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罪と罰



久しぶりに折原さんとゆっくりできて少しだけ気持ちに余裕ができたような気がする。


「週末くらいはやっぱりこうして一緒にユックリしたいな~。まぁ、、毎週は無理でもできるだけ時間を作るようにするから」


言葉にしなくてもやっぱり折原さんも馴れない子育てに付き合うのは少し疲れていたみたいで、一緒の夜が気分転換になったようだった。

レイさんへの気持ちがまた復活してしまったらどうしよう・・・という不安は全部では無いけれど、ほんの少しだけ解消されいつもよりも元気がでてしまう。

こんな些細なことに気分がガラリと変わってしまう自分は子供でもあり、なんとも簡単な女だと自覚しながらも、それでもその嬉しさを隠すことができなかった。


二週間後の週末、折原さんはやっと連絡をくれ、一緒に過ごす時間を作ってくれた。


「今日は・・・気持ち悪いくらいニヤニヤしているなぁ」


チーフの声に「気持ち悪いは余計です」とムスッとしながらも、数日前とは気持ちが変わっている自分を感じていた。


「そうだ、風間。立花先生の新刊なんだが・・・話は進んでいるか?」

「あぁ・・・その話なんですが。ちょっと先生の身の回りがバタバタしているので、もう少し先延ばしにしてもらうことはできませんか?」

「そうだなぁ・・・。今ならまだ例の週刊誌で話題性もあるし、ガーン!と行くことを考えると今が一番良い時期だ。なんとか話を進めるようにして欲しいんだが」

「ですよねぇ・・・」


本当は私だって今が一番勝負時だと分かっている。なんにせよあのスキャンダル後の新刊となれば、嫌でも話題性はあるし、ここで良い作品をあげれば信用性だってアップする。

折原さんの今後を考えると今日にでも一度、話をしてみようとチーフに了解をした。


プライベートであまり仕事の話をするのは嫌だけど、レイさんがいるとなかなかそんな立ち入った話もできないのが正直な所で、ましてや今の環境では子供が泣いたり折原さんにとって出筆活動がスムーズな環境では無い。


状況は日々変化する・・・

こんな自体になるなんて思ってもいなかったのに、なんだか状況は折原さんの仕事までに影響を及ぼしていることに私は少し不満を感じた。


(やっぱり・・・レイさんは甘えている)


最初は後ろめたい気持ちがいっぱいで、どんなことにも目を瞑ってきたがそれに慣れてくると、彼女のわがままに気持ちがウンザリしてきた。

子育てが大変なのは見ていて分かる。大変な時に助け合わないといけないことも分かる。


けど・・・折原さんにとってこの時間のロスは今後良い方向に転換していくのだろうかと考えれば、あまり良い返事はできない気持ちだった。


定時を少し過ぎた時間に仕事を終え、帰り支度をして会社を出た。

会社の前に折原さんの車が見え、笑顔で側に近寄っていくとこっちを見てニコッと手を上げた。


こんな当たり前で普通のことが今はとっても嬉しい。


「お疲れさまでした!」

「あぁ。お疲れさん」


お互いニコッと笑い発進する車の中で二人の会話は止まることが無く、相変わらず私のことをバカにして笑う顔だって今日はおおらかな気持ちで一緒に笑っていられる。


「飯食っていくか。何が食べたい?」

「う~ん・・・・焼肉!」

「たまにはいいなぁ~。ガッツリ肉も」

「でしょ?じゃあ決定―!」


気持ちが不安定だった分、こうしてまた近づけたことが素直に嬉しい。変な意地を張ったり、気を回しすぎて勝手に思い込んでいただけだったんだと折原さんの様子を見て安心した。


「やっぱり真羽は分かりやすくていいな」

「なにが?」

「何が食べたいって聞いてもコレだ!ってすぐに返答するだろ。これがレイなら「和馬の好きなモノでいいわよ」とかそんな答えだからさ」


顔の表情を変えずにそんなことを言う折原さんに私は何も答えずに前を向いた。


それは・・・私が子供だから気を使えないってことだろうか?

レイさんはちゃんと相手の気持ちを考えられる大人ってことを言いたいのだろうか?


