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最悪の結果



「おぃ風間!」


突然の雅チーフの声にビクッとして振り返った。


「えっと、、、なんですか?」

「なんですかじゃ無いだろう!さっきから俺の言ってることわかってるのか?いつまで待てば原稿があがるんだ!」

「あ、、はいっ!立花先生のですよね。えーと、、、」

「違う!柚木正也のだ!お前聞いてなかったのか!」


雅チーフの雷を全身で受けやっと抜け出せたのは30分後のことだった。


「お前最近どうした。まったく仕事に身が入ってないぞ!どうなってんだ!」

「了解で~す!外回り行ってきま~す」

「こらっ!まだ話が!」


これ以上同じことを言われ続けたら死んでしまうというくらいの小言に耐え切れずに外に飛び出した。

チーフが怒るのももっともだと自覚している。あの日以来、私の頭の中はレイさんの顔と言葉が飛び交いまったく何も手につかない状態になっていた。


こんな時、自分の未熟さがよく分かる。何をどうすれば良いのかまったく分からないのだ。

「ごめんで済めば警察はいらない」まったくもって正しい言葉だなって思いつつも、今の私はただ謝ることしかできない。

折原さんとの別れが本当に償いになるのだろうかと、いくら考えてもそれが正しいのかも分からない。


これで折原さんがレイさんのことを想い続けているのならば、答えは簡単だけれど・・・

少なくても今の折原さんは私のことを考えてくれている。

けど、、、それは現時点でのことで海人のことを知ってしまえば、その考えは変わってしまうかもしれない。


結局はそこに話が行き着き、私はまたため息をつきながら、すべて話をスタートに戻す。

そんな感じの一週間にまともな仕事ができる訳が無いのは明らかだった。



暗い顔をして帰宅し、ソファーに体を投げ出したと同時にインターホンが鳴り響いた。


「え~宅配便?もぅ今日はいいよぅ、、、」


グッタリした体をやっと起こし、ドア越しに「は~い」と面倒くさそうな声で応対した。

その声になにも反応が無く、ドアの小窓から外を覗いたが、そこにも誰も映っていない。


(なんだろ?)


チェーンをつけたままドアをあけ隙間から外を覗きこむと人影が見えた。

私がドアを開けたのを感じ、その人影は隙間に顔を覗き込ませた。


「海人・・・・」

「悪い。こんな遅くに。外で待っていたんだけど、、、どう声をかけていいのか分からなくて」

「なに?」

「ちょっと中に入って話をできないか?」

「話ならここで。貴方を中にいれる気はありません」


冷たく言い放つ私をジッと見る彼の目に負けそうになりながらも強気な顔をして彼を見つめた。


「はぁ・・・」


大きくため息をつき目頭を押さえる彼に私は少しだけオドオドしながらも無言でそのまま彼を見つめていた。


「わかった。じゃあここで話をする。もう一度俺のこと真剣に考えてくれないか。もう前みたいにお前を・・・」

「ちょっ!そんな話こんな所でしないでよ」

「悲しめることはしないと約束するから。もう俺には何も背負うモノは無いんだし」


止める声も無視して話を続ける海人に慌ててドアのチェーンを開けドアを開けた。


「わかったから!誰かに聞かれたら困るから入って」

「俺はもう別に困らないけど」

「私が困るの!」


慌てて海人を部屋に引き込みドアの鍵をかけようと思ったけれど、なんだか嫌な予感がして鍵を開けたままにした。


そんな私を尻目に海人は当然のように涼しい顔をして昔のように部屋にあがり、いつも彼が座っていたソファーの左側に腰を下ろした。


良く言えば海人は何事にも自信家だ。けど、一般的に言えば「自己中」

いつも私の気持ちなんか無視して自分のやりたいように何でも事を進めていく所は昔も今も変わらないみたいだった。


昔ならそのソファーの右側に座るのが当たり前だったけれど、私はテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろし涼しい顔をする海人を正面から見つめた。


「今、、、何をしているの?」

「ん?真羽の部屋にいる」

「そうじゃなくて。仕事とか、、、住んでいる所とか、、、」

「それを言ったら元に戻る?」


口元を少しだけ上げて笑い煙草に火をつける彼を見ながら少し気持ちは呆れていた。

なんだかんだと辛い想いをしても、結局私はすべて彼の言うことに従ってきた。辛い時も寂しい時も、隣にいてくれない彼に我慢をして続けた不倫の日々を思い出しながら無言で彼を見つめた。


