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代償



その日、何度も折原さんに電話をしようと思ったけれど、やっぱりできなかった。

まだ自分の頭の中で動揺していて、きっと今の私なら折原さんの誘導尋問にアッサリと引っかかり正直に過去のことを全部話してしまうだろうと思った。


「嘘つけないんだよなぁ・・・」


すべてを語ることが正しいことじゃない時もある。聞かなければ良かったと思うことだってきっとあるはずだ。

自分にそう言い聞かせてはいたが、本当はすべてを告白して彼が去ってしまうことが怖いだけだった。


自分ならどうだろう・・・

もしも折原さんが例えばレイさんと不倫の仲だったとして、、私はそれを許していままで通りに彼のことを好きでいられるだろうか。


きっと今頃、折原さんもさっきのことでモヤモヤしているかもしれない。

今すぐにでも私からの連絡を待っているかもしれない。そう思っていても、なかなか携帯のボタンを押す勇気が無い。


「どうしよう、、、でも、、少しでも早いほうが解決するのかもしれない。けど、、、時間が必要ってこともあるかもしれないし、、、もぅ~わかんないよぅ」


焦れば焦るほど何をどうして良いのか分からず、ただ気持ちだけが空回りをしていた。

でもこのまま何も無かったことにはできない。「よしっ!」気合を入れなおし折原さんの番号を押した。


数回呼び出し音が鳴り知らないうちに私は直立不動になっていた。


「なんだ」


無愛想な声にビクッとしたけれど、「遅くにごめんなさい」と声を振り絞った。


「あぁ・・」

「その、、、誤解されたままじゃ嫌だから、、連絡しました」

「俺がどう誤解しているというんだ」

「だって、、何も言わないで帰っちゃうから、、その、、私とお兄さんが何かあるって誤解したのかと」


折原さんの言葉を待っていたけれど、何も答えてくれず彼はどんな反応をしているのかすら分からなかった。


「あのぉ、、、」

「・・・・・・」


無言って怖い。

相手の表情が分からないから悪い方にどんどんと想像してしまう。


「何か言ってくださいっ!」


この沈黙に耐え切れず泣きそうになりながら声を振り絞った。


「悪い。今日は一人にして欲しい」


もうダメなのかもしれない。彼のそんな言葉を聞いて頭が真っ白になっていった。


「嫌ですっ!」

「考えたいことがあるんだ」

「じゃあどうして私の家に来たんですか?話をしたかったからじゃないんですか」

「・・・・・・」


またしばらくの沈黙の後に電話は一方的に切れてしまい、私はどうすることもできないまま電話を耳にあてたまま呆然としていた。


「どうしよう・・・・」


もう頭が回転しない。折原さんは何かを感づいてしまったような気がして黙ってその場にジッとしていることができなかった。

すぐに上着を手に取り私は折原さんの家に向かってタクシーを走らせていた。


慌てたように急いでインターホンを押し息がハァハァしたまま、彼が出てくれるのを待った。

しばらくして映ったモニターに折原さんは無表情で私を見ていた。


「なんだ」

「話がしたいの!こんな風に変な感じじゃ嫌だから・・・」

「お前は人の話を聞いていたのか?一人にして欲しいと言ったはずだ」

「そうだけど、、、」

「この瞬間湯沸かし器が・・・」


プツリと切れたモニターと同時に自動ドアが開いた。


ドアを開け中に入るとビールの缶が数缶テーブルの上に転がっていた。


「飲んでいたんですか?」

「・・・・・・」


ここでも無言。けどさっきの電話よりも少しはマシだった。

シーンとした部屋の中が息苦しい感じがして私から視線を逸らす折原さんをジッと見つめた。


「言いたいことがあるなら言ってください。何も言わないのってなんか、、、嫌です」

「別に何も無い」

「嘘ばっかり!どうして急に帰ったの?用事があるから来たんでしょ!」


なにも言わずビールを飲む折原さんを見ながらドキドキした気持ちを押さえようと一生懸命になっていた。


「じゃあ俺から聞く。どうしてあの場に兄貴がいた」


ドキッとした。そしてやっぱり何も言うことができなかった。

そんな私を見て折原さんは黙っていたが、しばらくするとスッと立ち上がり私の目の前に来た。


「いつからだ?」

「え・・・?」

「俺の悪い予感は当たったな」


(もうダメだ・・・)


