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消えた彼



普通の穏やかな毎日が過ぎていた。

あれ以来、海人からの連絡も無い、レイさんも折原さんの家を訪れない。

できることならこのまま何事も無く過ごしたい・・・


そしてそんなことすら忘れてしまいそうになるくらいピタッと海人達からの連絡が止まっていたある日。

私の平穏な日々を打ち壊す出来事が起きた。


週末いつも通りに折原さんの家で過ごしている夜。突然鳴ったインターホンに二人で顔を見合わせた。


「誰だぁ?こんな時間に」

「さぁ・・・誰でしょうね」


時計を見るともう10時を過ぎているくらいの時間。私が知る限りで折原さんの家に訪ねてくるような親しい友人はいないような・・・


面倒臭そうにモニター画面を覗く折原さんを見ていると映った人物を見て少し慌てているようだった。


「どうした?」

「・・・・」


モニターから聞こえてくるのは小さい泣き声で折原さんは慌ててドアを飛び出していった。

何が起きたのか分からず、私は玄関の前で立ち止まり目をパチクリするばかりだった。


あがってきたエレベーターには泣き崩れるギリギリのレイさんと彼女を支える折原さんの姿があり、私はその光景に心臓がドキッとしたまま動けなくなっていた。

レイさんの泣いている理由が自分のせいじゃないんだろうか・・・

その事実を折原さんは知ってしまったんじゃないだろうか・・・


色々な憶測の中、近づいてくる二人を見つめたまま固まっていた。


「真羽。ちょっと手を貸してくれ」

「は、、はい」


折原さんの声に慌ててレイさんを支え部屋の中に通した。

その間も私はいつレイさんから事実を突きつけられるのだろうとドキドキした状態でまともに彼女の顔を見ることすらできなかった。


「どうしたんだ突然」

折原さんの質問にも答えることができないくらい嗚咽を交えて泣いているレイさんに、同じように優しい言葉をかけることはできなかった。


少し時間を置き、先ほどよりは落ち着いた状態になったレイさんに折原さんはもう一度同じ質問をした。


「何があったのか言わなきゃ分からないだろう」

「あの人が・・・」


レイさんの言葉に体が硬直し、もうダメだと目を瞑り下を見た。


「あの人が・・・いなくなったの・・・」


私の予想とまったく違う言葉に俯いていた顔を上げレイさんを見つめた。

それだけ言ってレイさんはさっきよりも大きく泣きだした。


(海人が・・・消えた?)


レイさんの言葉を聞き、折原さんと二人無言で目が合った。

消えたってどういう意味だろう?

会社は?いつから?どうして?


質問したいことは山のようにあるけれど、今のレイさんでは何一つまともな答えは返ってこないだろう。

ただただ泣いているレイさんを見ながら私も折原さんもなす術が無いまま時間が過ぎていった。


1時間ほどしてやっと落ち着いたのか涙が止まったレイさんを見て、疲れているんだなって思うような顔をしていた。


「少し休んだほうがいい。ここじゃ落ち着かないだろうから今日は実家に帰るといい」

「ううん。ごめんなさい。突然押しかけちゃって。私、自分の家に帰るから」

「そんな体で一人でいて何かあったらどうするんだ。いいから今日は実家に帰れ。送っていくから」


車のキーを持ちそうレイさんに言う折原さんにレイさんはまた泣きそうになりながら答えた。


「だって、、あの人が帰ってきた時に電気がついていなかったら寂しいじゃない・・・だから帰る」


折原さんは何も答えなかったけれど、私にはなんとなくイラッとしているように見えた。

けれど、折原さんの言うことはもっともな意見だった。

お腹はもういつ産まれてもおかしくないくらい大きくなっていたし、出産予定日だってもう目の前だ。


もしも一人の時に産気づいたりしたら大変だということは私にだって分かる。


「いつから帰っていないんだ?」

「もう、、、5日になる」

「会社は?」

「一週間前から、、、欠勤しているって。私、、、全然知らなくて。きっと私が色々彼のこと責めて、、だからそれであの人何もかも嫌になって、、、、」


また思い出したようにボロボロ泣き出すレイさんに折原さんは優しく背中を撫でながら、

「もういい。分かったから」と言葉を止めた。


こんな時。もっとレイさんに同情するべきなんだろうと思う。

けど、、私はそんな小さな折原さんの優しさを見る度にどんどんと不安になってくる。


折原さんを信用していない訳じゃないけれど・・・

どうしてもこの状況に気持ちが焦ってきてしまう私は小さい人間だ。


レイさんが落ち着いた頃を見はかり、折原さんは「車を玄関に回してくる」と告げ部屋を出て行った。

ハンカチを握り締め目を真っ赤にしているレイさんが今はとても小さく見える。


ヨロヨロと立ち上げるレイさんに慌てて側に駆け寄り手を貸した。


「ごめんね・・・真羽ちゃん。突然来ちゃって」

「いえ、、、お体大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫・・・かな?あ、、それとこの前ごめんね。突然家に押しかけちゃって」