「和馬とはその後どう?」

「・・・・・・・」

「仲良くやってるか・・・。そうだよな~あんな頑固者を落としたんだから、そう簡単に別れるってことも無いか。どうやったんだ?」

「・・・・・・」

「お前は和馬のタイプじゃないと思ったんだけどな~。ほら、アイツってずっと何年もレイのこと好きだったろ?だからあんなのがタイプだって思ってたんだけど、どうやってアイツを切り崩したんだ?」


分かっている事実だけど、こう面等向かって言われるとさすがにムカつく。


「そんなくだらない話をする為に中に入ったの?言いたいことがあったんじゃないの?」

「別に怒らなくてもいいじゃないか。俺は本当のこと言っただけなんだから。アイツさ、昔から誰か女を連れてくるとどこかレイに似た感じの奴ばっかでさ。けど、大体はすぐに別れちまうんだ。けどやっぱり有名作家は違うよな。女がウヨウヨ周りにいるらしくて、すぐにまた違う女を連れて・・・・」


「そんな話はもういい!」

「色々知っておいたほうが良いと思うぞ?アイツはお前が思っているほど誠実でも真面目でも無い男だから」

「彼の過去なんか関係無い!今は、、、もうそんなこと無いんだから。今は仕事も真面目だし、私生活だってキチンとしているし、もう昔のあの人じゃないんだから」

「そんなのなぜわかる?」

「なぜって、、、それはそうだから」


フンッと鼻で笑い煙草をギュッと揉み消すと海人はニヤッと笑って椅子の右側をポンポンと叩いて見せた。


「お前の指定席はここだろ?どうしてそんな所に座ってる?」

「・・・・・・・」

「俺達ウマくいってたじゃないか。もう前よりは状況もいい。毎日だって一緒にいられるんだし、何が不満だ?」

「どうして、、、いつも勝手なの?」

「なにがだ?」

「いつもそうじゃない。本当に私のことが好きって思うなら、、、どうしてこのまま折原さんとの仲を黙って見ていてくれないの?どうしてレイさんに余計なことを言って苦しめるの?貴方が何も言わなければ、、、」

「何も言わなければお前が手に入らない」


笑っていない目元がゾクッとするくらい怖い感じがした。


「俺は欲しいと思ったモノは絶対手に入れる。まぁ、、お前と和馬がってのは想定外だったけれど、そんなのは別に関係無いことだ」

「関係無いって、、、」


どこか海人とレイさんは似ているように思えた。

自信家で自分の思い通りにならないと怖い所はソックリだ・・・・

こんな時なのに私は海人を見つめながらそんなことを考えていた。


「レイさんのこと、、、どうするつもり?」

「どうってなにが?」

「貴方はもう父親なのよ。こうしている間も子供はスクスクと大きくなっていて、、、今はお母さんがレイさんの所に行ってお手伝いしているけど、本当ならば二人で力を合わせてって時でしょ?」