また一人でブツブツと考えていると折原さんがそんな私を見て笑っていた。


「別にそれが悪いと言っている訳じゃない。ただ、合わせてくれるのは嬉しいが、相手が喜ぶ姿って見ていて嬉しくないか?」

「まぁ・・・」

「俺はな。お前のそんな素直な所が好きになったんだ。回りくどく計算などしない所がお前の良い所だ。いつも腫れ物に触るように育てられた俺にはお前みたいなズカッ!とした奴が新鮮でな」


「ズカッって!私だって気を使ってます!」

「ほぅ・・・・」

「ほぅ・・・って!私だってもっと連絡したいのに我慢したり、その、、、迷惑にならないように頑張ってたり、、、」

「ほぅ・・・・」

「そりゃ、、、そんなにたいしたことはできないけど、、、」


改めて言われてみれば、私の頑張りなんてまったくたいしたことでは無いのかもしれないなと思うと、それ以上は言葉がでず、モゴモゴとした口調で外を見た。


「嘘だよ。寂しがらせているなって思ってるよ。お前には感謝してる」


笑いながら頭を突きハンドルを握る折原さんを横目で見ながら、私はただ彼に気を使わせているだけなんだなって感じた。(本当に私はどうしてこんなに子供なんだろう・・・)もっと会ってホッとさせてあげるとか、気持ちを軽くさせてあげるとか、彼にプラスになれる女になりたいのに、どうすれば良いのかがわからない。


「なんだか、、、どう頑張れば折原さんの為になるのか分からないな・・・」

「は?」

「私は折原さんに会うと元気になるし、楽しいし、、、でも、私は折原さんを疲れさせているんじゃないかって思うと、、、なんだか申し訳無いような気がする」


「俺はわざわざ疲れる為に人に会うほどお人よしでも良い奴でも無い。自分が会いたいから会うんだ」

「うん・・・・」


どうすれば彼の為になれるのだろう。私が折原さんの代わりにレイさんの家に泊まりこむ?

いやいやいや・・・それは無理でしょ。後ろめたくて死んでしまうかもしれない。それに子育てなんて大変なこと手伝えるとも思えない。


「まだしばらくはレイさんの家にいるんですよね?」

「ん?そうだなぁ・・・。まだ当分は大変だろうしな」

「ちゃんと眠れてる?夜中に赤ちゃんの声で起きてしまったり寝不足になったりしてない?」

「まぁ、、それは仕方無いだろう。レイのほうがもっと大変だからな」


こんな状況はいつまで続くのだろう。無期限に近いこの状況で折原さんは大丈夫なのだろうか。

疲れた顔に見える折原さんが心配になりながらも、どうにもならないこの状況を受け止めるしか無かった。


食事をしながら少しだけ言いづらそうに例の仕事の話をすると折原さんは深いため息をついた。


「一言「頑張る」と言いたい所だが、、、なかなか今の状況では気軽にOKできる話じゃないかもな」

「そうですよね・・・」

「けれど仕事は仕事だからな。落ち着いたらレイの親に来てもらおうかと思っているんだ。やはり身内に頼むのが一番良いことかもしれないと思ってな」


「あ・・・それいいかも!だってお産の時ってみんな里帰りとかするのってお母さんにお世話を頼むのもアリだからですよね」

「まぁ、、、あの時は兄貴のことであっちの会社のこともゴタゴタしていたけれど、たぶんそろそろ落ち着いた頃だろう。実際、俺はあまり役に立っていないような気がするしなぁ~。未だにミルクの濃さも微妙だし」

「ですよね・・・折原さんの入れたコーヒー不味いもの。それをあの若さで飲まされる赤ちゃんが気の毒で、気の毒で・・・」


(もうすぐ折原さんはレイさんの家から戻ってくる!)


そんな情報にニコニコしながら食事をしていると、折原さんが胸ポケットを押さえた。


「ん?携帯が鳴ってる。もしもし?・・・・あぁ・・・・分かった。すぐ戻る」


早々に携帯を切り折原さんが口を開いた。


「真羽。悪いが今日は戻らないといけないみたいだ」

「え?どうしたの」

「レイの具合が悪いようだ」

「う、、うん。わかった」


食事を途中で切り上げ折原さんは急いで車に乗り込み、私を家まで送り届けた後すぐにレイさんの家に帰っていった。なんだかそれは昔の海人の姿に少しだけかぶって見えた。

こうして一人になるとたまらなく寂しい気持ちになる。一緒にいられるって楽しみにしていた分だけ寂しさが倍増するように思えた。


私はきっとどこか気持ちが曲がっているのかもしれない。やっと久しぶりに二人でいることを知っているのに、簡単にこうして楽しい時間を奪ってしまうレイさんにイライラしてしまう。


