!」

「どうして俺が来なかったとか気になってもくれないんだ?」


笑顔でそんなことを言う海人に更に腹が立った。


「別に気にしてなんていません!どうせ暇潰しだったんでしょ?私のことなんか」


それだけ言って走って改札を抜けた。

これでいいんだ。これ以上、いつもみたいに仲良くしていたら、、もっともっと彼のことを知りたくなって、、そして自分が惨めになるだけなんだから。


「ちょっと待てよ!」


突然後ろから手を捕まれ振り替えると、真剣な顔をした海人が息を切らしていた。


「もぅ遅れるから離してください」

「別に遊びでも、暇潰しでも無いから!」

「そんなこともう、どうでもいいの!」


腕を振り払って行こうとしたのに、少し怒った顔をした海人にそれ以上何も言えなかった。


「俺も、、時間が無いから。今日の夜、ここで待ってる」

「知りません!失礼します!」


後ろを振り返らず猛ダッシュで会社まで走りながらも、さっきの言葉が頭の中でグルグルしていた。


<遊びでも無ければ暇潰しでも無いから!>


(じゃあ、、なんなのよ)

何を言いたかったのか聞いてみたい気持ちもあったけれど、いまさら聞いたってどうにもならない。どうせ軽い気持ちでの暇潰しだったんだろうし。


その日の帰宅時間。本当に彼が待っているのだろうかとコッソリと駅の入り口を覗くと、彼の姿があった。


「やばい!」


別に隠れることは無いけれど、、、もう話を聞いた所でどうすることも出来ない。

どうせ1時間も経てば来ない私に飽き飽きして帰るだろうと、コソコソと隠れながら、その場を離れた。


けど、、1時間経っても、2時間経っても、、彼はジッとその場から離れることは無かった。9時を過ぎた頃。このままじゃいつまで待っても帰れないと、足早で駅に行くとそんな私を見つけて彼がホッとした笑顔でこっちを見た。