「俺は子供は嫌いだ」

「それでも産まれた事は事実でしょ!どんだけ責任感が無いのよ!」


怒る私を見て海人は笑いながら席を立ち、私の隣にしゃがみこんで顔を覗いた。


「俺を縛り付けるようなことをする女は好きじゃない。お前のように従順じゃないとな」


フワッを頬を触れる手を瞬間的に避け少し体を後ろに引き海人を強く睨んだ。


「真羽。俺はお前じゃないとダメなんだ。お前は俺が嫌がることは絶対しない。和馬のことは忘れてやるからすぐに別れろ。それで何もかも元通りだ」

「何を言ってるの、、、」

「言葉で分からないなら・・・少し強引になるぞ?本当はそんなことしたくないけど」


そう言ったかと思うと突然、海人は私の口を塞ぎその場に倒して押さえつけた。


「ンッー!」

「騒ぐな。お隣さんがビックリするだろ?」

「ンー!ンッー!」


出来る限りの力で抵抗しようと彼の手を掴んだけれど、所詮女の力なのかなんなく弾かれた。

それでもなんとか逃げようとテーブルの上の物を投げつけて、海人が怯んだスキに隣の部屋へと続く壁を思い切り叩き助けを求めた。


シーンとした隣の雰囲気に海人を見た。


「残念。お隣さんも下の人も留守みたいだな」

「知ってたんでしょ!」

「いや?電気が点いていないな~とは思ったけど」


ジリジリと近づく海人に一歩ずつ逃げていると、突然彼が携帯を手にした。


「じゃあ一番大事な人に助けを求めればいいだろう」

片手でどこかに電話をしている姿にピンッときた。


「やめて!」

「和馬ショックだろうな~。ドアを開けてお前が俺に抱かれている姿を目の当たりにするのって」

「バカじゃないの!」


ガシッと手を捕まれ、睨みつけるように海人を見たが、むしろ楽しそうに笑っていた。

もう・・・この人を愛することは絶対できないだろう。


「貴方を好きだったこと今は後悔してる!本当に私のことが好きなら、こんなこと出来るわけ無い!海人は私のこと好きなんかじゃないのよ!思い通りにならないから、そう思っているだけなのよ!」

「随分なこと言うなぁ。俺はお前のこと何でも知ってるよ?どこにキスをされたら感じるとか、どんなことが好きかとか・・・。どれだけ愛し合ったと思う。俺はレイを抱く時でさえ、お前のことを思い出して抱いていたのに」


床に倒され、こんな屈辱は感じたことが無いという時間の中、私は強引に海人に抱かれた。

キスをされることも気持ちが悪いと感じるほど、今この人を憎んでいる・・・

抵抗して彼の顔を叩いて逃げようとしたが、その倍の力で顔を何度か叩かれ恐怖と痛みに抵抗する力を失ってしまっていた。


体が上下に揺れながら、私の頭の中は「どうしてこんなことになってしまったのだろう・・・」と私の上にいる海人をボンヤリと見つめていた。

あんなに好きだったはずの人に私は今レイプされている。


好きだった手で体を触られ、好きだった唇で体中にキスをされているのに、、、悔しくて悲しく、、、涙がどんどんと溢れて何も前が見えなくなっていた。


(早く終わって欲しい・・・)


こんなのなんの意味も無い行為だ。目を堅く瞑り早く時間が過ぎることだけを考えていると、突然インターホンが鳴った。

声を出そうとする私の口を押さえ一瞬だけ動きが止まった海人とドアを交互に見ながら恐怖に震えているとドアの向こうから叩く音と声がした。


「真羽!いるんだろう!」


(折原さん・・・・どうして?)


海人を見ると少しだけ笑いながら耳元で小さく囁いた。


「さっきの電話・・・切るの忘れちゃったのかな。けど、、、ドアには鍵はかかってないみたいだから、入ってきたらいいのにな」


こんな姿見られたくない。慌てて動こうとする私を海人は更に押さえつけ首筋をツーと舐め唇を塞いだ。


「やっ!」


ドアが開く音がした。両手を押さえられ海人に抱かれている姿の私を見る折原さんの顔をまともに見ることができなかった。


「お前!!!」


声と同時に海人を思い切り殴り飛ばす折原さんが見えたが、こんな姿を見られてしまった私は彼の目を見ることができなかった。


「なんでこんなことをするんだっ!」


自分の上着を脱ぎ私の体にその上着をかけ起こしてくれたが、私はまともに折原さんの顔を見ることはヤッパリできなかった。


「昔よくしていたことだよな?真羽」

「お前何を言っているんだ」

「お前は相変わらず鈍いよな~。教えてやれよ真羽」


海人の声に体の震えが止まらない。ガタガタと震える体を上着で隠し、放心状態のまま床を見つめていることしかできなかった。

こんな最悪な形で過去のことまでバレてしまうなんて・・・・


折原さんは何も言わず私の肩を抱き自分の車に乗せ、もう一度アパートに戻っていった。


もぅ・・・何がどうなっているのか分からない。体のアチコチに鈍い痛みが走り、顔も火照っているように感じる。数分だったのか分からないが、しばらくすると折原さんが運転席に戻り車を出した。