もう隠し通すことは無理なんだと感じ本当のことを言おうと口を開こうとした時、折原さんの携帯が鳴った。

それでもその音に反応せず、私の目を見る折原さんに自然と体が硬直し頭がどんどんと白くなっていった。

そして、、、怒ったような顔をしているけれど目の奥が寂しそうで、そんな目をさせてしまった自分が嫌だった。


一度切れた電話がまた鳴り、その音に段々とイライラしたのか携帯を取り上げ電源を消そうとする姿を黙ってみていた。


小さく(チッ、、)と舌打ちをした後、折原さんは電話にでた。


「なんだよ」


無愛想な言い方に相手は誰なんだろうと思いつつ、でも少しだけ空いたこの時間になんとか彼が納得できるような嘘は無いかと必死で考えていた。

嘘というのはなんだけど・・・・


けどどうして海人が私の家を知っていたのかという質問に素直に答えるのであれば

「昔の恋人なんで知っていて当然です」という答えになってしまう。


それがどんなことになるのかくらい私だって分かっているから、こうして答えられない訳で。

目の前で眉間にシワを寄せて話をする折原さんを見つめながら、ここに来たからって何も解決することにはならなかったな・・・ってポツリと思った。

ただ終わりを早めるだけの行動だったのかもしれない。終わり・・・


(ずっと笑っていたかったのに・・・)


今のことならばどんなことをしても食い止められることなのに、過去のことだから何もできない。

ただ過ぎた事を今になって悔やむことしかできない。

やっぱり神様っているんだなって思いながら折原さんを見つめていた。


電話を切りこっちを見る視線にゴクッと唾を飲み込んで、本当のことを正直に言おうとした。

それでこの人を失うことになってしまうかもしれないが、適当な嘘で誤魔化すなんて芝居を私ができる訳は無い。それなら、、、ダメかもしれないけれど、、いや、、、きっとダメだろうけれど0.00001%くらいの確率で受けれてくれるかもしれない小さな望みに賭けてみよう。


「あの、、、折原さん」

「どうしてお前は肝心なことをハッキリ言わないっ!」

「えっ!その、、、」

「今、兄貴からの電話だった。仕事のことで話があったんだろう?ならそう言えばいいだろう」


サッパリ言っている意味が分からないけれど、海人からの電話の後のこんな態度・・・

きっと上手く言ってくれたのかも?ってちょっとだけ期待してしまう。


バックの中の私の携帯がブーブーと何かを受信していた。


「電話だぞ」


折原さんの声に慌てて携帯を見ると一通のメールが届いていた。


「メールでした。すいません」

小さく頭を下げ、その送信者の名前を隠すようにバックの中に携帯を戻した。


<送信者・二ノ宮海人 「俺に感謝するんだな」>


メールのタイトルを見て、本当は今すぐにでも内容を見たかったが、話をしている最中にするにはあまりに失礼ですぐに折原さんに向き直った。


「あんな兄貴でも一応は常識人だからな。雅に家を聞いて菓子折りを持って挨拶に行ったなんて言われたら、それ以上食いつく俺は赤っ恥だろう。お前もすぐに追いかけてでも説明をしろ!」

「あ、、、はい。でも、、その、、、突然だったのでビックリしちゃって」

「そりゃ驚くに決まっているだろう。それに、アイツはお前のこと妙に気に入っているからな。普段のアイツを知らないからお前はポケ~としているかもしれないが、女に優しくするアイツなんか見たことが無い。自分の嫁さんにも冷たい態度をする男だしな」


なんだかサッパリ意味が分からないが、どうやらこの修羅場を上手く回避できたことには間違い無いみたい。


ホッとしつつも嘘をついていることにどこか罪悪感が残る。


「なんだか格好悪いよなぁ・・・俺」

「え?」

「お前のことを信用していないって言っているようなモノだな。逃げるようにあの場から去る前に、キチンと説明を聞けばこんなバタバタすることも無かったのにな」


苦笑いをする折原さんに引きつったような顔で「ですね・・・」と言うのが精一杯だった。


安心したような顔で私を見る彼に本当に私はこれで良いのだろうかと不安になった。これは彼を裏切っていることになるのだろうか。いや、、裏切ってはいないけれど、やっぱり嘘をついていることになるんじゃないだろうか。