「遅かったんだね。残業かい?」

「・・・・・」


声をかけてくる彼の横を急いですり抜けようとしたけれど、そんな笑顔につい足を止めてしまった。

「どうして、、何時間も待ってるんですか」

「だって待ってるって言ったから。って、どうして何時間もいるって知ってるの?」

「あ、、いえ、、別に、、、。なんとなく」


慌てる私を見て海人はニコニコとして嬉しそうな顔をした。


「君を見てるとホッとする」

「なっ!バカにして!」

「バカになんかしてないよ。君の顔を見るとなぜか安心できるんだ。ごめんね。ずっと連絡できないで。気になってはいたんだ」


「別に私達なにがあった訳じゃないし、別にいいじゃないですか」

「だって本当は心配してくれてたんでしょ?今朝の顔見たらそう思ったから」

「そんなの勝手にそう思ってるだけじゃない。全然心配してなかったもん!」

「じゃあどうして今朝、コーヒー買っててくれたの?もしかして毎日買って待っててくれたんじゃないの?」


「今日は、、たまたまです。別に待ってなんかいません」

「そっか。俺は会いたかったけどね。この10日間」


彼の言葉にキッとして顔をあげ目を見つめた。


「ごめん。風邪ひいちゃってさ」

「えっ?それで、、休んでいたの?」

「うん。でも、、それで休むって君に連絡するのって、ちょっと俺、自信過剰みたいだから、、でも気になってはいたんだけど」


照れた顔をする海人に、なんて言っていいのか分からなかった。

連絡をくれたら、、きっと体調が心配だったけれど嬉しかっただろう。

でも、まだそんなことすら躊躇するくらい私達は何も始まっていなく、でもそんな時に少しでも私のことを考えてくれたことが嬉しくて。


「もぅ、、体調は大丈夫なんですか?」

「あぁ。もう大丈夫。明日からまた同じ電車で一緒だね」

「う、、うん」


その日、いつもより遅い電車で二人並んで座って帰った。

妙に近くてなんだかドキドキしていた。


「こんな風に帰ったの初めてだね。食事の時はタクシーだし」

「そうですね。いつも電車は朝だけだものね」

「今度、俺の残業が無い時また一緒に帰ろうか」

「あ、、、はい」


シーンとする間が更に緊張する。ドキドキが聞こえてしまうんじゃないかって小さく息を整えてモジモジと自分の手元を見ていた。


それでもいつもの彼氏みたいに気軽に連絡をしたい時にできる人では無いって思うと、なんだか悪いことをしている気持ちになってしまう。

チラッと左手の薬指を見ると指輪が目に入る。


ズキッと心が痛みながらも、別にそれほど悪いことはしていないって、、、自分に言い聞かせてしまう。ただ、こうして一緒に通勤して話をしているだけだもの。


駅に着き別れる時間がとても寂しいと感じてしまう。

「じゃ、また明日」

「はい。また」


本当は、、もう少し一緒にいたかったな。そんなことを考えながら重い足取りで帰ろうと歩き出すと携帯にメールが入った。


<コーヒー買ったから、ベンチで待ってる>


振り返るといつものベンチに座り缶コーヒーをこっちに見せる海人が見えた。

そんな姿を見て、つい笑ってしまった。


「なにしてるんですか。早く帰らないと」

「もう少し話したくてさ。ダメだった?」

「でも、、まだ風邪治ったばかりだし」

「もう大丈夫だよ。じゃあ、、、30分だけ!」


子供みたいに一緒にいられることが嬉しくて、目の前でこうして笑ってくれることが何より楽しくて。

離れてしまえばこの人はきっと誰かの所に帰ってしまうから。


今だけ、、、ほんの少しだけ、、、


そんな気持ちがどんどんと強くなる。もっと彼のことを知りたい。一緒にいたい。

ダメだと思えば思った以上に違う行動をしてしまいそうになる。


人間は止められると、ついその向こうに進みたくなってしまう生き物かもしれない。

そして、、その相手が少しでも自分と同じ気持ちだと感じると、歯止めが効かずにもっと進んでしまう。


30分といった時間制限は、気がつくとすでに1時間以上オーバーしていた。

それに気づいているのに、私は知らないフリをしてしまう。

そしてそれを彼も分かっているのに、こうして一緒にいてくれることに嬉しく感じてしまう。


そろそろ終電という時間になり、人影も少なくなってきたのを感じ、引き止めることはもう限界だと思った。


「そろそろ帰りましょうか」

「ん?あぁ、、、もぅこんな時間かぁ~。もっと話したかったな~」


そんな言葉にもドキッとしてつい顔が赤くなってしまう。


「そうだ!君の家に送ってあげるよ。そうしたらもう少しだけ一緒にいられるし」

「えっ!でも、、、方向が逆じゃないですか」

「行こう!」


自然な感じに繋がった手につい負けてしまう。温かい手に嬉しい気持ちが勝ってしまう。普段なら歩いて帰るこの距離が面倒だと感じるのに、今日はもっと遠ければいいのにって思いながら、変わらぬいつもの風景を見ていた。


「ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」


階段の下で海人にお礼を言うと、彼は少しだけ寂しそうな顔をした。

そんな顔をされると、、<少しだけ寄っていきませんか?>って言ってしまいそうになる。


けど、、それはきっといけない事なんだろうと自分の考えを無理に消した。


「じゃあ、、、また明日ね」

「はい。おやすみなさい」


お互い別れの言葉を言っているのに、なかなか手を離すことが出来なかった。

こんな子供みたいな行動なのに、、、それでも今はそれが嬉しかった。


「じゃ、本当に帰る。また明日」


スッと離れた手に胸がギュッとした。


「はい、、、」


彼の後ろ姿を見送りながら、胸がどんどん苦しくなっていくのが分かった。

これ以上、進んだらきっともっと苦しくなる。頭では分かっているのにそれを止める自信は無かった。そうすることで、誰かが悲しみ、自分も悲しむことになるのに、、、


翌日の朝。海人に会えると私はいつもより早く起き、バタバタと支度をしながら忙しく動き回っていた。


ピンポーン♪


こんな朝早くから誰だろう?とドアを開けると、そこにはコーヒーを二つ持った海人がいた。


「え、、、どうしたんですか?」

「駅で待つ時間考えたら、迎えに来たほうが一緒にいられるかなって思って」


驚いた顔をする私に海人は照れた顔をして「ごめん。突然すぎたよね」と笑った。


「ううん。全然!えっと、、まだ時間あるから、、入りますか?」

「いや、、悪いからいいよ。まだ支度の途中でしょ?」

「いえ。もう準備は出来てますから。どーぞ」


慌てて部屋の中をザッと片付け、海人を部屋に入れた。

ドキドキしすぎて何をしていいのかすらわからず、テーブルを挟んでお互い固まるように座っていた。


「君がどんな所に住んでいるのかなって思ったら、、つい来ちゃった」

彼のそんな言葉につい笑ってしまった。


「二ノ宮さんって子供みたい」

「まったく、、、お恥ずかしい」

「でも、、、」

「ん?」

「嬉しかった」


ニコッと笑うと海人も同じように笑い、二人でクスクスと顔を見合わせて笑っていた。

まるで初めて恋をした子供のように、その気持ちはまだ淡く、、そして大人だから本当はいけないって分かっているのに、知らない顔をして、、、、


その日から海人は毎朝迎えに来てくれるようになった。30分だけ早かった時間は1時間になり、私の毎日はどんどん海人で埋まっていくようになった。

少しの時間でも会えたら嬉しいという気持ちは、もっと大きな気持ちになり、、、

そしてそれは海人も同じで、帰る時間も一緒になり、、、


淡い子供の恋心は同時に消えていった。


どこかで分かっている。いつかこの関係は終わるのだと。

でも、それを簡単に止めることができないくらいの気持ちに、見て見ぬフリをした。

自然と一緒に帰るようになり、私の家で夕食を食べて行くことが多くなり、でもそれ以上の関係に進むことは無かった。


そんな毎日を過ごしていた、ある朝。


「俺、今日夕方に直帰なんだけど真羽ちゃん何時に終わる?」

「んと、、今日は6時くらいかな?」

「そっか。じゃあ、、、家の前で待ってるよ。こっち方面の会社に用事あるんだ」

「じゃあ、、、鍵渡しておきます。ボーと待ってるの辛いと思うから」

「えっ、、いいの?」

「うん。じゃあコレ」


キーホルダーから合鍵を外し海人に渡した。


「なんだか、、嬉しいな。こんなの」

「子供みたい~」

「だって、、特別って感じしない?こんな風に合鍵貰うなんて」

「特別、、、だもん」


私の言葉に海人が一瞬、真面目な顔をしたのを見て、恥ずかしくて目をそらした。


「じゃ、、そろそろ行きましょうか!」


慌ててテーブルのカップを片付け、仕事に行こうと立ち上がると当然海人が私を抱きしめた。

あまりに突然で、心臓がドキドキしすぎて、その音を聞かれてしまうんじゃないかと息を止めた。


「俺、、何やってんだろうな、、、」


そう呟く海人が困っているんじゃないかと顔を見上げた。


「初めは一緒にいられるだけで良かったんだ。けど、、どんどん気持ちが止められなくなってくる。まいったな、、、」


海人の言葉に何て答えていいのか分からない。ただ黙って海人の顔を見つめていた。


「もっと、、、一緒にいたい」


ギュッと抱きしめる海人の力に自然と彼の背中に手を回して顔を胸につけた。


(嬉しい、、、)


そんな風に思ってくれて嬉しいって気持ちでいっぱいになる。


「私も、、、同じです」


これ以上、進んでしまえばきっと悲しむことになるだろう。

でも、この時はそんなこと平気だって思え気持ちの制御ができるほど私は大人では無かった。

一緒にその壁を越えようとしている人を目の前にして、、、自分だけ押さえることなんかできる訳は無かった。


誰かがどこかで悲しんでいるのに、、、、


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