折原さんの家に着くまでお互い一言も会話をすること無く、無言のまま車は走っていた。その空間が重すぎて耐え切れなくなるくらいだった。

折原さんのマンションに着き、玄関を入るとそのまま浴室に通された。


「取り合えずシャワーに入れ」

「折原さん、、、」

「今日は何も言わなくていい」

「でも、、、」


何も言わないままなんて私のほうが耐え切れないかもしれない。


「いいんだ!!今日は、、、何も言わないでくれ、、、」


少し声を荒げそれだけ言ってリビングに戻っていく折原さんの後ろ姿を見て、彼はもうすべてを知ってしまったのだろうと感じた。

あの後、部屋に戻り海人から過去のことをすべて聞いたのだろう。


折原さんはもう私のことを軽蔑してしまったのだろうか。

不倫相手を許さないと言っていたのに、その女が自分の彼女だったことを後悔しているだろうか。


シャワーのお湯で何度も体を洗いながら、そんな不安にいつまでたっても涙が止まることが無かった。

もっと早くに別れを言っていたら・・・

彼のことを好きにならなければ・・・・

折原さんと出会うことがなければ・・・


もうすべてが否定的だった。


シャワーから出てリビングに行くと折原さんは腕を組み堅い表情でソファーに座っていた。

本当はすべてを私の口から打ち明けたい所だけれど、さっきの「今日は何も言うな」という彼の言葉に黙ってその場に立ち尽くしていた。


「立ってないで座れ」

「はい・・・・」

隣にポソッ、、、と座りバスタオルで髪の水滴を軽く取りながら、シーンとした空間にお互い無言のままだった。押しつぶされそうな重い空気に我慢できず、また目から涙が溢れてきた。


「大丈夫か」

「はぃ・・・」


また長い沈黙・・・・


「あの、、、」

「お前がずっと言いたかったことは、このことだったのか」

小さく首を縦に振り、髪を拭くフリをして涙を隠した。


「昔のことを知ったら俺がお前を嫌いになると思ったのか」

もう一度、首を縦に振った後、頭からスッポリとタオルを被り体を小さくしたまま泣き出した。


「ごめんなさい、、、隠していて、、、」


折原さんがどんな顔をしているのか見えないことが、せめてもの救いだった。


「今日はもういい。寝室でユックリ眠るといい」


もうこの場にいることが耐え切れず、私は寝室に逃げるように消えた。ドアを閉めポロポロと落ちる涙に、自分は最低だと感じた。

「なにがもう悲しい顔はさせないよ、、、」


きっとリビングの折原さんはいままでで一番悲しい顔をしているに決まっている。やっと信じて心を開いてくれた女が自分の兄の不倫相手だったなんて、最悪すぎる。


結局、こんな状態で眠ることなんて無理だった。リビングの電気が消え、1時間が過ぎた頃。

私はソッ・・・とドアを開け折原さんの家を出ようとした。もう彼の側にいてはいけない。この後のことは、どうなるか分からないけれど、私が側にいることで折原さんが苦しい思いをしてしまう。


置いてあった荷物をまとめて玄関までいき、暗闇の中靴を探しているとパッ・・・と電気がついた。

驚いて振り返ると折原さんが立っていた。


「ごめんなさい。起こしちゃって」

「どこに行く」

「もぅ・・・ご迷惑はかけません。二度と貴方の前には現れません。ごめんなさい」


私の言葉を無視して手にしていた荷物を取り上げる折原さんに「返して」と声を荒げた。


「ここを出てどこに行く」

「家に・・・帰ります」

「あんな後に、あの場所に帰るのか」


さっきの恐怖が甦り一瞬、体が固まった。


「俺だって過去は最低だ。素人からモデルから、おまけに学生まで。そうだなぁ・・・結婚している奴も数人いたな」


突然そんなことを言い出す折原さんを黙って見ていた。


「学生って言っても高校生じゃないぞ。一応は大学生だったかな?」

「・・・・・・・・・」

「本当だって。俺はロリコンの趣味は無いから」


こんな時、そんな話をしている訳じゃないと突っ込みたくなったが、黙って折原さんを見つめていた。


「何が言いたいかというと・・・。過ぎたことは仕方が無いってことだ」

「・・・・・」

「そりゃ、、、あまりの世間の狭さにちょっと驚いたが、お前が軽い気持ちで兄貴を好きになった訳じゃないことくらい、俺には分かっている。そんなことができる女じゃないことくらい、俺が一番理解している」


フワッと抱きしめられ折原さんの暖かさが体に広がった。


「怖かっただろ。もう大丈夫だ」

ポンと頭に乗った手に涙が溢れてきた。


「何も変わらない。過去を知っても知らなくても、お前のことが好きだという気持ちに変化は無い」


その言葉に涙だけで我慢していたのに、小さく声が漏れ、その声がだんだんと抑えきれなくなっていた。


「俺にはお前が必要だ」



折原さんの言葉が温かすぎて、もうすべてがどうでも良くなるくらい嬉しくて・・・・

これでもう真正面から向き合えるかもって、初めて思えた。


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