家に戻り部屋着に着替え化粧を落とす自分が惨めに見えた。

「今日はバッチリ決めたのになぁ・・・」

コットンについたマスカラを見ながらため息をつき、シャワーで寂しさを洗い流した。


予定があるはずだった週末が突然無くなってしまうと、なんとも暇な時間だけが流れていった。

そろそろ寝ようかとベットに入った時、携帯がチカチカと光っているのが見えた。


「あれ・・・メールが来てたのかな?」


発信者を見るとそれはレイさんだった。忘れていた怒りの感情が少しだけ復活しながらもそのメールを読んだ。


<こんばんは。せっかくの二人きりの週末を邪魔してごめんなさい。最近寝不足で貧血が酷くてつい和馬に頼んでしまいました。ごめんね真羽ちゃん>


<気にしないでください>と大人の返信ができたらどれほど良いだろう。私はそのメールに何も返信をしないで携帯を閉じた。きっと私はずっと昔からレイさんとは馴染めない運命なのかもしれないと勝手に思った。

海人と付き合っていた頃は到底な敵わない相手だと嫌悪感を持ち、今この状況では私と折原さんの間に入って邪魔をする人・・・


「天敵っているんだなぁ・・・」


今はまだ子供が生まれたばかりだから、こうして大変かもしれないけれどもう少し時間が経てば少しずつ楽になる。そうすれば状況は良い方向に向かうだろう・・・


そう願いながら目を閉じた。そう思わなければ何もかも不安になりそうであえて考えることをやめた。


けど・・・私が思っていたような良い方向に向かうことは一向に無かった。


それから数日後、折原さんと約束をしていた週末はまたレイさんの体調不良の為中止になり、私と折原さんが二人きりでユックリとできる時間はまったく無くなっていた。

ただ一緒にいたいだけじゃなく、ほんの少しでも折原さんを休ませてあげたい気持ちのほうが大きくなっていた。


けれどまるで二人を一緒にさせることを邪魔するかのように予定を入れた週末に限ってレイさんの体調が悪くなったり、子供にかこつけた用事を言い出したりとレイさんの言うがままに時間が過ぎていった。


原稿を取りにレイさんの家に行けば、まるで芝居のように大げさに疲れたと口にするレイさんに私はイライラしていることを顔に出さないでいることが精一杯だった。


「本当に子育てって大変・・・・。もう何年も眠っていないような気がするの」

「大変ですね」

取って付けたような冷たい口調でしか答えることができない自分に大きく息を飲んで笑顔を無理に作った。


「夜になると泣いて困らせるんだから・・・。和馬と交代じゃないと本当に無理だなって思うもの」


それが当然という感じで話すレイさんに正直カチンときた。


「レイさん・・・・。こんなことを言うのは失礼だと思うのですが、できるだけ折原さんの負担を無くしてもらうことはできませんか?きっとレイさんには言ってないと思うのですが新しい新刊の話があって、本当ならば折原さんには仕事に専念してもらいたいのですが」


「ごめんなさい・・・」

「いえ。レイさんが悪いと言っている訳じゃないんです。ただ、、、頼る人が他にいるんじゃないかと思って。折原さんはレイさんの弟であることは事実ですが、、、こんな時はお母さんだったり、もっと頼れる人っていると思って」

「お母さんには、、、言いたくないの。子供が欲しいって言った時から反対されていたから」

「お孫さんを反対していたんですか?」


「普通にできた子供ならもっと喜んでくれたと思う。でも、この子は体外受精だから・・・。所詮海人は子育てに参加してくれないだろうから、そんな大変なことを分かっているのに出産なんか無理だって・・・でも、私どうしても彼の子供が欲しくて」


きっと想像していたよりも子育てが大変だったのかもしれない。それと重なって海人が消えたことにレイさんが不安なのも分かる。けど、、、だからってそれを全部折原さんが受け入れなければならないかと言われれば、それは違う。