いきなりそんな話を振られると思っていなかった私は明らかに顔が強張り、息を飲み込んだ。


「あの人にね、、すっごく怒られちゃったんだ。ごめんね。仕事のことで訪ねていったのに、疑ったりしちゃって」

「あ、、いいえ」

「そんなことも積み重なっていたのかなぁ・・・。私が彼を追い詰めちゃったんだよね」


この人は海人のことを本当に信じているのだろう。

私ならあんな場面を見たら絶対素直に帰るなんてできなかったかもしれない。

私と海人の間に仕事の関係性があるかどうかなんて、少し考えたら分かるようなモノなのに、

彼女はそれでも海人の言葉を信じているんだ。



「きっと帰ってきますよ」

「うん・・・ありがとう」


私は偽善者だ。どこかでもう海人はレイさんの元には戻ってこないかもしれないって思っているのに。

こんな臨月の奥さんを置いて消えるなんて普通じゃできないだろう。

きっともう何もかも捨ててもいいと海人は思っているような気がした。


あんな風に基本的に真面目な人がこんな行動に出るというのは、よっぽどの覚悟が必要だ。

もう・・・海人は二度と現れないかもしれない。


私の携帯に折原さんから連絡が入った。


「玄関の前に車を回した。降りてきてくれ」

「はい。今から行きます」


折原さんは何も言わずにレイさんを実家に送ったが、やはりレイさんは降りることはしなかった。

海人はレイさんの親の会社に勤めているから、きっとご両親は今回のことはもう知っているのだろう。


「ちょっと行ってくる」


降りないレイさんを車に残し、折原さんはレイさんの実家の玄関に入っていった。


シュンとして俯くレイさんにかける言葉が無い。ここは嘘でも「元気を出して」なんて言うべきかもしれないが、こんな場面で元気を出せと言われて「はい。そうですね」なんて言える人間はいない。

何も言わないほうがきっと気持ちも楽だろう。


シーンとした車の中の空気がちょっと重く感じた。


「真羽ちゃんは・・・」

「え?」

「私のことバカだって思うでしょ?」


小さくクスッと笑うレイさんに「いいえ!」と慌てて返事をした。


「いいのよ。本当にバカだから。私ね・・・あの人に愛されていないな~って本当は分かっているの。どんなに追いかけても彼は絶対振り向いてくれないから」

「そんな、、、だってもうお子さんもいるのに」

「ううん。この子だって私がしつこいくらい頼んで、やっと体外受精で授かった子なの。もう私達の間で男女の仲は無いの。それでも私は彼の子供が欲しかったから」


本当は・・・どうしてそこまでして海人に執着するのだろうって疑問に思った。

レイさんぐらい綺麗な人なら好きになって大事にしてくれる人なんか沢山いるだろうに。


「やっぱり恋愛は惚れたモン負けね」


そう言って笑うレイさんに同じように小さく笑いかけた。


「あの人にはね・・・好きな人がいるの」

「え?」

「昔は今ほど冷たい人じゃなかったの。けど何年か前に彼が浮気していてね・・・。ショックだったけど、浮気は所詮浮気だと思って我慢していたの。彼を失うよりもマシかなって。でも、、浮気じゃなかった。

本気になっちゃったみたい」


心臓がドキッとした。


「あの時に私が彼を手放していたら、、こんなに追い詰めること無く彼は幸せになれたのかな・・・」


海人が本気だった?

彼の言葉は本当だったの?


心臓の鼓動が大きく自分で胸を押さえると激しく動いていた。


突然ドアが開き、そこにはきっとレイさんのお母さんだろう人が立っていた。


「ご迷惑をかけてすいません」

上品そうなお母さんは私に挨拶をした後に、レイさんに手を伸ばし車を降りるように催促したが

やはりレイさんは降りようとはしなかった。


なんだか会話を聞くのが悪いと思い、私は助手席を降りて外に出た。

車の中でお母さんと話なすレイさんを見ながら、同じく外に立っていた折原さんの隣に歩いていった。


「参ったな・・・」

「どこに行ったんでしょうね・・・お兄さん」

「さぁな。まったく困ったもんだよ。もうすぐ父親になるっていうのに」


結局、レイさんは車を降りずに説得に失敗したお母さんが申し訳なさそうな顔で私達の元に歩いてきた。


「和馬さん・・・ごめんなさいね。あの子どうしてもいうことを聞かなくて」

「でしょうね。頑固だから。じゃあ家に送って行きます」

「でも、、、」

「大丈夫です。私がしばらく家にいますから」


折原さんの言葉に(えっ!)と思いながらも動揺を隠して黙っていた。


「だって和馬さん忙しいのに、、、」

「いえ。原稿はしばらく大丈夫です。そのうち兄貴も戻ってくるかもしれないし。今はなによりも彼女の体が優先ですから」

「ごめんなさいね。ダメな姉で」


その日から・・・

折原さんはしばらくレイさんの家で仕事をすることになった。


私は、、、それをダメだと言える訳は無く、どこか不安な気持ちのまま事の成り行きに身を任せるしか無かった。


神様は意地悪だ。

もしもあの時、私が本当に海人を信じ二人で新しいスタートをきれたのなら、今と状況は変わっていたのかもしれない。

そして今になって本当に好きだと思える人に出会えたのに、今度はそれが目の前から消えてしまうかもしれない不安に襲われている。


どうしても折原さんとレイさんが二人でいることに私は心から信用できない。


いつ折原さんの気持ちがまたレイさんに傾くのか・・・

そればかりが頭に浮かび、不安だらけの毎日が続いた。


もっと積極的に二人の間に入っていけたのなら、こんなに不安じゃなくなるってわかっているのに

なぜか入り込む勇気が無かった。

自分の自信の表れなんだろうなって思いながら。




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