自問自答しながらも、でもやっぱり本当のことを言うことができず、その話をそのまま濁し何も無かった顔をするしか無かった。


笑いながらいつも通りに接しているつもりでも、どこか心が疲れ罪悪感に押しつぶされそうになる自分を感じていた。


「じゃあ・・私はこれで帰ります」

「もう遅いから今日は泊まっていけばいいだろう」

「仕事の邪魔はしたくないですし、会社の資料も今日は家なので帰ります」

「そうか・・・。お前にも自分の時間は必要だからな。じゃあ送っていくよ」

「ううん。今日は大丈夫。ほら!すぐ仕事に取り掛かって。私が来たから遅れたなんて言われたら嫌だもん」

「言うか!そんなこと」


ホラホラ!と椅子に座らせ肩を揉むフリをして折原さんに笑いかける自分がどこか嘘をついていて、この人を騙しているような感じがした。


「ったく、、ヤルってば。それになんだか下手クソだな・・・揉み方が」

「文句言わないの!」


前を向く折原さんを見ながら打ち明けられない自分が悲しく、そして弱い人間だった。


「折原さん・・・」

「ん?」


「折原さんが私を嫌いになる時ってどんな時なのかな・・・」

「そうだなぁ~。スッピンも見たし、鼻タレも見たし、いまさらって感じだな~」


妙に笑いながら言う頭に軽くゲンコツを入れ、「じゃ、行きますね」と笑顔で挨拶をした。


「真羽」

「ん?」

「お前がずっと正面から俺を見てくれていたら、きっと嫌いになることは無いだろうな」

「うん・・・」


外に出てさっきの折原さんの言葉を噛み締めていた。今の私は正面から向かっているだろうか。

例え裏切ることをしていなくても、隠し通すことは彼に嘘をついていることになるのだろうか。


歩きながらさっきの海人からのメールを思い出しバックから携帯を取り出した。


<きっとお前ならすぐにでも和馬の誤解を解こうとするだろうと思っていた。俺の予想は大当たりだな。それに和馬も俺の嘘を信じただろう?どうやらお前はどうしても過去のことを和馬に知られたくないようだな。ならもう一度二人でユックリ話をしよう。連絡待ってる>


きっと良い話なんかじゃないってすぐにピンときた。

けど、このままじゃきっといつか海人の口から折原さんにこの話がバレてしまうかもしれない。

それなら、、、罵倒されてでも自分の口から言ったほうがマシだ。


でもその勇気が私にあるのかと聞かれれば正直無いかもしれない。

今の自分には折原さんの存在はなによりも大きいのに、それが消えてしまうことが怖くて私はそれを守りたくて海人に連絡を入れた。


あれほど昔はドキドキして、彼が「もしもし?」って言ってくれるまでの間が楽しかった電話が今、こうして最悪な気分でしていることに不思議な感じがした。


「やっぱり連絡してきたな。今は一人かい?」


海人の声にお腹がグッ・・・と重くなる。心臓がドキッと痛くなる。


「はい。一人です」

「真羽。二人で話をする時くらい敬語やめないか?もっと昔みたいにしようよ」

「どうして、、、今になって私を苦しめるんですか」

「別に苦しめてなんかいないよ。俺は今も昔も変わらずお前のこと大事に想っているよ」


少し笑った言い方に嫌悪感を覚えながらただ無言で電話を耳にあてていた。


「今どこ?」

「折原さんの家を出てすぐの公園です。少しでも早いほうが連絡をするなら良いと思ったので」

「良い判断だ。あのまま連絡が来ないで和馬の家に泊まろうとするんじゃないかと思っていたんでね。それならそれで、頃合を見て連絡をしようと思っていたんだけど」


「話ってなんですか?」

「とりあえず、今からそっちに行くよ」

「電話で結構です」

「そういう態度は良くないなぁ。まだ俺の言ったことを信じていないようだけど、俺は本当に誰に二人のことがバレても平気だよ?レイにだって和馬にだって。怖がっているのは真羽だけだってこと分かったほうがいいよ」