所詮彼女の甘い計算間違いに私には聞いてとれた。


何も言えないまま私は疲れた顔をして目を閉じるレイさんを見つめているしかなかった。

そんな時、ポツリとレイさんがつぶやいた。


「真羽ちゃん・・・・和馬を私にくれないかな・・・」


一瞬何を言ったのか訳がわからず、私はマヌケな声で「は?」と聞き返した。


「今、和馬まで私の前からいなくなったら、、、私どうしていいのか分からないもの。ダメかな?」

「何を言ってるんですか・・・」

「どうしてみんな真羽ちゃんを好きになるのかな・・・あの人も和馬も・・・」


スッ・・・と血の気が引いた。


(今・・・あの人もって言った)


シーンとした時間が数秒過ぎて私は自分の足元の血の気が引き冷たくなっているのを感じながら黙ってレイさんを見つめていた。


「私・・・全部知ってるの」

「・・・・・・」


ドキン・・・・・


「あの日の夜にね・・・本当は全部聞いたの。あの人が好きだった人が真羽ちゃんだったってことも、もう一度やり直したいってことも。本当はね、、初めて真羽ちゃんと海人が会った日になんとなく感じてたんだ。この人かもしれないって・・・」


今、自分は息を吸っているのか吐いているのかすら分からなかった。


「和馬は知らないんでしょ?」

「・・・・・・・」

「もし、、、真羽ちゃんが私に和馬をくれるなら、この話は内緒にしてあげる。知られたくないでしょ?」

「そんな、、、折原さんは物じゃないです!あげるとか、くれるとか、、、そんなの変です!」


「じゃあ不倫は変じゃないの?」


ニコリと笑いながら言われた言葉は私の胸に大きく突き刺さった。


「それは、、、、」

「今度は私の痛みを真羽ちゃんが味わう番じゃないかな。私がどれだけ辛かったか・・・。どれだけ泣いたか。私ばかりじゃ不公平だもの。ね?」


罪と罰。そんな言葉が頭にフワッと浮かんだ。楽しかった分だけ辛いことは平等にあるのかもしれない。

放心状態のまま自分の指を見つめていると小さく震えていた。


「真羽ちゃんから和馬を振ってね。それが一番自然でしょ?」

「そんなことできません!」

「じゃあ・・・一番最悪な形で終わるつもり?自分の兄と不倫していたって事実を知って罵倒されて終わりたい?」

「・・・・・・・・・・」


「真羽ちゃんが和馬の前からいなくなっても大丈夫。私もいればこの子もいる。和馬は全然寂しくなんてないから心配しないで」


何か楽しい話をしているかのように笑顔で子供を抱き寄せるレイさんを見ながら、私は何も言えなかった。

いつかこんな日が来るかもしれないってどこかで思っていたけれど、それがこんな風に訪れてしまうと言葉がまったく出ない。ただただ気持ちだけが焦り、何をどう言えばいいのか分からなかった。


「いくら謝っても取り返しがつかないことは分かっています。けど、、、」

「けど?」

優しい笑顔で私の顔を覗き込むレイさんは意地悪でもあり、楽しそうでもあった。


「和馬さんと、、、別れることはできません」


小声で振り絞るようにそう言い、下を向く私を彼女は今どんな風に見ているのだろう。

笑いながら見ているのだろうか。

それとも怒りでこれ以上無いほど怒った顔をしているのだろうか。


自分の握った手をジッ・・・と見ながら顔をあげることができなかった。



トントンと階段を降りてくる音がしてリビングのドアが開いた。


「おっ。真羽来てたのか。悪いなチョット仮眠していた。原稿なんだかあと少しだからチョット待っていてくれないか・・・って。どうした?なんだか雰囲気が変だが」


「えっ!なんでも無いです。あ、、分かりました。出来上がるまで私、ちょっと時間を潰してきます」

「別に外に出なくてもいいだろう。小一時間くらい待っていてくれれば・・・」

「いいえ!他に用事もあるので、また後から顔を出します。じゃ、失礼します」


もうこの場に1分たりともいることが限界だった。

慌てた感じで家を飛び出し、家が見えなくなる角まで走り息を切らせながら壁に背をつけた。


全身の力がみるみる落ちて軽い貧血のような気分になっていた。


もう私はきっとレイさんの顔をまともに見ることができないかもしれない。ドキドキする心臓を感じながら、これからどうすることが正しいことなのか頭がマッタク回らなかった。



けど自体は最悪だということに変わりは無い。

もうすぐそこまで別れの足音は近づいているのかもしれない・・・・







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