今になってどうしてこんなに強気な態度なんだろう。

今、すべて順調にいっている彼なのに、どうして私ごときに全部を捨てられるような言い方をするのだろう。


「じゃあ、その先にあるコーヒーショップで待っていてくれないか。それとも雰囲気が良いバーのほうがいいかい?」

「今はあまり人目につく訳にはいかないので、電話でお願いします」


今この場でも誰かが私を監視しているかもしれない。チーフの言葉はきっと正しいはずだから、今は軽はずみな行動は絶対できない。


「じゃあそのまま家に帰って。話はそれからだ」

「それからってどういう意味ですか?」

「取り合えず帰るんだ。また連絡をする」


それだけ言って切れた電話をいつまでも耳にあて、どうしてこんな風になってしまったのだろうと明るい月を見上げていた。


なんだか酷く疲れ、もうすべてを投げ出してしまいたいと思うほど体の力が抜けていた。


家に戻り何もする気になれないままベットに横になっていると、インターホンの音が聞こえた。

ドアの先に立っている人はきっと折原さんでは無いだろう。

この扉を開ければ何か今よりも改善されるのだろうか?そんなことを思いながらドアを見つめていた。


また部屋に響くインターホンに体を起こしドアを開けると、そこには海人がいた。


何も言わずに部屋に通し、私は無表情のまま目の前の椅子に座る彼を見つめていた。


「お前の好きなロールケーキ買ってきた。お前好きだったろ?ここの」


昔、ここに来る時にいつも買ってきてくれていたケーキの箱を見ながら何も言わずにそれを見つめていた。

そのケーキが大好きだった訳じゃない。彼が私のことを考えて喜ばせてあげようって思う気持ちが嬉しくてそう言っただけで、別に味だって好きな訳じゃない。

でもあの頃はそれが嬉しかったのに、今はなんとも思わない。


何も反応せず黙っている私を見て海人は少し不機嫌な顔をした。


「お前の態度一つで俺は和馬に本当のことを言うことだってできる。その気になればお前達を別れさせることだってできる人物だってことを肝に銘じておく必要があると思わないか?」

「どうして・・・」

「ん?」


「どうして今になってそんなこと言うの、、、、やっと忘れることができたのに!大事にしたいって人に出会えたのに!どうしてもう終わったことにこんなに苦しまなきゃいけないのっ!」

「終わってなんかいないだろ?実際俺達はこうしてまた会えた。縁があるから会えたんだ」

「そうじゃない!私もう誰かを苦しめることはしたくない!レイさんだって知ればきっとショックを受ける。折原さんだって、、、私のこと信じてくれているのに、、、もう終わったことなのに」


グッと腕を捕まれ海人に抱きしめられ逃げるようにその腕を払おうとしたが、強く抱きしめられ動くことができなかった。


「会いたかった・・・」


小さく呟く海人の腕から離れようとしたが、到底無理な話だった。


「逃げ出した自分が最低だと思った。お前には幸せになって欲しいと願った。けど、、、和馬と微笑むお前を見てやっぱり俺には無理だ。今度こそ、もう何もかもいらない。お前がいればそれでいいって、、、」

「嫌よっ!自分勝手なことばかり言わないで。私がどれだけ傷ついたなんて知らないでしょ!どれだけ苦しんだとか知らないくせに!」


「全部償う。二度とお前が辛いって思わないようにする」

「今している貴方の行動すべてが辛いの!もぅ、、、私に構わないで。全部忘れて。自由にして・・・」


ドアをノックする音にふと我に返り、扉の向こうに折原さんがいたら・・・そう思うだけで気持ちが慌てた。

何度も小さく叩かれるドアを見つめたまま、どうしていいのか分からずその場に立ち尽くしていた。


「俺が出ようか?」


海人の声に瞬間的に慌ててドアに近づき扉を開いた。


そこに立っていたのは・・・







レイさんだった。











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